2 ⑤

 つぶらな瞳で見上げてくるムクをき上げると、「ありがとな、またたのむよ」とねぎらってからユウマは新たなじゆもんを唱えた。


クラウザ閉じろ!」


 ムクの全身を、しようかんした時と同じりつたいほうじんつつみ込む。むらさきいろの光の中で、ムクはみるみる小さくなり、ぽん! と音を立てて消えた。かがやけむりの中から現れたカードを、ユウマは左手の指先ではさみ、右胸のホルダーに収納した。

 つい「またたのむ」と声をけてしまったが、ムクとはこれでお別れになる。テストプレイでじようしようしたステータスや入手したアイテムは、正式サービスでは全てリセットされるとオリエンテーションで明言されていたからだ。一時間にも満たない付き合いだったが、自分でも意外なほどのさびしさを感じながら、ユウマはカードホルダーをそっとでた。

 時刻は午後二時四十八分。二分でこの通路をはしり抜ければ、予定どおりテストしゆうりようの十分前にボス部屋に辿たどける計算だ。

 サワ、ナギ、コンケンとアイコンタクトし、うなずうと、再び走り始める。

 五百メートルはありそうな通路の各所では、先行していたパーティーが大型のモンスターと戦っている。これ幸いと横をすり抜け、ボス部屋を目指す。

 まめつぶのようだった突きたりのとびらが少しずつ大きくなり、表面をかざるドラゴンのレリーフが四人のたいまつの光を受けてぎらりと光った、その時──。


「オラァ、待てやコンォ!!」


 というり声が後方から追いついてきて、四人は走りながら振り向いた。追いかけてくる、同じく四人パーティーの先頭に立つプレイヤーを見たたん


「うげっ、ガモ!」


 とコンケンが小声で毒づく。

 ユウマも、内心でうへぇと思わざるを得なかった。

 ゆきはなしよう六年一組に学級内階層というものがあるならば、須鴨テルはかなり上位に立つ生徒だ。まあまあ背が高く、そこそこ顔も良く、サッカークラブの主将で勉強もできて、クラス委員で親が社長。これで性格も良ければかんぺきにんげんだが、本格的な目立ちたがり屋の仕切りたがり屋で、あらゆる局面でリーダーにならないと気が済まず、みちを行くユウマやコンケンとは絶望的にあいしようが悪い。

 ゆえにユウマたちは極力関わらないようにしているのだが、須鴨は自分より少しばかり背が高いコンケンがざわりなのか、何かとからんでくるのだ。


コンドウ、ボス部屋にはオレらが先に入るからな!」


 仲間を置き去りにするほどのもうダッシュでコンケンに並んだガモが、銀色のプレートメイルをがしゃがしゃ言わせながらさけんだ。コンケンのよろいよりも三割がた重いであろうそれを込んでぜんりよくしつそうする技術とこんじようは見上げたものだが、台詞せりふはまったくもって頂けない。


「あのなあガモ、ボス部屋は別空間なんだから、順番なんかどうでもいいだろ」


 コンケンに代わってユウマがそうてきすると、須鴨は初めて存在に気付いたような視線を向けてきた。


「おいアシハラオトコ、その呼び方やめろって四年の時に言ったよな」


 ドスのいた声に、追いついてきた須鴨の仲間の一人が同調する。


「そーよ芦原、ヘンなあだ名じゃなくて、ちゃんとキャラネームで《ルキウス》って呼びなさいよね!」


 振り向かずとも、きんきんひびく声の主が、学級内階層女子の部の上位ランカー、ソノであることはすぐにわかった。いわゆるギャル系で、別に須鴨と付き合っているわけではないのだろうが、教室ではよく二人で聞こえよがしにファッションやら音楽の話をしている。


