[Stage1-1] Re:【悪役】として始める学院生活 ②
その
もっとも落ちぶれた女に使うバカはそういないだろうが。
「……で、そのヴェレット家が私に何の用だ? 悪いが、応えるつもりはないぞ。私はお前ら貴族が大嫌いだ。理由は言わなくともわかるだろう?」
「もちろん。あなたを処断し、聖騎士団から追放したのは貴族たちだからな」
「そうだ。悪事を隠し、私腹を肥やしていた腐った貴族どもだ!」
私は聖騎士団の長を務める者として、悪を断罪してきた。
それが市民たちにとっての幸せと平和につながると信じていたからだ。
活動を続けるうちに人身売買が行われていることに気がついた私は証拠を集め、現場を取り押さえるとすぐに貴族を捕らえるように王に進言した。
王は間違った選択をしない。
これでまた一つ、国から悪が消え去ると信じていたのに……!
追い出されたのは私だった。
証拠の数々は隠匿され、人身売買の現場は人員の貸し出しということにされ、すべてのつじつま合わせとして私は虚偽報告をした罪人に仕立て上げられたのだ。
聖騎士の地位をはく奪され、住む場所を失った私が流れ着いたのは闘技場というわけだ。
正義のために磨いてきた剣術を悪の繁栄のために、己の食い
そうしなければ生きていけない。情けなさが私の心をむしばんでいく。
「その話は調べて俺も知っている。だが、あの時ヴェレット家当主……父は近隣国へ赴いていた。父がいればあなたはこんなところにはいなかっただろう」
「ふん、だからどうした? 慰めか? もう遅いんだ。今の私はただのバカなクリスなのだから……」
「……正直、失望したぞ、クリス」
……なに?
今こいつは何と言った……? 失望した、だと……?
握りしめた拳をテーブルにたたきつけて、彼をにらみつける。
しかし、彼は一切目をそらさず、テーブルが割れて木片が散っているというのに微動だにしない。
それどころか
「力を感情に任せて振るっている。聖騎士としての
「……うるさいっ! 私は、もう聖騎士じゃ」
「──俺は聖騎士だったあなたが好きだった」
「────」
「仲間を励まし、魔王軍にくじけず、決してうつむかなかったクリス・ラグニカを尊敬していたんだ」
「……あぁ……ぁぁっ……やめてくれ……」
そんな
君が語るのは過去の私なんだ。もうあきらめて、捨てた私なんだ。
みじめな今の自分を言い聞かせるために、過去に置いてきたんだよ。
「もう……戻れないんだ……! 私は、クリス・ラグニカは死んだんだよ……!」
「なら、あなたはまだやり直せる」
「えっ……」
「死んだのなら、いやすべてを捨てたからこそ、もう一度ここから始めるんだ」
彼の温かい手が私の頰に添えられる。
うつむいていた顔は上へと、彼へと向けられた。
「ついて来い。あなたの正義が輝ける場所を俺が切り
涙がポロポロと頰を伝う。
止まらない。私の中の汚れを外へと流しだすように。
情けなく、みじめなのに、泣くのをやめてくれないのだ。
それを彼はそっと指で拭うと、私の両手を包み込む。
「隣であの輝きをもう一度見せてくれ。俺の騎士、クリス・ラグニカ」
その瞬間、私の命は芽吹く。心臓が歓喜に震える。
本能で理解した。私が仕えるのは国ではなく、この方だったのだと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「──私の剣をあなたのために振るうことを誓います、オウガ様」
──目的は成った。あのクリス・ラグニカが俺に忠誠を誓っている。
そして、これはオウガ・ヴェレットとして初めて外で成し遂げた任務。自らの手で明るい未来をたぐり寄せた実感を覚え、思わず握りしめる拳に力が入った。
「それではオウガ様。準備をしてきますので少々お待ちいただけますか」
「必要なものは全てこちらで
「いいえ、私の実力を知ってもらうためにも、待っていただければと」
なるほど。確かに扱う武器の練度で実力が測れるという話を聞いたことがある。
クリスも武器を俺のもとへと持ってきて、それを試すのかもしれない。
正直、武器の良し
いい剣ばかりに決まっている。
「わかった。だが、長居するつもりはない。手短に済ませてくれ」
「承知いたしました」
そう言って、彼女は部屋を出ていく。
足音が聞こえなくなったのを確認すると、大きく背もたれに倒れこんだ。
「……ふっ。ふははっ」
すべてうまくいった!
