第一章 『五』人目の少女 5

『アイテム』はただの少女達ではない。昨夜の車やその運転手の例を見れば分かる通り、実際には彼女達をサポートするために下部組織の連中がたくさんいる。なので少女達の一人一人が分厚い支援を受けられる人数には限りがあるのだ。むぎの感覚では一つの組織にフルスペック要員は三人か四人が限界。それ以上集めると出費が膨らみ過ぎて収支のバランスが崩れる。

 銃弾は比重が大きくて柔らかい金属の方が自分から潰れる事で生物破壊力を増加させるが、鉛と純金なら誰でも前者を選ぶ。か。どこの軍や警察だって似たような効果なら破産のしない安価な素材の方がありがたいからだ。

 そんな訳で、


「一人が正規メンバー、一人が雑用」

「しょぶすなっ!?」


 変なタイミングでんじゃった子が他の全員からにらまれた。もちろんはなちようだった。

 


「この気弱チワワが雑用」

「まって、待ってくだしゃいいい!!」


 泣いてすがりついてくるはなちようだが、むぎあきがおは特に変わらなかった。

 と、隣から寄り添ってきたたきつぼが小声でささやく。


「(……ふふっ。むぎの、意外と優しい)」

「あん?」

「(自分で戦闘ができないだと、一番危険な前衛に立たせたら死んじゃうリスクが上がるだけだもん。その子、フレンダと違って道具を使って戦う感じでもないし)」


 むぎはそっちを見ないでたきつぼを片手で軽く追い払った。たきつぼたきつぼで、ぞんざいに扱われてもどこか楽しげではあったが。


「ひいいーっ! 何でもしますやらせていただきますっ、どうか私を見捨てないでえ!!」


 身も世もない感じのはなちように、フレンダは肩をすくめてこう言った。


「どうせすぐに仕事でしょ。結局、それで使える方を見定めてやったら?」

「(いやあの私は『アイテム』なんぞ興味ないっていうか衣食住さえ超しっかりしていれば別に雑用の下働きでも一向に構わないんですけど)」

「きぬはた、勝負から逃げない」


 あらぬ方角から全くいらないエールが飛んできてきぬはたさいあいは逃げられなくなった。

 五人でエレベーターに乗って、そのまま地下まで。

 何やらはなちようがかごの隅っこでコソコソ。すぐ友達を作るフレンダと早速話している。


「(えええー? ちょ、むぎさんって踏んだら終わりの地雷とかあるんですか? それなら私にも教えてくださいよう! 新入りにそんなの分かる訳ないじゃないですか!)」

「嫌よ。結局、こっちだって死ぬ気で地面を探ってどこに地雷があるか一つ一つ確かめていったんだから。血と汗の結晶を何ですんなり渡さないといけない訳よ?」

「(……涙じゃないんですかそこ。超そもそも探り探りで地雷を見つけに行かなきゃ死ぬところが、一つのチームとして根本的に超間違えているような?)」

「むぎの」

「狭いエレベーターん中で聞こえねえとでも思ってやがるのかカスどもが……」


 うつむいたお姉さんがめらっとしていた。

 コンクリで固めた地下駐車場に着く。

 車のある場所へ向かっているという事は、すでにむぎしずの中では目的地がしっかり設定されている訳だ。はなちようは不思議そうに首をかしげて、


「あの、コロシアムの件を調べるって言ってもどこからやるんですかあ? 主催者は顔も名前も謎ですし、試合は毎回バラバラの場所でやるから足取りもつかめないって話ですけどお」


 うん、とむぎは小さな子供みたいな感じで素直にうなずいてから、


 

「生命保険会社の常務だっけ? その依頼人さらっちまおう」


 

 時間が止まった。

 と思ったのははなちようだけだったらしい。フレンダやたきつぼは特に驚いた素振りでもなく、


「まあ結局やっぱりそうなる訳かー」

「色々詳しい話を知っている割に、情報を小出しにしている印象があったよね」


 むぎは小さく笑った。

 灰色の地下駐車場にずらりと並んでいる車の一台がヘッドライトを二、三回点滅させた。例の見た目だけはボロいロケバスだ。の少女はそっちに軽く手を振りつつ、


「そゆこと。ふかーい事情を抱えていたり人には言えない悩みを持っていたり、って流れで『あん』に依頼してくる連中は多いけど、いちいち仲介人通した伝言ゲームの謎解きなんか付き合っていられないし。答えを知ってるヤツがいるなら素直に口を割らせてカンニングしましょ。分かる所から片付けて糸口をつかむのが『あん』調査の基本だよ」


