2 ④

「ユウくん、ペットの名前つけるの得意だもんね~。きっと、ドンの時みたいにわいい名前をつけてくれるよね~」

「うぐぐ……」


 確かに、となり家で飼われているセントバーナードを《ドン》と名付けたのはユウマだ。しかし正確には、ナギの父親がつけた《ドナルド》というしゃれた名前をようえんのユウマが発音できず、ドン、ドンと呼んでいたらいつの間にかそれが定着してしまった、というだけの話である。

 実際にはネーミングというものが大の苦手で、RPGをプレイする時も本名の《ユウマ》をそのまま使うことが多い。使い魔フアミリアの名前などおいそれと思いつけるはずもなく、つぶらなひとみの青ウサギを見下ろしながら、どうしたものかとりよしていると。


「おい、もう時間ねえぞユウ!」


 コンケンが、子供のようにあしみしながらさけんだ。確かに時刻はいつの間にか二時半を回り、テストプレイがしゆうりようするまであと三十分弱。ボス戦のタイムアタックに十分を込むと、二十分以内にダンジョンをとつしなくてはならない。


「む、むむむむ……」


 うなるユウマを見上げて、ウサギがひと声鳴いた。


「むきゅ?」

「よ、よし……お前は《ムク》だ!」


 勢いに任せてさけんだたん、女子二人が「えー? ムクぅー?」「なんだか犬っぽいね~」と不服そうな声を出したが、無視してメニューを出し、もの使つかい専用の《ペット》タブに移動。表示されているかくみモンスターは当然ホーンド・グレートヘアー一匹だけなので、空白の名前欄をタップし、カタカナで《ムク》と入力。いまのところへんこうは不可能なので、この名前を呼び続けるしかない。

 幸い、青ウサギ自身は犬っぽい名前を気に入ったらしく、「むっきゅきゅー!」と元気よく鳴きながらその場でぴょんぴょんねた。小さくなってしまったことには不満もあるが、その様子はなかなかにわいらしい。

 改めて息を吸い込むと、ユウマは最初の使い魔フアミリアに最初の音声命令ボイスコマンドあたえた。


「ムク! 僕をついせき!」


 もっと自然に「ついてこい!」と命令したいところだが、フオロー命令には「対象」「ついせき」の二語が必要だ。幸い命令は正しくにんしきされ、ムクは「むっきゅー!」とさけぶとユウマのあしもとをぴょんぴょん一周した。

 相変わらずうらやましそうなサワとナギ、気がいて仕方ない様子のコンケンの顔を順に見ると、ユウマは言った。


「それじゃ、ダンジョンにとつにゆうしよう」


 

 他のプレイヤーたちの姿がいつしゆんれたタイミングで、四人は古城の門をくぐった。

 れたがき上がったふんすいが並ぶ、こうりようとした前庭を抜けて城館の中に入ると、広大なホールの真ん中に下り階段が黒々と口を開けていた。やみおくからは、冷たく湿しめった風に乗って、モンスターのうなり声のようなものが響いてくる。


「うおお……マジモンのダンジョンじゃん……」


 階段の下をのぞき込んだコンケンが少しかすれた声を出すと、となりでナギがくすっと笑った。


「あ~、コンケンくん、もしかしてこわいの~?」

「こっ、こここわくねーし! ゆきしようのダンジョンマスターとはオレのことだし!」

「じゃあ、さっさと行こうぜ。あと二十五分だ」


 低学年のころからいつしよに遊んできたユウマは、コンケンが本当は暗くてせまい場所が苦手なことを知っているが、ようしやなく背中を押して階段にみ込ませた。

 コンケン、ユウマ、ナギ、サワの順で、もうした石段を足早に、しかししんちように下りていく。クレストのアイレンズが作り出す映像の、現実と見まがうばかりのクオリティにはいいかげん慣れたと思っていたが、かたい石をブーツでかんしよくや、かべに刺さったたいまつが発するほのかな熱のリアルさには改めてきようがくせずにはいられない。テストプレイを開始して二時間半もつのに、これは本当にカリキュラス・カプセルが発生させたかんかくなのだろうか、と疑いたくなってしまう。