「はいはい、わかったよミソ」


 ユウマがそう答えたたん


「オラァ! その呼び方やめろっつったろォ!」


 とギャルからヤンキーにひようへんしたさけんだ。

 のぞみ市は、十年ほど前に山中湖を望むさんとうろくに築かれたかんみんれんけいのスマートシティだ。しかし少子化の波にはあらがえず、ゆきはなしようがつこうも五年前に一学年が一クラスだけとなり、来年には近くの小学校と統合されてはいこうになることが決まっている。アルテアのオープニング・イベントに招待されたのは、そういう理由もあるらしい。

 つまりユウマは、サワ、ナギ、コンケンはもちろんガモや愛莉亜とも一年生の時からずっと同じクラスだ。二人も昔は《ガモ》《ミソ》のあだ名を当然のように受け入れていたのになあ……と思いながら、もういちどうなずく。


「はいはい、ソノさん」

「コラアシハラ、《リア》なら呼んでいいって前から言ってんだろが!」

「いやいやそんな、おそおおいです三園さん」


 この二人をルキウスやリアと呼ぶくらいなら、みよう呼びのほうが十倍マシだ、と首を縮めていると──。

 左側でサワとナギがみようなトーンのため息をつき、さらに愛莉亜の後方で、だれかがくすくすと笑った。


「っ……!」


 かすかな笑い声だけ、しかもシステムが再現した合成音声だが、このトーンをちがえるはずがない。コンケンと同時に振り向き、目を見開く。

 少々しゆつの高いじゆつしようぞくを着たの後ろで、そうりよほうを優美にひるがえして走るのは──一組の学級内階層とは別格の高みに存在する美少女、綿ワタマキすみかにちがいない。


「わっ、綿巻さん……」とユウマが口走り、


「どうしてのパーティーに!?」とコンケンがさけんだ。

 後ろでサワとナギがみようげんオーラを放出するが、それに構っているゆうはない。

 いっぽうガモも、考えようによっては相当に失礼なことを言われたのだが、それに気付いた様子もなく高笑いした。


「ハーッハッハ、綿巻さんがオレのパーティーに入るのは当然だろうが! ろくにクエストもやってないお前ら遊び人パーティーとは格がちがうんだよ、格が! わかったらそこをどけ!」


 がしゃん、とひだりかたをぶつけてコンケンをごういんに押しのけ、須鴨が前に出る。背中にマウントされた高級そうな剣とたてが、たいまつの光を受けてぎらりとかがやく。

 口ぶりからすると、須鴨たちはメインクエストをきっちりこなしてきたのだろう。じゆうじつした装備は、クエストのクリアほうしゆうちがいない。しかし、MMORPGでは装備のスペック以上に、プレイヤー本人の技術が重要となる。世界初のVRMMOともなればなおさら──。

 張り合おうとするコンケンのベルトをつかんで引き下がらせると、ユウマは親友にささやいた。


「いいさ、先に行かせようぜ。どうせ中じゃ別々なんだ」

「んー、まあ、そうだな」


 不承不承という感じでスピードダウンするコンケンの横を、「おっ先にぃー!」とけ抜けていき、「アシハラくんたちもがんってね」とほほみながらすみかも続く。その後ろにはガモパーティーの四人目のメンバー、ヌキカイという男子がいたが、ユウマたちとは視線すら合わせようとしない。

 木佐貫は須鴨の取り巻きの一人なのだが、がらで大人しくて、あまり目立つ生徒ではない。裏では須鴨にいじめられているといううわさもあるのだが、すみかと同時にパーティーメンバーに選ばれたところをみると、そんなこともないのだろう。灰色のフーデッドマントにかわよろいという装備だけでは、何の職業クラスを選んだのかは不明だ。


「チョコプリンのけ、忘れんなよコンォ!」


 先頭をひた走る須鴨がそうさけび、背中の剣を抜いた。

刊行シリーズ

デモンズ・クレスト3 魔人∽覚醒の書影
デモンズ・クレスト2 異界∽顕現の書影
デモンズ・クレスト1 現実∽侵食の書影