これで彼女は俺の一生の僕となる。
正義? 存分に発揮して見せたらいいさ。
だが、味方と信じていた隣にいる男が最大の悪とわかった時、クリスはどんな顔をするのだろうか。
想像するだけで……ククッ、愉悦だ。
クリスを引き抜く理由はそれだけじゃない。この賭けが行われている闘技場はまだまだ成長する。
その胴元になれば利益も
現ナンバーワンで
その将来的な契約も含めて、支配人と話をつけてクリスの値段を交渉すれば終わり。
あぁ、やはり天才……!
女神が悪の大王になれと後押ししてるに違いないな、これは!
隠しきれない高笑いを堪えて、クリスが戻ってくるのを待つ。
待つ。待つ。……待つ。
「……えらく時間がかかっているな?」
迷っているのか?
ぶっちゃけ彼女を雇うのは決定事項なので、どんな武器でも問題ないんだが……まぁ、いい。
こちらから迎えに行くとしよう。
今の俺は気分がいいからな。
そう思って扉の取っ手に手をかけると、ガチャリと反対側の扉が開いた。
「お待たせしました、オウガ様。……待たせすぎてしまいましたでしょうか?」
「いや、そんなことはない。それよりも確かめさせてもらおうか、クリスの実力を」
「かしこまりました。では、ついてきてください」
なんだ。手ぶらだと思ったら持ってこなかったのか。
それだけ大きな武器なのかもしれないな。大きさはわかりやすく力を示せて都合いいし。
俺はクリスの後に続く。彼女が立ち止まったのは、今ごろ試合で盛り上がっているであろう闘技場の前だった。
「……ここなのか?」
「ええ。粛清が終わりましたので、ぜひご覧ください」
……粛清?
俺が疑問を口にする前にクリスが扉を開けた。
視界に飛び込んできたのは、積み上がった死体の数々。選手だけにとどまらず、観客も山に加わっている。
そのてっぺんには先ほどまで俺と談笑していた支配人の姿もあった。
……あれ!? もしかして全員死んでる!?
「ク、クリス。これは……?」
「はい。さっそく私の正義と実力を見ていただきたく思いまして実行いたしました」
行動力……!!
いたしました、じゃねぇよ!?
俺はこいつらを利用して甘い汁を吸いたかったの!
全滅なんかさせたら意味ないじゃん……。
そのくせなんだ、褒めてくださいと言わんばかりの期待がこもった眼差しは。
「……クリス」
「はい!」
……本当は褒めたくない。褒めたくないが……。
「よくやってくれた」
「……っ! ありがとうございます!」
満開の笑顔を咲かせるクリス。イメージと違って表情がコロコロ変わるが、わかりやすいのでまぁいい。
今回の件と彼女がこれから俺にもたらすメリットを
なんか無条件で俺を信頼してくれそうだし、
俺は天才なんだ。きっとうまく彼女を扱えるさ。
「いいか、クリス。俺は現状で満足していない。もっと大きいところを狙っていく」
そうだ。こんなすたれた街の小さな地下闘技場くらい惜しくない。
もっと大きな規模の……それこそ奴隷市場なんかいいかもな。
とにかく一闘技場ごときで一喜一憂しないほどの力をつける。
「そのために君を手に入れた。言いたいことはわかるな?」
「もちろんでございます」
クリスは汚れを一切気にせず、床に片膝をついて頭を垂れる。
「私の力はオウガ様のもの。私の成果もオウガ様のものでございます」