 実はカリキュラスは次元移動装置か何かで、僕らは本物の異世界に転移させられてしまったのでは……などという思考をもてあそびながら足を動かし続けていると、ようやく行く手に平らなゆかが見えた。

 そこは、縦横二十メートル以上もありそうな広い部屋だった。ダンジョンのスタート地点だけあって意外と明るく、ユウマたちの他にも三組のパーティーがかべぎわきゆうけいしたり、アイテムを整理したりしている。時間的に、彼らはもうボス部屋へのとうたつを断念してしまったようだが、こちらはそうはいかない。なんと言っても、最高ランクの給食デザートであるチョコプリンが四つもかっているのだ。


「……ねえユウ、ほんとにあと十分ちょいで地下三階のボス部屋まで行けるの? あたしたち、マップも持ってないんだよ」


 ゲーム開始時のチュートリアルでは、寄り道をせずにメインクエストをクリアしていけば、ダンジョンの地図を入手できるという話だった。しかしユウマはゲーマーとして、お仕着せのルートを進むことを良しとせず、三時間の大半をお金稼ぎアーニング、そして青ウサギ改めムクのかくついやしたのだ。

 三人の仲間は、ユウマの提案にひと言も異を唱えず乗ってくれた。彼らのしんらいを裏切るわけにはいかない。

 四角い広間の、正面と左右のかべにはアーチ型の出入り口が一つずつ設けられている。どこが次の階に続いているのか、地図なしではわかるはずもない。しかし──。

 あしもとで黒い鼻先をひくひくさせている使い魔フアミリアを見下ろし、ユウマは新たな命令をあたえた。


「ムク! ダンジョンの終点まで先導!」

「むきゅーん!」


 かんだかさけんだ青ウサギは、その場で二度ぴょんぴょんねると、右の出入り口めがけて走り始めた。


「あっちだ!」


 ムクを追いかけるユウマに、コンケンたちも続く。

 アーチをくぐると、その先にはいかにもダンジョンらしいいしきの通路が延びていた。少し先に四つ角があり、まっすぐ進んだ先では他のパーティーがスライムっぽいモンスターと戦っている。

 しかしムクは角を左に曲がると、迷いのないダッシュでさらにおくを目指した。その足取りは、めいきゆうの構造がわかっているとしか思えない──いや、実際にわかっているのだ。これが、かくこんなんモンスターたるホーンド・グレートヘアーが持つとくしゆのうりよく、《隧道探索トンネル・サーチ》。ダンジョンなどの地下通路で、《始点先導》《終点先導》《アイテムそうさく》《モンスターそうさく》《モンスターかい》の五つのとくしゆめいれいあたえることができる。終点先導を命令すれば、さいたんきよでボス部屋に案内してくれるというわけだ。

 残念ながら《終点先導》と《モンスターかい》は同時に命令できないので、道中に出現するMobモブとは戦わなくてはならない。しかししゆうりよう時間がせまったダンジョンには多くのプレイヤーがもぐっていて、再湧出リポツプかんかくを上回るペースでMobがられまくっているので、ユウマたちはほとんどせんとうすることなく地下一階、地下二階をとつできた。

 長い階段をり、地下三階にとうたつした四人は、眼前に現れた光景を見るやほっとあんの息をいた。

 きよだいめいだった一階、二階に対して、三階はやたらと長い通路が延びているだけだったのだ。目をらすと、突きたりにきよだいとびらが見える。そこを目指してすたこら走っていこうとする青ウサギに、


「ムク、止まれ!」


 と命令してその場に停止させる。

刊行シリーズ

デモンズ・クレスト3 魔人∽覚醒の書影
デモンズ・クレスト2 異界∽顕現の書影
デモンズ・クレスト1 現実∽侵食の書影