序 章 フェミニンデンジャラスブライト ①

 これは軽く見積もって一年以上前の夏のお話。

 つまりレトロでモダンでハイテクでスマートな、過去にあった一つの事件。

『アイテム』というあんしきに四人目が加入する事になった、極端に犯罪の発達した物語クライムカラーだ。





 それは分厚い壁だった。

 ポリカーボネートやアラミド繊維を交互にサンドイッチした複合装甲のはずだった。

 つまり銀行の金庫室を優に超える強度を誇っていた。


 しかし焼き切られるのは一瞬だ。

『光』は、異常を察知した警備兵ごと非公開研究施設外壁を吹き飛ばした。


 直径二メートルほどの赤熱した大穴を潜り、いくつかの影が難なく機密エリアに踏み込む。

 続けてせんこうは大雑把な感じで三つまたたいた。

 それだけで複雑に入り組んだ研究施設は次々と壁を抜かれ、誘爆し、ズタズタに引き裂かれていく。こういう時に緊急作動するはずのセキュリティ関係も───分厚い隔壁どころか最低限のスプリンクラーや自動通報機能まで───断線して言う事を聞かない。

 そして五秒もてば、生存者の誰もが気づくだろう。

 決して適当ではない。大雑把に見えた光の砲撃は的確にあらゆる出入口を溶かして固め、散り散りに逃げようとする研究員や警備兵を自前のろうごくに閉じ込めてしまっている、と。

 そんな中を学校の廊下より気軽に歩く少女達の影。


 夏らしく、ノースリーブにカーディガン、切り替えスカートのグラマラスな少女がむぎしず

 ピンクジャージに短パン、黒髪を肩の辺りで切り揃えた少女がたきつぼこう



「くそー、やっぱりパン食が良くない気がするなあ。下半身がむくむ……」

「むぎのは食事どうこうっていうより運動しないから」


 熱帯夜。微妙に屋内のエアコンが寒いのか、たきつぼは無表情ながら剝き出しの太股同士をちょっと擦りつつそんな事をつぶやいていた。


「おいおい、最前列で一番殺しているのに」

「誰でも彼でも能力で瞬殺だから、多分それ運動になってない」


 むぎしずはストッキングで覆われた自分のふとももを片手で軽くもみもみ。

 のんに言い合う間にも、むぎのもう片方のてのひらからせんこうがいくつもまたたく。自分でとことん強化した非常口の扉にはばまれる格好で立ち往生している警備兵の一群がごっそり蒸発する。

 ぼとりと何かが足元に落ちた。

 しゆりゆうだんを握ったままの人間の腕だった。


「むぎの」

「分かってる」


 しかし命をした起爆もむぎしずの肌に傷をつける事はない。せんこうが全てを吹き飛ばした。火薬の爆発は熱やガスが急速に生まれてその圧力などで対象を破壊する現象なので、ようは眼前の爆風を丸ごと押し返すほどの破壊力があれば傷はつけられない。

 二三〇万人が暮らすがくえんでも七人しかいないの一角。

原子崩しメルトダウナー』。

 量子論のセオリーを無視して電子を粒子にも波形にも変容させず、そのまま強引に撃ち出してあらゆる物体を削り取る粒機波形高速砲。一千年以上も前からある火薬の殺傷力とはそもそも文明のレベルからして違う。チェーンや金属バットを持った連中がいくら集まったところで、凶悪な破壊力の巨大ロボットでも使えば一網打尽。感覚的にはそんなレベルだ。

 すんくぎほどもある太い針に、電極、刺激臭のする薬瓶。それから頑丈な拘束ベルトがついた歯医者の椅子などなど。実験器具なんだか拷問道具なんだか、といったグロテスクな品々が破壊のあおりを受け、空中でバラバラに分解されていく。


むぎむぎっ」


 小柄なゆるふわ金髪少女フレンダ=セイヴェルンが短いスカートの中から手持ちの爆発物を取り出しながら、笑顔で近づいてきた。完全に子犬モードだ。

 セーラーっぽい白い半袖ワンピースの上に薄いポンチョ、足には黒のニーソックスの組み合わせ。頭にベレー帽をのっけた金髪少女は確認でも取るように、


「結局、紙の資料もコンピュータ関係も全部廃棄で良いんだよねっ?」

「ああ」

研究者ニンゲンについては?」


 そういう依頼だった。

 爆発音は二種類あった。がくえんせい超能力レベル5原子崩しメルトダウナー』のせんこうがとにかくド派手だが、良く観察すればその隙間を縫うように手製の爆発物が投げ込まれているのが分かるはずだ。もっとも、解き放たれたしゆりゆうだんやロケット砲をじっくり眺めるような馬鹿者は一瞬後に血と肉片を天井までべっとりこびりつかせる羽目になるだろうが。

