第二章 恥ずかしいのはお互い様 ①

「で、俺はどうすればいいんだ?」

「え?」


 え? じゃねぇだろ……。

 翌日の放課後、とあるカフェ『きつプルーフ』。向かいの席でポカンと首を傾げるづきみなとは、あきれるくらいかわいかった。

 だが、そんなことは関係ない。関係ないぞ、俺。


「……お前の方でなにか考えがあって、それに俺のちからが必要なんじゃないのか」

「ち、ちがうわよっ。だって……ホントはどんなことができるかとか、わからなかったし……」


 づきの声が、じよじよに小さくなる。

 どうやら、自分でも無責任だとは思っているらしい。

 つまり、当てはゼロか。昨日のいやな予感が、早々に的中したな。

 話をする場所として俺がここを選んだのは、このきつプルーフの経営者が、俺のだからだった。

 学校からもほどよくきよがあり、すわるにも、秘密の話をするにも都合がいい。だんの天使の仕事にも、たまに利用させてもらっている。

 ただ、時々からみにくるがうっとうしいのがたまきずだ。


「なら、そもそも俺じゃなくてもよかっただろ、相談相手は」

「そ、そんなことないわ。あなたはつうの人にはできないことができる。それに、天使は相談者のなやみに、しんけんに向き合ってくれる。うわさでは、そういうことになってたもの」

「それはそうだけど、そのうわさを流したのだって俺なんだぞ。自演だよ、自演」

「うっ……で、でも! ……もう信じてるわよ、あなたのことは」

「……そうか」


 まあ、今さら手を引いたりはしないけどさ。

 それに、信じてもらっていやな気はしない。俺のことも、ちからのことも。


「なら、さっそくだけど」

「え、ええ」


 きんちようしたようなおもちで、づきうなずく。

 専門じゃなくても、やるからには本気でやる。きようはしないし、させないからな。


「まず、俺にできることを説明する」


 づきがゴクリと息をむ。対して、俺は手元のサイダーを少し口にふくんだ。甘みと炭酸のげきで、思考がクリアになる。頭を使うときは、やっぱりこれに限るな。


「シンプルだ。ほとんど昨日、づきが言ってたことで合ってる。顔にさわれば、そいつの好きな相手がわかる。複数いる場合は、全員だ」


 カラン、と、グラスの中の氷が鳴る。


「好きってのはまあ、れんあい限定だな。尊敬とかあこがれとか、親子愛とか友情とかには効かない」

「す、すごいわね……あらためて聞くと」

「そうでもないぞ。そいつのおくにある顔が見えるだけで、それが実際どこのだれなのか、名前とかねんれいとか、そういうプロフィールはいつさいわからないからな。学校っていう限られた空間だからこそ、相手の特定がしやすいだけだよ」


 俺のセリフにも、づきれいまゆを寄せるだけだった。

 まあ、すごくないってのは言いすぎたな。制限があったって、完全に超能力だし。

 俺にとってはあるのが当たり前だから、感覚がくるってたらしい。


「ついでに言うと、もしれた相手がだれのことも好きじゃない場合は、なにも起こらない。いません、って教えてくれるわけじゃないのが、ちょっと不便だな」


 と、マイナスポイントを付け加えてみても、やっぱりづきは無反応だ。

 さわるのに失敗したのか、さわったけど好きな人がいなかったのか、判別しにくくて困るんだけどな。


「……でもそのちからって、いったいなんなの? どうして、そんなものがあなたに?」

「それ、話す必要あるか? できることとできないことがわかれば、お前には充分だろ」

「そ、そう……だけど……」


 俺が答えると、づきがきまり悪そうに顔をせた。

 どうやら知らないうちに、口調が冷たくなってしまっていたらしい。


「……悪い。楽しい話じゃないんだ。もし必要になったら、そのとき教えるよ」

「う、ううん。私こそ……ごめんなさい」


 気まずい……。いや、これは俺のせいだな。

 こんなキテレツ超能力、気になって当然だ。むしろ、これだけのせんさくでとどめてくれたのがありがたいくらいだろう。

 少し目を閉じて、長く息をいてから、俺は言った。


「ホントに、悪かったよ。ちからを他人に知られるのに、慣れてないんだ。答えないことも多いと思うけど、それでもよければなんでも聞いてくれ」

「……そう、わかった。でも、私も気をつけるわ」


 づきはゆっくりした動きで、何度かうなずいた。

 づきは合理的だが、たぶん、他人の視点に立てるやつなんだろう。昨日の湖岸での会話からも、それはなんとなくわかる。

 だったら俺も、あんまり気を張るべきじゃない。

 相談に乗るなら、まずは信じてもらうこと。そしてそのためには、こっちから相手を信じるのが大切だ。


「とにかく、ちからはこんな感じだ。次は、お前の事情についてだけど」


 俺の言葉に、づきかたがピクッとねた。

 表情が硬くなって、ひどくきんちようしているのがわかる。


「……ねえ」

「ん?」

「……引かないでよ?」


 伏し目がちに、ほんのりほおを赤らめて、づきはそうつぶやいた。

 美少女のうわづかいは暴力的だ、と、話には聞いていた。

 けど、これは予想以上に……。


「……引かないよ」

「い、今少し間があったわ! うそなのね!」

「ち、ちがうって! そもそも、もう大体わかってるんだから、今さらだろ……」


 見とれてて反応がおくれた、とは言えない。

 身体からだらしてこうするづきを無理やりなだめて、俺はげるようにまたストローをくわえた。助けてくれ、俺のサイダーちゃん。


「……最初から、なのよ」


 ささやくような弱々しい声で、づきが言う。


「最初?」

「し、小学校の高学年くらいから、だれでも好きな子ができたりするでしょう? 私のぐせは、そのころからなの……。はつこいも、五人くらいの子をほとんど同時に好きになって……」

「……なるほど。だから最初からか」

「そ、そんなのってつう変でしょ……? いちじゃないし……不誠実だし」


 づきずかしそうに、そして後ろめたそうに、かたを縮こまらせた。

 気休めを言うのは簡単だ。が、づきはきっと、それを求めてはいない。

 どころか、そんなのは今まで、何度も自分に言い聞かせてきたはずだ。「いちがいに悪いことじゃない」って。

 それでも、やっぱりなつとくできない。自分がいやになる。

 そういう気持ちは、理解できているつもりだ。

 なにより、それでここまでなやんで、半年もかけてまゆつばうわさを本気で追いかけるくらいだ。づきのうは、言葉でやわらぐようなものじゃないんだろう。


「それが、今も続いてるんだな?」

「うん……。それに……悪化してる……かも」

「原因に心当たりは?」

「……ないわ。いろいろ考えたけど、なにもわからなかった」


 苦しそうな、悲しそうな声で、づきが答える。

 そんなときに出会ったのが、天使のうわさだったってことだろう。

 つかんだのがわらか、丸太か。それを決めるのは、俺だい、か……。


「なら、今やるべきは、原因の究明だな」


 自分とづきを発奮しようと、俺はできるだけキッパリ言った。


「え、ええ。そうよね……」

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