 あのあのあのあのッ!! とようやくはなちようが割り込んだ。

 致命的にタイミングが悪い子はこの時点ですでに涙目だった。


「えっと、ちょっともう意味が分からないんですけどそもそも保険会社の偉い人からの依頼なんですよねこれ? 何でしよぱなから敵じゃなくて味方に牙いてんですかあなた達い!?」

「だってほら、これが一番早くて楽だから」

「誰がお金出すと思っているんですか依頼人怒らせたら仕事終わらせても報酬ゼロでしょ!」

「いや、『あん』のシケた報酬なんてもうどうでも良くない? 獲物は最低でも一五〇億、高確率でそれ以上抱え込んでいるのよ。そっちをごっそりいただく方を優先した方がい」

「ッッッ!!!??? て、ていうか権力者ですよ、怖いチカラ持ったオトナの皆様から変に恨まれて命の危機的なコトに巻き込まれるって線はあ!?」

「その程度でやられるだとでも思ってんのか?」


 忘れてはならない。

『アイテム』は


「そもそもほんとに大事なお客なら、仲介人の『電話の声』はポロポロ情報をこぼしたりしない。とにかくコロシアムを見つけて潰せで済むのに、保険会社も常務も明らかに余計だろ」

「そ、そんなのでどこの生命保険会社か正確に分かるんですかあ?」


 ビビったはなちようは(むしろ逆に、命知らずにも)むぎに何度も確認を取ってしまう。

 幸いむぎじよおうの機嫌は直りつつあるようで、真っ赤な花は咲かずに済んだが。


「問題発生中でしょ? 私達に依頼をするにも事前にある程度の書類をまとめる必要はあるし、自分で問題の原因を特定するために『あんがらみの領域まで不自然に情報収集しまくった保険会社を探れば一社に絞れるはずよ。後はそこの常務さんを狙えば良い」


 一番安全なのは、そもそも何もしゃべらない事。

あん』の人間なら出てきた単語一つでここまでやれるのだから。

 くつくつとむぎは笑って、


「口で何と言おうが『電話の声』には本気で依頼人を守る気はないでしょー。それより事件を鎮静化させる方が優先」

「……? でもお、困っているのは保険会社の人なんじゃあ」

「結局それ以外にも何らかの利害があるって訳よ。情報が流れてこない以上、そっちが本命で『電話の声』が守りたがっている側」


 と、たきつぼこうが口を挟んだ。

 大声は使っていない。そっと割り込んでいるだけなのに、自然と場の空気を持っていく。


「むぎの。後ろ暗いって言っても扱いは一般人だから、アレは気をつけておかないと」

「眉唾だろ?」

「……がくえん第六位、通称は『。甘くは見ない方がいと思う」


 シン、と場が冷たく沈黙する。

 はなちようのわたわたした物音だけが間抜けに伸びていた。

 いわく、悪質なストーカーが街灯から逆さにるされた状態で見つかった。いわく、武器密売グループが一夜で消滅した。いわく、誘拐組織から小さな子供を無傷で取り返した。

 伝説だけなら星の数だが、顔も名前も一切不明。路地裏で泣き崩れる弱者に力を貸し、悪党と戦う何かを与え、『あん』の泥沼から実際何人かの命を拾い上げている。そう聞けばさぞかし聖人君子と思うかもしれない。しかし具体的に狙われる側からしてみれば形を得た災厄だ。

 第六位。

 裏道でそれを聞いて憧れるか恐れるかで、その人が胸に隠す善悪はすぐ分かるという。

『アイテム』はもちろん歓迎する側ではない。

 序列はあるものの、同じ二人が真正面から殴り合えばむぎしずも無事では済まない。ただむぎは極度のバトルフリークなので目に見える危難を必ず回避するとも限らないが。

 こういうリスク管理は、破壊に関して常に準備や経費を求められる爆弾のフレンダだ。


「じゃあ結局、周到に用意してヤるのは一瞬、そこから速攻で撤退って訳?」

「そうなるかね」


 若干のくすぶりを見せつつ、一応はむぎも同意する。重要なのは温度感。今回は手を引いて下がると言われたら即座に爆発していただろうが。

 はなちようとは対照的に、きぬはたさいあいは静かなものだった。

 背の高いむぎを見上げるようにして、視線を投げて彼女は言う。


「……私は超何をすれば良いんですか?」

「『くらやみがつけいかく』。がくえん第一位の思考パターンを一部頭に刷り込んでいるんだっけ? ぶっちゃけどれくらいできるの。机上の空論じゃなくて、実際に体を動かす方の話でだ」


 聞かれて、きぬはたさいあいは悩む素振りも見せなかった。

 彼女は淡々とこう答えた。


「超まあ、人を殺す程度なら」

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