楽園ノイズ

1 骨色の魔法 ⑥

 なんて静かな強打フオルテシモだろう。これこそが『カルミナ・ブラーナ』の第一音に必要な、じゆんち満ちたエネルギーだ。続くオーケストラと合唱の不協和なせめぎ合い。音と音がぶつかり合う間からねつきようあわになってあふれだし、はじけて大気をがす。ピアノという楽器にこれほどの表現力がまれていたことをぼくはそのときまで知らなかった。黒光りするきよたいにもなお余りあるイメージのほんりゆうが、はち切れそうなほどたかぶっててきそうだ。いったい何百人、何千人、何万人分の骨がこの楽器を組み上げるためにかき集められたのだろう。となった死者たちの痛ましい歌声がきすさぶ。

 第二曲の終結までの間、ぼくはほとんど呼吸することも許されないままりんのピアノにまれ、ただっていた。最後の和音のざんきようつぶすようにして、ごとり、と重たいきしみがひびいた。まるでこうしゆだいゆかが開くときのような音に聞こえたけれど、現実にもどってよく見てみればどうやらりんがピアノのけんばんのふたを閉めた音のようだった。

 かのじよがくを重ねてはしをそろえ、ぼくを見て言った。


「……じゃあ、これはもらっていっていいの?」


 ぼくはまぶたを何度も強く閉じては開いて、かんの残る現実に意識をなじませようとした。ピアノのいんがまだ金属のけずくずのようにあたりにただよっていてはだをちくちくげきした。


「……あ、ああ、うん。持ってっていいけど」


 けな返事だけでは気まずいままなので、なにか付け加えなければ、と思ったぼくは思いついたことをそのまま口にした。


「昨日のよりは簡単なめんにしたつもりだけど、……おぼえられなかった?」

「なに言ってるの?」りんは非難がましくまゆを寄せて言った。「ちゃんとした曲なら、あんしてそれでおしまいじゃないでしょう?」


 かのじよの言葉の意味をぼくが理解できたのは、かのじよが出ていってドアが閉まった後だった。だから一言も返せなかった。かのじよは今度こそぼくの編曲をちゃんとした曲だと認めてくれたのだ。がくを持ち帰ってもう一度む価値はあると言ってくれたのだ。

 あんしてピアノのこしを下ろす。

 りんの体温がまだ残っている気がする。それからピアノのきようも。

 ふたを開き、けんばんに指をそっと置いてみる。でも、あんな演奏をかされた後ではなにもく気になれない。

 あれほどのピアニストがぼくの編曲を評価してくれたのだ。今はそれだけをなおに喜んでおこう。どうせぼくもそのうち授業でこのばんそうかされるわけだし、きっとはなぞの先生はりんの演奏と比べてようしやなくこき下ろすだろうけれど、今は考えないようにしよう。

 それから、ふと思う。

 さえじまりんは、ちがいなく一流だ。ぼく程度の人間でもわかる。かのじよの演奏は技術の高さだけではない、なにか特別なものが感じられる。こんな東京のかたすみのありふれたつう高校の音楽室でろうされていくべき音楽じゃない。

 なにがあったのだろう。

 どうしてかのじよはこんな場所にとらわれているのだろう?

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