第一幕 コープス・リバイバー 3 ①
『──わおーん! こんにちは、
『今日も見に来てくれてありがとう。早速ですが、皆さん、お気づきになったでしょうか? なんと、わたしの衣装が本日から新しくなりました。はい、新衣装です! ひゅーひゅー!』
『というわけでですね、この新しい衣装なんですけど、前のやつより、ちょっと露出? が、増えてしまって恥ずかしいんですよね。けっこう照れてます。まあ、夏ですからね!』
『いや、実を言うと前の衣装は、胸回りとか少しきつくなってしまいまして、油断すると
†
ただし被占領民となるべき日本人が死に絶えていることもあり、人口密度は極端に低い。
占領軍が駐留しているのは、主要な港湾や大都市だけ。日本列島の大半は無政府状態のまま放置され、国際的なテロリストや犯罪者たちが
だが、そんな犯罪者たちですら、滅多に足を踏み入れようとしない場所がある。
それが二十三区──過去に東京都区部と呼ばれていた
日本の政治経済の中心地。かつての首都が隔離地帯に指定された理由は簡単で、この付近の
しかも
だからこそ、ヤヒロはそこで寝泊まりする。二十三区内にいる限り、強盗に襲われることも、空き巣に狙われることもないからだ。
殺人を禁じていた国家は滅びた。ヤヒロの罪を
もちろん、そんなものはただの感傷だ。自己満足でしかないことはわかっている。
だが、死ぬことができない自分が他人の命を奪うのは、フェアではない、という思いもある。
だから、ヤヒロは人を殺さない。
自分が日本人だということを、そして人間だったことを忘れないために。
「まあ、厳密に言ったら、住居不法侵入や窃盗も全部アウトなんだろうけど」
無人の大学構内に勝手に入りこみながら、それくらいは大目に見てくれよ──と、ヤヒロは誰にともなく
だだっ広い空き教室に一人でいるのは落ち着かないので、ヤヒロは、主に大学院生用の狭い研究室を使っていた。ベッド代わりのソファに荷物を投げ出し、備蓄用の缶詰とチョコレート、ミネラルウォーターだけの質素な夕食を用意する。
エドに頼めば肉でも魚でも、それどころか焼きたてのパンですら取り寄せてくれるだろうが、そんな馬鹿げたことを試してみる気にはなれなかった。いったいどれだけぼったくられるのか、わかったものではないからだ。
ヤヒロが大学のキャンパスを拠点にしているのは、建物に設置された太陽光発電システムが生きていたからだ。太陽光パネルの大部分は破損して性能は低下しているが、それでもヤヒロ一人では使い切れないほどの電力が手に入る。
昼間のうちに充電を終えていた改造スマホを起動して、ヤヒロは軍用のデジタル通信網に割りこんだ。かつてのヤヒロは、ハッキングのやり方など知らなかったが、一人きりでこの街に取り残されて、勉強する時間はたっぷりあった。専用のツールを使って回線に侵入。北関東に駐留しているカナダ軍のサーバーを経由して、海外の動画配信サービスに接続する。
目当てのチャンネルはすぐに見つかった。
ヤヒロの改造スマホに映ったのは、獣の耳がついたウィッグを
『──わおーん! こんばんは、
『今夜も見に来てくれてありがとう。夜になってようやく涼しくなりましたかねー……てか、セミ、うっさい! 大丈夫ですか、わおんの声、聞こえてますか? もしもーし!』
やたらとテンションの高いお約束の挨拶が聞こえてきて、ヤヒロは、ふっ、と表情を緩める。
銀色の髪と
動画の内容は、
あとは調理風景の実況や、たまに楽器の弾き語りとダンスを披露することもある。
もっとも彼女の動画の内容は、さほど面白いものではない。
本人の顔がいいこと以外、特筆すべき点はなにもない。
会話の内容はありふれた一般人のノリだし、料理の腕もせいぜい人並み。運動神経がいいのかダンスは意外に
当然、動画の再生数も伸びない。三桁いけばまだいいほうで、ほとんどの動画は数十回しか再生されずに終わってしまう。
それでもヤヒロにとって彼女の動画は、唯一無二の特別なものだった。
なぜなら彼女の配信は、日本語で行われているからだ。
彼女は死に絶えた日本人のために、滅びてしまった国の言葉で語りかけている。
もちろん、そんなものは単なるキャラ作りなのかもしれない。その可能性のほうが
彼女が聞かせてくれる
『さて、今夜はわおんに届いた皆様からの質問にお答えしたいと思います。最初のメッセージは、この方! 東京都のやひろんさん! いつもありがとうございます!』
「っ!」
配信者が読み上げた名前を聞いて、ヤヒロは小さくガッツポーズをした。やひろんとはヤヒロのハンドルネームだ。ヤヒロが送ったメッセージを、わおんが取り上げてくれたのだ。
『やひろんさん、東京にお住まいということで、これって本当なんですかね? わおんも東京在住っていう設定なんですけど、ご近所さんですね。もし会えたら
改造スマホに顔を寄せ、ヤヒロは
しかしヤヒロは、わおんの次の言葉を聞くことはできなかった。スピーカーから流れる彼女の声を、唐突に鳴り響いた銃声がかき消したからだ。
「……は?」
一瞬、
「なんで、こんなところに人間が……!?」
当然だが、
もちろん、封鎖された隔離地帯への侵入者が
鍵の壊れた扉を蹴り開けて、ヤヒロは中庭に飛び出した。その直後、驚いて足を止める。