 ばた、ばた、ばた、ばた!! というごうおんが頭上から響いた。

 たきつぼこうは直立でぼーっとしたまま、


「頭上に注意」

「ヘリか」


 鼻で笑ってむぎしずてのひらを頭上に向けた。せんこう。それだけで屋上まで一気にぶち抜き、ヘリポートごと(おそらく責任者クラスの)逃亡者を消し飛ばしていく。

 ただしジャージ少女が言いたかったのはそういう訳ではなく、


「頭上に注意」

「うわオレンジ色のが垂れてきた!!」


 むぎが慌てて退かなければ、溶鉱炉っぽく輝くドロドロ摂氏数千度の建材を頭からかぶっていただろう。破壊力が高過ぎる、というのも問題だ。がくえんが単独で動かないのは、

 小柄なフレンダはたきつぼのピンクジャージを眺めて、


「今回って結構でっかい仕事な訳でしょ? たきつぼ、お金入ったらもうちょっと季節感のある服買ったら? ほら、すけすけの夏物ワンピースサマードレスとか、あちこちはだける浴衣ゆかたとか。ああそうそう、結局チャイナドレスって夏っぽい?」

「私はこのジャージが一番気に入っているから」

「ぬおー、報酬入ったらたきつぼを思う存分着せ替えするぞおーっ!!」

「あの」


 実戦段階では、ピンクジャージに短パンのたきつぼこうは常に一歩後ろへ下がる。

 彼女は戦闘ではなく、後方から物陰や壁の向こうの気配を探る照準補整担当だ。敵対する人間の動線や銃の射線はもちろん、壁や天井を走る危険な鋼管や高圧電線なども把握しておかないと、。特に研究所とコンビナートは要注意だ。

 ジャージ少女はシャープペンシルの芯のケースに似た小さな容器を軽く振って、


「……一応、『体晶』も持ってきているけど」

「能力者メインじゃないから不要かなー。今回の獲物はオトナっぽいし」


 右と左。むぎは適当に言って、重要そうな研究者の護衛らしい警備兵二人の上半身をしやくねつせんこうで吹き飛ばす。傷の断面がまとめて炭化するせいでドバドバ血が噴き出す展開すらない。


「ひいっ、ひい!!」


 すっかり尻餅をついた大層お偉いナントカ学の博士号サマ(専攻は子供達に対する真っ黒な人体実験)が両手をこっちに見せて首を横に振っていた。何度も。


「まっ、待て。抵抗しない、あきっ諦める!! 全部君達の好きなようにやって構わんから!!」

「あん?」


 疑問の声があった。

 むぎしずは結構本気できょとんとしながら首をひねっていた。


「こ。こここっ高位能力者。つまり子供、組織に属さぬ正義のヒーローって訳だ。ハハッ、『あん』の非人道的な研究が肌に合わないとかガキの被験者がわいそうとか、どうせそんな話だろう? 私は手を引く。ここでおしまいだ。そ、そっちだって人の命を粗末にする事をいきどおるなら、悪党とはいえ無抵抗の私達を殺す事には抵抗くらいあるだろう!? ふひっ、ふひひひ!!」

「なるほど、そうきたか」


 蒸発音があった。

 光がまたたいた直後、空気を焼いた『原子崩しメルトダウナー』が逃げようとする別の警備兵を吹き飛ばした音だった。武器を落として背中を見せても容赦なく。

 もう言葉もない学者さんに、むぎはゆっくりと身をかがめて顔を近づける。

 首をかしげて告げる。


「うーん……悪いけど、そういう依頼じゃないんだよね」

「いら?」

。そういう真っ黒な依頼なの」

「……ッ!? ~~~っっっ!!」

「そして証拠には、人の頭の中にある情報も含まれる」


 じゅわっっっ!!!!!! という蒸発音があった。

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