第一章 あるいは、僕らの現代的自我 ⑥
と、そこで
「もしかして……わたしを手伝うって言い出したのも、あの子が目当てだったの!?」
「いや! それはな……いとは、言えないけど」
勢いよく否定しかけて、途中でトーンダウンしてしまった。
「確かに、
そこに胸躍らなかったと言えば
それをきっかけにして、
そのまま、彼女にとっても特別な存在になれるんじゃないか、なんて。
「けど、放っておけないって思ったのも本当だよ! それが一番の理由だし……そのことは、信じてほしい」
「……うん、そうだよね」
うなずくと、
「ほんとはわかってたよ、心配してくれてるのは。ごめんね、意地悪しちゃった」
「……なんだよ、ちょっと
「ほんとごめん。でも……うん。応援するよ、
そう言って、彼女ははじめて表情に自信を
「──きっとそれなら、誰よりもうまくできると思うから」
「……ああ、ありがとうな」
素直に、心強いと思った。
何せ、
これ以上に信頼できる恋愛相談の相手なんて、他にいないだろう。
「だからごめん、順番が逆になっちゃったけど──」
そして、
「わたしのことも、どうぞよろしくお願いします……」
「……おう、任せとけ」
と、そのとき──部室の扉がノックされ、
「
扉が開き、
年齢は二十七才。整った顔立ちや大人びた振る舞いと低身長のギャップで、一部の男子からは熱心な信奉を集めている。
彼女はこの部屋の管理も任されているらしく、こうして僕がときどきここで過ごすのも管理者権限で見過ごしてくれていた。
しかし──めずらしいな。
慎重なこの人が、ノックのあとに返事も待たず扉を開けるなんて……。
そして、今回彼女は、
「……え、あ、
室内に僕だけでなく
「その、仲良くするのはいいけど……節度は守ってね?」
「いやいや、そうじゃないですって!」
とんでもない勘違いをされているのに気が付いて、
「ちょっと、その……雑談してただけで……!」
──そんな風に説明をはじめるも、本当のことを言うこともできず。
結局、
*
校舎から出ると、いつの間にか日は大きく西に傾いていた。
歩道を行き交う下校中の中学生、買い出し中の飲食店店員、電話中のサラリーマン。
目の前で、太り過ぎの雑種犬がいやいやといった感じで飼い主に散歩させられている。
食べログ国内上位にランクインしたラーメン屋の前には、早くも行列ができはじめていた。
──時刻は、十六時過ぎ。
総武線沿いのこの街は、こんな
あと三十分足らずで、
「……ふふふ」
ふいに、隣の
「……どうしたんだよ?」
「ああ、あのね、なんだかこうして一緒に帰ってると……友達みたいだなって思って」
そう言って、
「わたしたちね、ここに来るまでは施設にずっといて、友達なんて一人もいなかったんだ。その前も、学校でも浮いてて誰とも仲良くできなかった。だからこういうの、はじめてで……なんだか、友達っぽいなって……」
その言葉に……僕ははじめて、
そうか、二重人格であった以上、この子たちはきっと、僕とは大きく違う毎日を過ごしてきた。だからもしかしたら、彼女たちにとっては……これがはじめての「当たり前の学校生活」なのかもしれない。
「……ていうか、友達だろ?」
喫茶店前の黒板がディナーメニューに替えられるのを横目で眺めながら、僕はそう言う。
「……へ?」
「みたいも何も、僕は
一人の人間でありたい、という、似たような気持ちを抱いて。
お互いに助け合おう、なんて約束までして。
僕たちはもう、間違いなく友達だ。
もちろん、他のやつが相手だったら、こんなこと絶対口に出しては言わないだろう。
けれど──
隣にいる彼女には、はっきりとそれを伝えておきたかった。
そして──その瞬間
一瞬、
──ぱああああ、と、その顔に笑みを浮かべた。
やわらかそうな頰が持ち上がる。黒目がちの目が
肌の色の明るささえも上がったように見える──幸福そうな笑み。
「そっか……そうか、これ、友達なんだ」
「ああ、そうだよ」
「うれしい……わたし、はじめてだよこんなの……」
「なら、よかったよ……」
照れくささに頰をかく。
「そうだ!」
ふいに彼女は思い付いたような声を上げると、
「もしよかったら……交換日記、やらない!?」
「……は!? 交換日記!?」
「マンガで見て、ずっと憧れてたの! わたしと、
「あーそういう。でもあんま今日日そんなことするやつって、あんまりいないと思うけど……」
「え。ダ、ダメかな……?」
雨に
「……
正直、面倒ではあった。
小学生の頃、宿題として出された夏休みの日記はいつも最終日にまとめて書いていた。
SNSで今日一日のできごとを
文章を読むのは好きだけど、自分で書くのはむしろ苦手なのだ。
ただ……
あの子の書いた文章が定期的に読める、あの子の考えを知ることができる。
それは確かに、考えただけで胸が高鳴る。
そして何より……、
「どう……?」
友達にそんな顔をされては、断りようがなかった。
「……わかったよ」
髪をかきながら、僕はそう言って
「やるか、交換日記」
──一生忘れられない表情が、一つ増えた。



