「ごめんなさい」と凜子はしれっとした顔で言った。「卑猥な話ではなくピアノの話だった。べつに村瀬くんを陥れたかったわけじゃなく単純に言い間違い」
「そんな言い間違いしねえよ! 陥れる気満々だっただろ!」
「ほんとうに?」と凜子はとても心外そうに眉をひそめる。「じゃあ『卑猥なピアノ』って早口で十回言ってみて」
「なんで僕がそんなこと」
「言い間違わないんでしょ?」
「くっ……」
こんな形で反撃されるとは思ってもみなかった。しかし自分の言葉には責任を持たねば。
「……ひわいなぴあの、ひわいなぴあの、ひわいなぴあの、ひあいなぴあの、ひわいなひあの、ひわいなひゃいの、あ、あれ」
「ほら、間違いやすいでしょ」
「いやそうかもしれないけど!」
「村瀬、女子の前でよくそれだけ何度も卑猥なんて言えるな」「マジで卑猥な話してるじゃん」
根も葉もない噂に根と葉がにょきにょき生えつつあるのを感じて肝を冷やした僕は凜子の腕をつかんで強引に教室の外に連れ出した。
「なにしにきたんだよっ?」人気のない階段の踊り場で凜子に嚙みつく。
「心配で見にきたって言ったでしょ。そんなに信じられないの? わたしがこれまでに噓ついたことあった?」
「何度もあったよ! 最新の例はほんの二分前だよ!」
「そこは見解の相違ということにしておいてあげる」
僕の学校生活が終わりかけたレベルの濡れ衣なのに見解の相違で済ませないでほしかった。
「とにかく心配で来たのはほんとうだから。なにかあったの?」
さて、どうやって切り出してやろうか。素直に話すのも芸がない気がして、僕はわざとらしくニヒルな笑みを浮かべて額に手をあて、首を振ってつぶやいてみせた。
「おまえを倒す準備をしていた……って言ったら信じるか?」
「わりと信じる。村瀬くんなら四日間真っ暗な部屋に閉じこもってそれくらいやりそう」
「閉じこもってねえよ、学校は来てたよ! ていうかあっさり信じてもらえるとかえって反応に困るんですけどっ?」
「じゃあ変なポーズつけて変な口調で訊かなければいいのに」
おっしゃる通りですね! 泣きたくなってきたよ!
「ええと、うんまあとにかく」僕は咳払いを四回もした後で続けた。「今日の放課後、顔貸してくれ」
凜子は不思議そうに目をしばたたいた。