2 ⑥

 前方では、接近するプレイヤーに反応したのか、りゆうりがほどこされたとびらが重々しい音を立てて左右に開いていく。そのおくは完全なるくらやみで、まったく見通せない。


「……まったく、リアルネームをあんな大声でさけぶとか、どうしようもないアホね」


 きよが開くや、いままでまんづよちんもくしていたサワが小声で毒づいた。すかさずコンケンが振り向き、


「おいサワ、お前もさっき……」


 と突っ込みかけるが、虫の居所が悪いサワに一にらみされ、すぐに前を向く。

 先行するパーティーは、ガモそうぞうしいさけごえとともにとびらの向こうのくらやみとつにゆうし、消えた。

 二、三秒おくれて、ユウマたちもきよだいとびらをくぐった。視界がブラックアウトしたのはいつしゆんで、すぐに上空から赤い光が降り注ぎ、四人をボスの部屋へと転送した。


 ドラゴン型のボスモンスターは、見かけこそリアルだったが、予想していたほどの強敵ではなかった。

 オープニング・イベントということで、難易度を下げていたのだろう。両手のかぎづめしつによるこうげきは戦士のコンケンが体を張って受け止め、えんブレスはじゆつのサワが《水の防壁ウオーター・ウオール》のじゆもんで軽減し、それでも少しずつちくせきするダメージはそうりよのナギがきっちり回復する。

 明確な役割がなかったのはもの使つかいのユウマで、しようけんでドラゴンのわきばらをつついてみたり、最下級のこうげきじゆもんを当ててみたりしたが、どれも大したダメージはあたえられなかった。結局、ボスのHPの大部分はコンケンとサワがけずり、せんとうかいから約四分後に、ドラゴンはきよたいを赤いパーティクルに変えて四散させた。

 Mobモブ相手のせんとうとはちがう、せいだいなファンファーレとともにリザルト画面が表示され、全員のレベルが上がる。しかし、お金や装備、素材アイテムはドロップせず、代わりに銀色のカードが人数分、上空からゆっくりと落ちてきた。

 手に取ると、コングラチュレーションズの文字といつしよに、四分三十三秒というクリアタイムが刻印されている。それを見たたん、コンケンがガッツポーズをしながらさけんだ。


「こりゃあ勝ったろ!」


 もちろんドラゴンに、ではなくガモたちにという意味だ。ユウマも内心では七割がた勝利を確信していたが、ここはかぶりを振っておく。


「まだわからないよ、ガモたちの装備、こっちより強そうだったからな」

「VRMMOは装備じゃねーよ、うでだよウデ!」


 というコンケンの台詞せりふに、りちにサワが突っ込む。


「あんたもバリバリの初心者でしょ、まだ三時間しかプレイしてないんだから」


 それを聞いたナギが、思案顔でつぶやいた。


「そういえば、もうすぐテストのしゆうりようかんだけど……このままここにいていいのかな? それとも、自力で街までもどらなきゃいけないとか~?」

「いやいや、それはムリだろ……」


 おさなじみに歩み寄り、ユウマは再び首を左右に動かした。


「ここから最初の街まで、全力ダッシュしても二十分以上かかるぞ。たぶん、待ってればいいんじゃないか?」

「ん~、それなら……」


 内向きにゆるくカールしたかみらし、ナギが首をかしげた。


「そういうふうにアナウンスが出てもいい気がするけどな~。……ていうか、そもそも……」


 現実のナギとよく似た、少し垂れ気味な両目に、ほのかに不安そうな光が宿る。


「この世界から出たいと思ったら、どうすればいいのかな……?」

「へ? オリエンテーション聞いてなかったのかよ」


 すかさずコンケンが、にんまりしながらてきした。


「カル……カルキュリ……」

「カリキュラス」


 サワの助け船に、ごほんとせきばらいをして続ける。


「カリキュラスの内側の、左下んとこにあるレバーを引っ張ればふたが開くって言ってたろ?」

「あのねえコンケンくん、わたしが言ってるのはその前の段階だよ~」


 あきがおでナギが言うと、コンケンはきょとんとした顔になる。


「へ? 前って……?」

「わたしたちはいま、自分の体を動かせないんだよ。だから、レバーを引く前にアクチュアル・マジックからログアウトして、を無効化しないと……」


 ナギが言ったBSISとは確か、カリキュラスが持つ《脳信号の中断および走査ブレイン・シグナル・インタラプト・アンド・スキヤン》機能のりやくしようだ。脳から体に発せられる運動命令を回収してゲーム世界のアバターにちゆうけいし、同時に生身の体には伝わらないようにする。オリエンテーションで女性ガイドがたった一回だけ口にした言葉を覚えているのだから、ナギはユウマやコンケンよりよほどしっかりと説明を聞いていたらしい。

 ともあれ、おさなじみの言うことはもっともだ。ユウマたちは、アニメや小説のように肉体ごと異世界に転移しているわけではない。あくまでカプセルの中に横たわり、クレストが作り出す音を耳で聞き、映像を目で見ているだけだ。それなのに自力でカプセルから出られないのは、が実質的に肉体をさせているからであって、まずはその機能を停止させないと、カプセルの非常脱出用レバーを操作できない。


「……そーいや、ログアウトについては何も言ってなかったね……」


 まゆをひそめたサワが、右手をピンチアウトしてメニューを出した。システムタブにせんし、すぐにかぶりを振る。


「やっぱり、メニューにログアウト用のボタンはないよ。だつポイントみたいなものの説明もなかったし……これってつまり、自分の意思でカリキュラスから……アクチュアル・マジックから出る方法はない、ってことだよね」


 テストの点数がいつも自分より少しだけ高い妹の言葉を聞いて、ユウマは少しばかり不安になった。その気持ちを打ち消そうと、平静をよそおって言う。


「まあ、僕たちは招待客だけどテストプレイヤーでもあるわけで、勝手にログアウトされたら困る事情があるんじゃないかな。どっちにせよ、もうすぐテストも終わるはずだしさ」

「そうそう、ナギは心配しすぎなんだよ」


 コンケンが調子を合わせ、女子二人が「これだから男は……」的なため息をついた、その時だった。

 とつぜん、四人のあしもとから赤い光がき上がり、アバターをつつみ込んだ。視界が赤一色に染まり、ゆかかたさがせる。


「うっ、うわっ……!」


 コンケンがさけび、


「ゆ、ユウくん!」

「お兄ちゃん!」


 ナギとサワも声を上げながら同時に手を伸ばした。

 ユウマは本能的に二人の手をにぎろうとしたが、光は赤から白に変わりながら急激に明るさを増し、妹とおさなじみの姿をした。

 とつぜんゆう感覚。落下しているのか、じようしようしているのかわからないじようきように思わず悲鳴を上げるが、自分の声すら聞こえない。

 やがて白い光は上空に去り、下からやみせまる。本能的に逃げようとしても、自分の体がにんできない。意識だけの存在になったユウマを、のうみつやみみ込む。

 ──コンケン!

 ──ナギ!

 ──サワ……!!

 声にならない声で必死に三人の名前を呼ぶが、だれも答えない。ユウマの意識は、しつこくきよ空間をどこまでも落下していく。

 ────だれか…………!!

 ありったけの思念を振りしぼったその呼びかけに。

 何者かが答えた気がした。

 落ちていく先に目を向ける。

 そして、ユウマは《それ》を見た。


 ここでおくれている。

刊行シリーズ

デモンズ・クレスト3 魔人∽覚醒の書影
デモンズ・クレスト2 異界∽顕現の書影
デモンズ・クレスト1 現実∽侵食の書影