楽園ノイズ

2 十一月のよく晴れた朝に ⑤

「ごめんなさい」とりんはしれっとした顔で言った。「わいな話ではなくピアノの話だった。べつにむらくんをおとしいれたかったわけじゃなく単純に言いちがい」

「そんな言いちがいしねえよ! おとしいれる気満々だっただろ!」

「ほんとうに?」とりんはとても心外そうにまゆをひそめる。「じゃあ『わいなピアノ』って早口で十回言ってみて」

「なんでぼくがそんなこと」

「言いちがわないんでしょ?」

「くっ……」


 こんな形ではんげきされるとは思ってもみなかった。しかし自分の言葉には責任を持たねば。


「……ひわいなぴあの、ひわいなぴあの、ひわいなぴあの、ひあいなぴあの、ひわいなひあの、ひわいなひゃいの、あ、あれ」

「ほら、ちがいやすいでしょ」

「いやそうかもしれないけど!」

むら、女子の前でよくそれだけ何度もわいなんて言えるな」「マジでわいな話してるじゃん」


 根も葉もないうわさに根と葉がにょきにょき生えつつあるのを感じてきもを冷やしたぼくりんうでをつかんでごういんに教室の外に連れ出した。


「なにしにきたんだよっ?」人気のない階段のおどりんみつく。


「心配で見にきたって言ったでしょ。そんなに信じられないの? わたしがこれまでにうそついたことあった?」

「何度もあったよ! 最新の例はほんの二分前だよ!」

「そこは見解のそうということにしておいてあげる」


 ぼくの学校生活が終わりかけたレベルのぎぬなのに見解のそうで済ませないでほしかった。


「とにかく心配で来たのはほんとうだから。なにかあったの?」


 さて、どうやって切り出してやろうか。なおに話すのも芸がない気がして、ぼくはわざとらしくニヒルなみをかべて額に手をあて、首をってつぶやいてみせた。


「おまえをたおす準備をしていた……って言ったら信じるか?」

「わりと信じる。むらくんなら四日間真っ暗な部屋に閉じこもってそれくらいやりそう」

「閉じこもってねえよ、学校は来てたよ! ていうかあっさり信じてもらえるとかえって反応に困るんですけどっ?」

「じゃあ変なポーズつけて変な口調でかなければいいのに」


 おっしゃる通りですね! 泣きたくなってきたよ!


「ええと、うんまあとにかく」ぼくせきばらいを四回もした後で続けた。「今日の放課後、顔貸してくれ」


 りんは不思議そうに目をしばたたいた。

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