序 章 フェミニンデンジャラスブライト ②

 かざしたてのひらの先で、研究者の頭部が丸ごと消失していた。

 死体は後ろに倒れる事を忘れていた。


「悪いね。どこぞの精神系みたいに記憶だけ選んで消去できりゃあクソったれの悪党も人生やり直せたかもしれないけど、私に依頼をすると


 口先だけだった。むぎしずの声色や表情から罪悪感の香りは漂ってこない。


「むぎの」


 ピンクジャージに短パンの少女が話しかけてきた。

 たきつぼこうは奥を指差して、


「あっちに何かある、緊急っぽい感じじゃないけど」

「アレかな?」

「結局アレでしょ。わざわざ部屋どころか入口のドアまで隠してある訳だし」


 むぎとフレンダは顔を見合わせる。そもそもここはそういう研究機関で、どこかの誰かがトラブルの前兆をつかんだからむぎたちが派遣されたのだ。仕事の性質上依頼に関する資料は手元に置けないが、重要なヒトやモノは全部頭にある。

 むぎは肩にかかった髪を片手で払って、


「じゃあ五分ちょうだい。ひとまず全部殺すまで待って」


 提案通りになった。ありとあらゆる壁が遮蔽物として機能してくれない時点で、極限の飛び道具に全身をさらした警備兵や研究者の末路は決まった。一通り施設内の動体を全て爆破・蒸発させると、むぎしずとフレンダ=セイヴェルンの二人は血のてつさびよりも焦げ臭い方が強い死の空間を歩いて、ジャージ少女が教えてくれた小部屋に引き返していく。


「結局今のゲーム機ってすごいんだよ! フィットネスとか健康管理もしてくれんの」

「えー、五つ星評価のジムと契約した方が良くない? ピラティスとか、ホットヨガとか」

「チッチッチッ。むーぎーのー、結局そもそもダイエットのためn


「……、」

「こほん、大変お美しいオトナのボディメイクのためにッッッ!! それ『だけ』でわざわざ専用の時間を割く、ってのが結局もう無理めな訳よ。で効果が目に見えるストレスフリーな感じにしないとこういうのって続かなくない? だから結局欲しいのは小さなゲーム機にワンセット全部入っちゃう、良くできた体操ソフト!!」


 元々は図面にない機密エリアのようだが、彼女達が暴れすぎたせいで隠し扉そのものがゆがんで壁から浮かび上がり、丸見えになっている。べこべこになったドアの前でりちに待っていたたきつぼを下がらせ、むぎがそのドアを靴底で蹴飛ばして中に踏み込むと、だ。


「お?」


 左右のかべぎわには、冷凍睡眠に使う強化ガラス製の密閉ポッドがずらりと立っていた。

 ポッドの一つ一つの大きさは電話ボックスくらいか。


「結局コールドスリープで固めてあったから、心音や呼吸の反応がなかったんだね」


 言いながら、フレンダはくるくるとモバイルを手の中で回していた。最近のカメラレンズは色々と多機能になったので、後ろ暗い連中にとっても便利な時代になった。位置情報含む、知らない間にプライバシーを切り売りする各種サービスの自動送信機能さえ気を配れば。

 むぎがポッド外装にこびりついていた白い霜を拭うと、内部の様子が見て取れた。

 裸の少女が収まっていた。

 くりいろのボブに白い肌、起伏のなだらかなたいとしは高く見積もっても中学に入るかどうかといったところ。毛先まで固まっていた。まるで透明な樹脂で隙間を埋めた果物のゼリーだ。

 改めてむぎがぐるりと部屋を見回すと、ポッドはざっと見て四〇基以上ある。


「事前の資料通り。全部人間ロッカー、か」

「つまりプロジェクトを安全に撤収させるための標的。完全に無抵抗ってちょっと鬱モードになりそうだけど、どうする。結局、大雑把に爆破する前に人数確認やった方がいのかな」

