第一章 秘密はバレるところから ⑤

 このこだわりがづきに理解されるなんて、思ってない。

 けど理解されなくたって、俺の答えは変わらないのだ。


「安心しろ。そっちは好きにすればいいけど、お前の秘密はだまってるさ。じゃあ、俺は引きこもりの準備があるから」

「……」

「もう、あんまりおどしとかするなよ? 効果的だけど、リスクもデカいからな。それから、その……ぐせ? 直るといいな」


 言って、俺はヒョイっと岩から立ち上がった。

 れたせいか、いつの間にかきんちようが解けている。やることが決まると、気が楽でいい。

 とりあえず、帰って天使の相談スケジュール、見直さなきゃだな。


「待って……!」

「……ん」


 するどい声に、反射的にかえる。

 づきは顔をせて、下ろした両手を固くにぎっていた。

 風でれる湖面が夕日を反射して、キラキラと光る。その前に立つづきは本当にれいで、俺なんかよりもよっぽど、天使みたいに見えた。

 やっぱこのあだ名、名前負けしてるよなぁ。


「まだ、なにかあるのか?」

「ごめんなさい……。きようはくみたいなことしたのは謝るわ。そういうつもりじゃなかったの。ただ……どうしても助けて欲しくて」

「……もういいよ、それは」


 だから、そんなふるえた声で言わないでくれよ。


「天使の専門じゃない、っていうのはわかった。あなたの主義に反するってことも、理解したつもり。でも、ほかにたのめる人がいないのよ……」


 づきはこちらへ歩いてきて、ゆっくり顔を上げた。

 なみだにじんだひとみの奥に、俺の情けない困り顔が見えた。

 おいおい、折れるなよ? こうの天使。


「……いや、けどな──」

「ねぇ、見て?」


 づきとつぜん、俺の右手を取った。やわらかくて、ひどく冷たい。

 づきはそのまま、俺の手を自分の顔の高さまで引っ張って、ほおにピタリとくっつけた。



 俺はあつられて、その光景をただ、ながめていることしかできない。


 ちからが、発動する。



「なっ!? おい!」


 直前で身構えたおかげで、今度はフラつかずに済んだ。

 だが俺の頭には、やっぱり昨日見たのと同じ、大量の顔がかんでいた。めいめつするようにあふれて、すぐに消えていく。


「何人見える? けいべつしたでしょ? こんなの、友達には言えない」


 ゆがんだ顔となみだ混じりの声で、づきが言う。

 俺に聞いてるんじゃない。けいべつしてるのはきっと、こいつ自身なんだ。

 同時に複数の相手を好きになるなんてのは、べつに悪いことじゃない。だが、づきはその数が多すぎる。

 そんな自分が心の底からいやで、だからこそ、づきは……。


「絶対に、直したいの。なんでもするわ。だから、お願い」


 流れたしずくが、俺の指にれる。

 泣いているのに、づきまなしは強かった。


「……おどすなとは言ったけど、なみだも充分反則だぞ」


 しかも、美少女のなみだは……。


「……」


 れんあいなやみは、軽くない。そう言ったのは、俺か……。

 ……はぁ。バカな天使だ、まったく。


「……わかったよ」

「ほ、本当……?」

「ああ。特例だからな、マジで」


 答えると、づきは俺の手を両手で包んだ。

 いのるように顔をせて、湿しめった息をく。


「でも、解決の保証はできないぞ? 専門外だってのは変わらないんだ。それに、そういうのをなんとかした経験もない。わかってるのか?」

「う、うんっ。わかってるわ。わかってる」

「ただ、俺にできることなら、全力で手助けする。それから、さっき『なんでもする』って言ったな? その言葉、忘れるなよ」

「え、ええ! もちろん。ありがとう……本当に」


 づきうれしそうに、それからひどく安心したように、胸をろしていた。

 仕方ない。引き受けたからには、やれるだけのことはやるさ。

 いっとくが、べつにづきが美少女で、「なんでもする」にられたってわけじゃないからな。

 まあ、られてないってだけで、ちゃんとなんでもしてもらうけどさ。


「じゃあ、『なんでも』の手始めに、まずは最初の指示だけど」

「えっ……も、もう?」

「自分で言ったんだろ。さっそく約束破るのか?」

「わっ、わかったわよ……。なにすればいいの……?」


 ほおを赤く染めて、不安げにづきが言う。おまけに自分の身体からだくようにうでを交差させ、チラチラとこちらを見ていた。なみだうるんだひとみもあいまって、やたらと色っぽい。

 なんなんだその、「かくはできてます」みたいな顔は。

 やめろ、せんじよう的なことをするな。男子高校生の理性をさかでするな。


「あ、でもっ……とりあえずひと気のないところに……。ここじゃ、さすがに……ね?」

「あほ。天使の正体と、俺のちから、口外禁止。以上」

「……あっ。うん……りようかい


 やれやれ。先が思いやられるぞ、これは。

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