第二章 恥ずかしいのはお互い様 ③

「さっきの店のとか、それから、天使としての俺が協力をあおいでる人間には、お前の事情も少なからず、知られる可能性がある。それだけは、今のうちにあきらめてくれ」

「えっ……」


 づききんぱくした表情で俺を見た。不安とおそれと、少しの興味が読み取れる。


「全員、口はかたいやつだ。おもしろ半分で人のうわさふいちようしたりしない。もちろん、俺も可能な限り、づきの名前はせる。ダメか?」

「……わかった。必要なら、そうしてくれていいわ。それに……信じてるって言ったものね」

「おっけー。助かる」


 小さくうなずづきに、そう声をかける。

 こうして断っておかないと、あとでしんらい関係がらぎかねないからな。これは、だんの天使の仕事と同じだ。

 そのとき、前方からゆっくりと、トラックが進んできた。俺が車道側に立って、づきはしめる。

 このときめき坂は、通り慣れてないとちょっとだけ危ない。


「あっ……ありがと」

「……おう」


 いちいち反応がしおらしいな、この美少女は……。だんはツンとしてるように見えるから、ぜつみようなギャップがある。

 こりゃ、モテるだろうな。


「ところで、なんでお前は、まつもとの告白を断ったんだ?」


 ふと気になっていたことを思い出し、そうたずねた。

 まつもととは、以前にづきにフラれた、あの男子のことだ。そして、づきの好きな相手のひとりでもある。


「そのときは両想いじゃなかったのか? それに、ほかのやつからの告白も、全部断ってるだろ。ためしに、ってのは言い方が悪いけど、だれかと付き合ってみたりはしないのか?」


 づきは、しばらくだまっていた。

 それからぎやく的な声で、くように言った。


「もちろん、ためしたわ。こいびとになれば、もしかしたらいちになれるかもって、中学のころにね。だけど……」

「……」

「だけど……全然変わらなかった。だれか好きな人と付き合っても、その人以外のこともやっぱり好きなままで……それに、どんどん増えて」

「……そうか」

「そんなの、その人に失礼でしょ? 最低よ。かくして付き合い続けることもできたかもしれない。でもそんなことしたら、私はますます、自分が許せなくなる。五回ためして、全部だめだったから、直るまではだれとも付き合わない。決めたの」

「……その五人とは?」

「何度も謝って、別れてもらったわ。付き合ってすぐ、それにとつぜんだったから、みんな困ってた。当然よね。あの人たちはなにも悪くないのに、勝手な都合でまわして……」

「ホント、最低」。そうこぼして、づきはスカートのすそを強くにぎった。

 なるほど、好きな相手からの告白も断るのは、こいつなりの、誠実さの表れだったってわけか……。


「つまり私は、いちとは真逆の、男の子大好きな自分勝手JKってことよ。ね、あきれたでしょ? ……バカみたいよ、もう」


 づきの声はひどくくつで、けれど本気でそう思っているようだった。

 共感できる、とは言えない。だが、気持ちは理解できる。

 こいつがどれだけ、自分にげんめつしているのか。それは、声や言葉や、表情から痛いほど伝わってくる。

 ただ、づきはわかってない。

 俺のことも、自分のことも。それから、こいのことも。


あきれるかよ、そんなことで」

「……えっ」


 づきおどろいたように、こちらを見る。

 いつの間にかたどり着いていた駅前のふみきりに、ちょうどしやだん機が下りた。

 カンカンと、みみざわりな機械音が鳴る。電車の音が近づいてきて、俺とづきの周囲がそうおんあふれた。

 もう、おたがいの声しか聞こえない。


れんあい感情なんて、自分でコントロールできるもんじゃない。好きになるときは、いやでも好きになる。だから、お前は悪くないよ」

「……」

「それに昨日と今日で、づきがいいやつだってことは、よくわかった。この相談だって、引き受けてこうかいもしてない。助けてやるから、がんれよ」

「……うん」


 づきの短い返事を聞いたところで、しようずかしくなった。ふるふると首をって、熱くなっていた顔を冷ます。

 そうだ、今はいつもみたいなボイチェンありの通話じゃなく、対面だった……。あんまり、くさいことは言うもんじゃないな……。

 そこで、俺たちの前をけいはん電車がゆっくり通り過ぎた。機械音がんで、ふみきりが開く。


「じゃあな」


 JRの改札までづきを送り、別れを告げる。

 が、づきは俺に背を向けず、少しのあいだもじもじしてだまっていた。

 ……なんだ?


「あの……あかくん」

「お、おう……?」

「さ、さっき言ってくれたこととかは、全然関係ないけどっ……!」


 うつむいたまま顔をそらして、づきは続ける。

 れいくろかみすきから見えたほおが、さくらんぼみたいに赤かった。


「私……その……」

「……」

「あ、あなたのことも……好きになっちゃうかもしれないから……」

「えっ……」


 ……。


「……今のうちに、謝っとくわ。……ごめん」

「いや……あ……まあ、構わない……けど」


 づきはそこで、くるりと身をひるがえした。

 かみとスカートがれて、流れる。

 その背中が改札の奥に消えたあとも、俺はしばらくその場でぼーっと固まってしまっていた。


「……困ったな、これは」


 思わずそんなことをつぶやいてから、俺は自分の電車の駅のベンチで、ぼんやりと車両が来るのを待った。

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