第一章 あるいは、僕らの現代的自我 ⑤

「ああ……その辺は別にいいよ。自分がしたいからそうするだけだし。ほら、話しただろ。僕たちは仲間だって。だから……放っておけなくて」


 我ながら、そのクサい台詞せりふに赤面しそうになる。

 面と向かって仲間だなんて、安っぽいドラマみたいだ。

 けれど、それが僕の本心なんだ。

 昨日の放課後二人で交わした会話は──結構本気でうれしかった。


「……それに、このままじゃいつか色々バレる日が来そうだし」


 恥ずかしさにそう付け加えると、自覚はあったんだろう。

 本を本棚にしまいそばの席に腰掛け、はるはんはぁあと息を吐いた。


「……だよねぇ。がんばってるつもりなんだけど、やっぱりうまくいかなくて……」

「そりゃまあ、そうだよな……」


 例えば、僕が演じ分けているキャラは、あくまで「僕の素の一部を過剰に盛ったもの」だ。

 たたいている軽口も教師へのおもねりも、まったく自分の中にない要素、というわけではない。だから、自然に演じられているし変に思われることもないんだろう。

 けれど、はるあきは、真逆の性格と言ってもいい。

 共通点のない人間に近づかなければいけないとしたら、相当難しいだろうと思う。


「もちろん、僕にできることなんてそんなにないと思うよ。それでも、致命的なミスを回避する手助けをしたり、はたから見てて思ったこと言ったりくらいはできる気がする。だから……もしよければ、可能な範囲でだけど、力になりたいんだ」

「そっ、か……」


 はるは視線を落とし、何かをぶつぶつつぶやきはじめる。

 どうやら、なかなか決心ができないらしい。


「……あの、微妙だったら遠慮なく断ってもらっていいからな? 自分でも、押しつけがましいかなとは思うし……」

「あ、ううん! そうじゃないの!」


 がばっと顔を上げると、はるはブンブンとれた犬みたいに首を振る。


「お願いは……したいなって思うんだ。助けてもらえると、本当にありがたいよ。でも……やっぱり申し訳なくて。何かお返しできないかなって……」

「いや、そういうのはいいんだって。ただの、こっちの勝手なんだから」

「そんなわけにはいかないよ。だから君、何か困ってることはない? わたしに手伝えそうなことで……」

はるに……手伝えることか……」


 こちらを真剣な顔で見つめるはる

 あきとまったく同じその顔立ちに……一瞬やましい考えが頭に浮かんだ。

 好きな子と同じ顔の女の子に「手伝いたい」なんて言われれば、どうしても「そういうこと」を考えてしまう。自制心とか自己けんよりも先に、妄想が勝手に広がっていく。


「……あ! 君もしかして……」


 ふいに、はるが何かに気づいたような声を上げた。

 そして、彼女はぎくりとする僕に──、


「──今……わたしに何か頼むの不安だって思ったでしょ!」

「……へ?」

「こんな頼りないやつに任せられることはないって! 顔にそう書いてあるよー」

「……はは、バレたか」

「んむー!」


 勘違いしてむくれるはるに、思わず笑ってしまった。

 らちな考えがかき消えて、深刻だった部室内の空気も少しやわらいだ。

 よかった、今回はこの子の無防備さにちょっと救われたかもしれない……。


「……でも、確かにそこが問題だよね。できること、そんなになさそうだし……。あ、ご飯おごるとか? けど、わたしそんなにお金も持ってないしなあ……。悩みの解決……とかも無理だよね、自分の悩みも解決できないのに……」


 と。

 ふいにはるは、そこで思い付いた表情になり、


「──あ、恋愛相談!」


 その顔をぱっと明るくして──そんなことを言い出した。


「今君、好きな人いたりしない?」

「え、す、好きな人……?」

「そう、片思いの相手。クラスとか、同じ学年とか、部活とかに……。わたし、恋愛もののマンガはたくさん読んでるから、恋愛相談には乗れる気がする!」


 ──思わず、硬直してしまった。

 この展開は──予想していない。

 まさか、片思い相手の別人格に……好きな人を聞かれるだなんて。


「ねえ、どう? いるのかな、好きな人」

「……そ、それは」

「どうなの?」

「……い、いるけど」

「え、誰? 同じクラス? わたし知ってる人?」

「……」


 なすすべもなく、おろおろすることしかできなかった。

 なんではる、こんなテンション上がってるんだ……?

 お返しをできるのがうれしいとか? あるいは、もともとこういう話が好きなのか……?


「……ん? どうしたの?」


 そう言って、はるはこちらにずい、と身を寄せてくる。

 髪から甘い匂いが──あきと同じ匂いがして、反射的に身体からだがビクリと震えた。


「……なんでそんなに、恥ずかしそうなの?」

「い、いやその……」

「もしかして、体調悪いとか……?」

「そうじゃ、ないんだけど……あんまり近づくと……」

「近づくと……何?」


 ──至近距離に迫る、水晶のような瞳。

 ──薄桃色の唇と、襟元からのぞく鎖骨。

 ──ブレザーの胸元を押し上げる膨らみと、スカートから伸びた白い脚。

 あきと共有している、身体からだ──。

 ──と、そこで。

 はるの動きがぴたりと止まった。

 そして──まさか、という顔で。

 何か、途方もない予感を感じている顔で、



「……もしかして──あき?」



 ゆっくりと、その名前を口にした。


君……あきが好き、だったりする?」


 ──もはや、キャラ作りも演技もできなかった。

 頭の回転はほとんど止まっていて、ごまかしの言葉さえ出てこない。

 自分でもはっきりとわかるほどに、顔が赤くなっていく。


「え、本当に……?」


 はるがぽかんとした顔で、こちらをのぞんだ。


「……本当に、あきのこと好きなの?」


 ……どうすべきなんだろう。

 この子にあきのことを好きだと明かしたら、一体どうなってしまうんだろう。

 気持ち悪いと思われるんじゃないか? はるとも、仲間でいられなくなるんじゃないか?

 なんとかして隠すべきなんじゃないか……?

 けれど、もうここからごまかしたり、うそをついたりすることはできそうにない。

 覚悟を決めるしかない──。


「……そう、だよ」


 ちょっと声がかすれるのを自覚しながら、僕はそう白状した。


「僕が好きなのは……あきだよ」

「……そっか」


 身を引き椅子に体重を預けると、うわごとみたいにはるはつぶやいた。


君は、あきを……」


 ……どうなるだろう。

 引かれるだろうか。拒絶されるだろうか。

 どう扱われても落ち込まないよう、心の中で耐衝撃態勢を取った──次の瞬間。


「うわあ……うわあ、そうなんだ!」


 ──白い頰を桃色に染め、はるは妙にはしゃいだ声を上げた。


「前からあき、モテるみたいだったけど……そっか、君、あきが好きなんだ……! わー、思ったより近い子だったなあ……!」


 予想外のリアクションだった。

 まるで、普通の友達と恋バナをしているような、無邪気な反応──。

 そして、彼女は椅子をこちらに寄せ、喜色満面でこちらをのぞむと、


「ね、ねえ、それっていつからなの……? まだそんなに、何回も会ってないよね……?」


 質問攻めがはじまった。


「え? えっと…………。始業式の日に、朝偶然会ったとき……」

「じゃあほとんどひとれだね……! あの子のどういうところが好きなの?」

「…………そ、それって言わなきゃダメ?」

「いいじゃん、教えてよー。もちろん、あきには言わないから……」

「え、えっと……自分を貫くところかな……」

「あー、あの子すごく芯があるもんね! ……ん? ていうか」

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