「いや、お土産にもらっていこう。まあ一人もいれば十分だけど」


 ペットショップの衝動買いみたいな無責任テンションでむぎはあっさり言った。

 フレンダはげんな顔をして、


「なに? ヒトもモノも全部消し去れって依頼じゃなかった???」

「お行儀良く従う理由は?」

「……いけど、人助けなんてぬるい話じゃない訳よね。結局本音はナニ?」

「じゃあ理由の一個目。上からの依頼は公になったらまずいデータの抹消よ。標的標的とは書かれているけど、実際問題ここで何をやっていたのか自分の口で説明できない受け身のガキどもは割とどうでもいはず。依頼を思い出せよ、研究者や警備チームは割と問答無用だけど被験者については言及ナシだったでしょ。実は必ずしも殺す縛りはない」


 なるほどー、とフレンダは軽くつぶやいた。

 やっぱり命のやり取りをするほどの重さがない。

 少女達にとって、生かすか殺すかは気分がかなり大きな判断基準だ。


たきつぼは貴重な照準係だけど、戦闘はできないのよね。私の『原子崩しメルトダウナー』は殺傷力がデカ過ぎて防御に向かない。その辺カバーさせるためにでも結構ヤるらしいって話を聞いてフレンダを加えてみたけど、アンタも専門は格技より爆弾でしょ。やっぱり防御特化とはがたい。そしてここにはしい素材がそろっている☆」

「むぎの。そろそろ防御に向いた能力者が欲しいって事?」

「『くらやみがつけいかく』。人造高位能力者、アンタの盾役としては悪くないレア度じゃない?」


 言葉だけは質問・提案っぽいが、フレンダとたきつぼは肩をすくめただけだった。彼女達の中では、むぎがやると考えたらそれはもう決定事項だ。

 フレンダは部屋の隅にあったコンピュータに向かって、


「えーっと、プロジェクト全体で一番の成功作は、二人いる。『窒素装甲オフエンスアーマー』のきぬはたさいあいと『窒素爆槍ボンバーランス』のくろよるうみどりだって、結局どっち起こす?」

「盾役」



 


 片方は少女達と合流する道に、もう片方はここから始まる長い長い別の道のりへと。

 ガゴン!! という太い機械音があった。

 分厚い保護ガラスの内部を埋めている、時間や空間をそのまま固めたような透明な固体に変化があった。どろりとした液体に変わっていくのだ。水というよりジェルに近い質感だった。それもまたいくつもある排水溝から吸われて消えていく。

 そして保護ガラスが真上に大きく開く。


「はろー、名前はきぬはたさいあいだっけか。状況は理解できてる?」

「……?」


 ぺたりと座り込んだ少女はどこかぼんやりしていた。

 くりいろのボブはれてぺしゃんこになっていた。未成熟な鎖骨のラインから平らな胸に、さらにおへその下まで粘ついたジェルがどろりと伝っていくが、気にする素振りもない。

 たきつぼは無表情なまま首をかしげて、


「悲鳴ないね?」

「自分がハダカだって気づいてもいないんだろ、解凍直後だから頭に血が回ってないのよ」


 ぺたりと座ったままこちらを見上げるアクション自体、自分の意思というより外からの刺激に促されて、といった印象が強い。のろのろ動くオジギソウっぽい。

 おそらくこういう世話をするためのアメニティだろう。たきつぼこうはどこかから拾ってきた真新しいバスタオルを全裸少女の頭にかぶせながら、


「むぎの」


 ピンクジャージに短パンの少女はどこかよそを見ていた。明らかに壁の向こう側を意識している。自他共に認めるバトルフリークのむぎしずだが、こういう時、たきつぼの漠然とした『嫌な予感』や『虫の知らせ』は全てにおいて優先される。そうしなければ確定で不利益をこうむる事を、『あん』の少女達は経験で理解しているからだ。


「南南西がざわついている、そろそろ限界みたい」

「おっと想定よりも真面目に素早く働くじゃないかフツーのアンチスキル。なら一八〇秒で撤収」

「え、ちょっと! 結局、冷凍睡眠の連中はどうすんの? 他にもたくさんいるけど!!」


 慌てるフレンダにむぎはあっさり言った。


「それが理由の二個目よ。犯人役がいればちょうどいわ。フレンダ、どうせコマンド入力したら後は全部オートでしょ。低速設定で解凍作業を進めておいて。カウント一八〇、こいつが目を覚ました直後に一一〇番ひやくとうばんがくえんの平和を守るアンチスキルたちが踏み込んでくれば……」


 そこまで言って、むぎは視線を振った。

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