第二章 恥ずかしいのはお互い様 ②

「そしてそのためには、現状の正確なあくが必要だ」


 問題には必ず、原因がある。解決するには、それを取り除けばいい。

 だが原因を見つけるには、まずは問題を正しくしようさいに、あくしなきゃならない。


「ってことで、ほら」

「……なに?」


 テーブルの上に差し出した俺の左手を見て、づきげんそうな顔をする。

 なに? じゃないだろ。案外にぶいな、優等生。


「もう一回、さわらせろ」

「ひっ……!」


 づきはいつかと同じく、自分の身体からだくようにして身を引いた。

 こいつ……やる気あるのか?

 まあ今のセリフ自体は、たしかに多少あやしかったけども。


「あほ。今お前の好きな相手が何人いて、それがどこのだれか、調べるんだよ」

「そ、それならそう言ってよ……! びっくりするでしょ……!」

「わかったわかった。悪かったよ。じゃあ、ほら」


 言って、俺はヒラヒラと手を動かす。タイミングとかもろもろ、向こうに委ねる意思表示だ。

 さすがに自分からさわるのは気が引けるからな。俺は常識人なのだ。


「……」

「……なんだよ、早くしろよ」

「べ、べつに、さわらなくてもいいんじゃない……? 好きな人なら、私が自分で言えばいいんだし……」


 づきはなんとも甘いことを言っていた。

 正確なあくが必要だって、聞いてたか?


「お前が全員分、完全に自覚できてるっていう保証は?」

「えっ?」

「『気づいてないけど好き』なんて、こいのあるあるだろ。れんあい感情は、そんなに単純じゃない」


 おかげで天使の仕事も、苦労が多いんだから。


「で、でも……! 一応お店の中だし……」

だいじようだよ。もちからのことは知ってるし、このテーブルも、ほかの席から見えにくくしてもらってる。準備はばんたんだ」

「……でもぉ」

「『なんでもする』んだろ?」

「うぅ……」


 俺のトドメの言葉に、づきうつむいてかたを縮こめた。

 こんなこともあろうかと、あの場でげんを取っててよかったな。

 言い出したのはづき本人だから、俺は悪くない。

 ところで、づきほどの美少女にほおを染められると、なんとも背徳的な気分になるな。


「……変態」

「こら、失礼だぞ。天使に向かって」

「変態天使!」

「変態しんみたいに言うな」

「……なによそれ?」

「あ、なんでもないです」


 そういうのは通じないわけね。おっけー、りようかい

 づきはとうとう観念したのか、胸に手を当ててから、長い息をひとついた。

 そしておそおそるという様子で俺の右手をつかみ、自分の顔に引き寄せる。

 俺はテーブルに身体からだを乗り出して、ちからの発動に備えた。

 美少女のやわはだれられるのは役得だが、実のところ、能力が働いてるあいだは手の感覚はほぼない。かんしよくがわかるのは最初のいつしゆんだけだ。残念きわまりない。念のためもう一度言うが、俺は変態ではない。

 づきは俺ののひらを、そのままひかえめにほおにくっつけた。

 くちびるをとがらせた横顔が、あまりにも色っぽかった。


「……どう?」

「あ、ああ……問題ない。見えたよ」

「……そう」


 まるで、付き合いたてのカップルみたいな空気だ……。

 思わず、見たものを全部忘れそうになる。いや、バカか俺は。


「そ、それで、どうするのよ?」

「まあ、待ってな」


 俺はカバンからペンケースと、真新しいキャンパスノートを出した。シャーペンを持って、ノートを広げる。


「俺が知ってるやつはそのまま名前、知らないやつは似顔絵をくから、それでわかったら名前を教えてくれ」

「似顔絵? けるの?」

「当たり前だろ」


 と言いつつ、べつに当たり前ではない。つうに練習のたまものだ。

 なにせ、けた方がこのちからがきる。いつしゆんしか顔は見えないうえに、もちろん写真とかもれないからな。

 おくがあるうちに、できるだけ頭の中の情報を紙に落としていく。

 名前がわかった十六人はさっさと書き終え、残りの連中の似顔絵に取りかかった。


「……ダメだ、忘れた」


 やっぱり、一度で覚え切るには無理があるな。

 まあ、忘れたならもう一度、見ればいいだけだ。ちからが相手にバレてると、こういうことができて楽だな。いつもはほぼワンチャンスだし。

 俺はまた、左手をづきの方にばす。

 が、づきはいつまでっても、俺の手をつかもうとしなかった。それどころか、目を丸くしてキョトンとしている。


「おーい」

「えっ? なに……?」

「いや、もう一回さわるんだよ。まだけてないのが、何人かいるんだ」

「ええっ!?」


 づきはガタッとテーブルをらして、おお身体からだはずませた。

 にぎやかなやつだな。


「まさか、一回で終わりだと思ってたのか?」

「そ、そうに決まってるでしょ! な、なんでまた……」

「情報量が多すぎる。正確には、たぶん二十三人かな。ほとんど学校の男子だが、ちがいそうなのも何人か」

「うっ……にじゅう……」

「俺のちからは、さわったときにいつしゆん、見えるだけだ。おくに焼きついたりだとか、そういう便利な機能はない。わかったら、ほら」

「……」

「『なんでも』」


 秘密の合言葉で、づきあきらめたようにガックリかたを落とした。

 うらめしそうににらんでくる顔は、かわいさと大人っぽさのバランスがかんぺきで、ちょっとグラッときてしまう。

 ずかしいのはお前だけじゃないんだぞ、まったく……。

 それからは、さわってはき、さわってはきのかえしだった。

 だが、づきはその度にもたもたしていたので、最終的には俺の方から、ごういんほおれることになった。効率重視だ。


「言っとくけど、べつに俺だって、さわりたくてさわってるわけじゃないんだからな」

「わ、わかってるわよ……!」

「なら、その不服そうな目をやめろ」

「だ、だって……!」


 たしかにづきほおは、正直さわここがいい。めちゃくちゃいい。おまけに、たまに指先がれるかみもサラサラだ。

 だが、それとこれとは別問題だ。必要だから仕方なく、さわってる。いや、ホントだぞ。


 結局、全員がどこのだれかわかるまでに、一時間以上をついやした。そのころにはふたりともつかててしまい、今日はこれでお開きになった。

 このカフェはこうからけいはんいしやまさかもと線で二駅行った、けいはん駅のそばにある。この駅にはJR駅もりんせつしており、づきはそっちを使うらしかった。

 駅までの長い坂、つうしよう『ときめき坂』をふたりで歩く。両側を多くの店にはさまれた、細くても人通りの多い道だった。


「そういえば、言い忘れてたけど」


 周りを興味深そうにながめていたづきが、ふいっとこちらを向いた。

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