第一章 秘密はバレるところから ④

ぐうぜん手がぶつかることもあれば、イヤホンを貸してあげたり、かみについたゴミを取るフリをしたり。気のせいかとも思ったけど、やっぱり明らかに多かったわ」


 俺のとっておきのテクまでお見通しとは……。どんだけざといんだよ、こいつ。

 特に、ゴミを取るフリはおすすめだ。やりすぎるとあれだが、初回はほぼあやしまれない。


「もしうわさが、本当に全部事実なら、こうの天使には、不思議なちからがあることになる。もちろん、つうはそんなの、デタラメだと思うわ。私も本気で信じてたわけじゃない」

「……」

「だけど、火のないところにけむりは立たない。カマをかけてみる価値はある」

「……バカげてる」

「そうね、バカげてる。でもだからこそ、たとえちがってても、じようだんで済ませられるわ」


 よどみなく、づきが言った。

 こいつの言い分は、きっとくつの上では正しいんだろう。

 けど、だからって実行するやつがいるか?

 そんなの、予測できるわけがない……。


「ただ、顔にさわってなにが起こるのかは、さすがに見当もつかなかった。相手になにかを伝えられるのか、相手のことについて、なにかがわかるのか……。これじゃあ、カマをかけるには不充分。でも昨日、あなたは私にさわった」


 天使の正体はともかく、このちからだけはバレない。真相が非現実的だからこそ、絶対に。

 そう信じてた。

 それが油断だったとは思わない。こんなしゆうねんとぶっ飛んだオカルト推理を、想定する方がおかしいんだ。

 そしてづきはさっき校門で、「やっと見つけた」と言った。

 そもそも、なんでこいつはそこまでして俺、いや、天使のことを……。

 そんな俺の疑問に構う間もなく、づきの言葉は続いた。


だんはなんともなさそうなのに、昨日のあなたはすごくうろたえてた。つまり、私はほかの人と、なにかが大きくちがったんだと思った」


 ああ、ちがったよ、全然ちがう。

 それこそ、うろたえるくらいに。


「私が立てた仮説は、『あかは人の顔にれると、その人の好きな相手が、人数までわかる』よ。だって、私が人とちがうのは、だから」


 づきはふぅっと、重い息をいた。けんにシワを寄せて、険しい目で俺を見る。

 こいつ、自覚もあったのか……。

 だが、それを推理の決め手にされるなんてな……。

 正直、完敗だ。こうなったら下手にかくすより、白状してしまった方がいいだろう。

 バレたときのことだって、一応少しは考えてある。最悪なのは変わらないけどな……。

 ただ、わからないことがまだ、ひとつ残ってる。

 それを確かめるために、俺は言った。


「もしそうだったとして、お前の目的は?」

「もしそうだとするなら、なんとなく予想がつかない?」


 おうむ返しのような、づきの言葉。

 けれどその意味が、俺には実はよくわかった。

 づきがこの仮説にたどり着けたのは、推理力はもちろんだが、なによりも、天使への異常なしゆうちやくしんがあったからだ。

 しかもづきは、自分に好きな人が何人もいるということを、自覚している。

 そんなやつが俺にせつしよくしてきて、「やっと見つけた」なんて言うってことは──



「私の、このひどいぐせを、直してほしいの」



 意を決したような表情で、づきが言った。そのセリフにも、もはやおどろきはない。

 つまり、こいつも天使のれんあい相談が目当てだったわけだ。だからこんなに必死になって、天使を探してた。

 そう考えれば、今日のづきのこのしんちような態度にも、てんがいく。


「……なるほどな。事情は、大体わかったよ」

「そ、それじゃあ……やっぱりあなたが?」

「ああ。それに、お前の仮説も正しい。俺にはおかしなちからがあって、それを使って天使をやってる。ついでに、天使のうわさを流したのも俺だよ」

「そ……そう」


 づきは少なからず、しようげきを受けているようだった。

 まあ無理もない。目の前の相手が、自分は超能力者です、って言ってるんだからな。むしろ、なつとくするのが早いくらいだ。

 こいつのじようきようも、目的もわかった。俺の正体も明かした。

 でも、悪いな、づきみなと


「天使として答えるよ。そのたのみは、聞けない」


 これが、最終結論だ。


「なっ! ど、どうしてよ……!?」


 づきは立ち上がって、あせったようにさけんだ。

 その顔があまりに悲しそうで、思わず決意がらぎそうになる。

 やめてくれよ、美少女……。これでも、申し訳ないと思ってるんだから。


せずにいるやつが、告白できるように助ける。それだけが俺にできることで、俺のやりたいことだ。相談に乗る相手も、俺が決める。お前の力にはなれない」

「……そんな」

「それにそういうことは、赤の他人の俺より、友達にたのんだ方がいいだろ。悪いけど断るよ」


 念を押すつもりで、もう一度そう告げる。

 俺はれんあいなんでも屋じゃない。専門外のことに、手を出すつもりはないんだよ。


「……なら」

「……?」

「なら……あなたの秘密をバラすわ。ちからのことも、天使だってことも。それでもいいの?」

「うぐっ……」


 痛いところをかれて、情けない声がれた。せっかくカッコついてたのに……。

 どうやらにぎった弱みは、しっかりこうしように使うつもりらしい。

 意外としたたかなやつめ……。


「……だったらこっちも、お前の好きな相手をバラす。全員な。それがいやなら、たのむからあきらめてくれ」

「じゃあ、ともだおれね。私はそれでも構わない。あなたが引き受けてくれないなら、本当にそうするわ」


 おいおい、なに言ってるかわかってんのか……。

 いや、それだけ必死、ってことか……。

 俺たちは、しばらくにらっていた。引き結ばれたづきくちびるが、かすかにふるえている。

 相手の意志は固い。本気だってことは、目を見ればわかる。

 ともだおれなんて一番、バカだ。だれも得しない。

 たしかに合理的なおどしだよ。勉強ができるやつってのは、みんなこうなのかね。

 ……でもな、づき


「おーけー。わかった」

「じ、じゃあ……っ!」

「ああ。なんでも好きにバラせばいい。でも、協力はしない」

「……えっ?」


 づきは信じられないというように、ぜんとして目を見開いた。俺の返答が、予想したのと真逆だったんだろう。

 けど、引き下がれないのはおたがい様なんだよ。


「いい加減な気持ちで、たのみは引き受けられない。お前がしんけんなら、なおさらだよ」

「……だけど、正体がバレたら、困るんじゃないの……?」

「そりゃ困る。めちゃくちゃ困る。天使のうわさを定着させるのに、俺がどれだけ苦労したと思ってんだ」


 そりゃもう、用心に用心を重ねてだな……。

 いや、この話は今はいい。


「でもまあ、そのときはしばらく不登校にでもなるさ。そうすれば、みんな興味なくすだろ。それに学校に行かなくても、天使の仕事は続けられる。今はなんでもオンラインの時代だからな」


 チャットルームといいボイチェンといい、文明の利器様様だ。


「……本気で言ってるの?」

「当たり前だろ。秘密を守るためにやすいなんて、俺にはできない。れんあいなやみっていうのは、そんなに軽いもんじゃない。天使として、それだけは絶対にゆずれない」

「あなた……」

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