第一章 秘密はバレるところから ③

 目の前に、づきみなとが立っていた。



「やっと見つけたわ、こうの天使」

「いや……なんのことだ?」



 返事は、すぐに出ていた。

 意表をかれたのはちがいない。

 でもこんな展開は、もう何度もイメトレしてある。正体をかくしてる以上、いつでも反射的に、自然に、否定できるように。

 疑われた理由も、声をかけられた訳も、わからない。なにからなにまで、昨日からわからないことだらけだ。いい加減いやになる。

 でも今は、この場を何事もなく、乗り切るのが先決だ。

 冷静に対処しろよ、俺。


「変なからみ方はやめてくれ。じゃあ、俺は用があるから」

「顔にさわると、なにかわかるの?」

「…………」


 今度は完全に、言葉にまった。

 さらば、冷静な俺。顔が引きつりまくってるのが、自分でもわかる。


「な……なにを、バカな──」

「好きな人」

「っ……!」


 背中にじんわり、あせにじんだ。


「わかるのは、さわった相手の、好きな人?」

「……」


 もう、かんべんしてくれよ……。


「話があるんだけど」


 ねらましたように、づきが言い放つ。

 俺はとうとう観念して、早足で歩くづきのあとを、だまって追いかけた。


 こうから東に少し歩くと、広い公園にたどり着く。

 しろあとを整備したこの公園は、通路に沿った桜並木でうすべにいろいろどられていた。

 大型の遊具があるスペースを、づきとふたりで通り過ぎる。そうしてたったのは、日本最大のみずたまり、だ。

 俺たちははんの草はらまで歩き、ちょうどいい岩に座って向かい合った。

 遊んでいたちびっ子や、ベンチにいるろうふうが、ちらりとこっちを見るのがわかる。


「ここで話すのか……? 目立ってるぞ、つうに」


 それに、なんだかおかしな光景だ。

 ただ、夕方の空と湖を背にしたづきの姿だけは、おどろくほどれいだった。


「大事なのは、会話を聞かれないことだもの。ここなら波の音で、周りに声が届きにくいわ」

「……なるほど」


 たしかに、それには俺も全面的に同意だ。

 たとえ見られたって、まただれかがづきに告白してフラれてた、みたいなうわさが立つだけだろう。それくらいどうってことない。


「……でも、もし変なうわさになったら、そのときは私がちゃんと否定する。それでどう?」

「え……まあ、わかった」

「ありがとう」


 べつにその必要すらないが、ここはなおうなずいておこう。

 なにせ、今の俺は立場が弱い。それはもう弱い。

 しかし、なんだが思ってた空気とずいぶんちがうな……。もっとこう、裁判みたいなことをされるのかと。


「ついてきたってことは、認めたと思っていいの?」


 思いのほかきんちようした口ぶりと表情で、づきが言った。

 どうやら、さっそく本題らしい。

 そういえば、づきと直接話すのは初めてだ。たんたんと落ち着いていて、理知的なふんがある。

 さすが、学年トップクラスの才女。これで美人なんだから、以下略。


「べつに、そういうわけじゃない。お前の話を聞いて、ちゃんと誤解を解こうと思っただけだよ」


 半分うそで、半分は本当だった。

 俺を天使だと疑って、あろうことかちからのことにまでげんきゆうしてきた、そのわけ。それをしっかり、否定しなきゃならない。このまま野放しにはできないからな。

 ただ、じようきようは明らかに不利だ。弱みをにぎられてるといってもいい。

 そのわりにづきの態度がひかえめなのは……まぁ、不思議ではあるけれど。


「去年の、十月」


 づきがぽつりと言った。

 どうやら、きようなぞきが始まるようだ。いや、マジでこわすぎる……。


たつきゆう部のながくんが、やまぶきさんに告白して、フラれた。覚えてる?」


 その言葉で、当時のおくよみがえる。

 ああ、覚えてるとも。それは天使の、つまり俺のせいだったんだから。


ながくんは、お世辞にも派手っていえる子じゃない。オシャレで、男の子から人気もあるあのやまぶきさんとは、わない。フラれて当然。ほどらず。それが、うわさを聞いた多くの人の感想だった。そうよね」

「……だな」


 そう、その通りだ。

 でも、なががんった。俺の言葉を信じて、勇気を出して気持ちを伝えた。フラれたなんてのは、ただの結果にすぎない。

 だが、なんで今、その話が出る?


「『天使にたのめばよかったのに』。じようだん半分に、そんなことを言う人もいたわ。そうすればうまくいったかもしれないのに、ぼうなやつ、って。だけど、私は思った」

「……」

ながくんは、使、告白できたんじゃないか、って」


 その言葉に、全身がスッと冷たくなった。

 反論しようにも、なにも言葉が出なかった。


「私はそれから、しばらくながくんの周りに気を配った。なにか変わったことはないか。もっといえば、天使とせつしよくしてる様子はないか。それを確かめるために」


 心臓をわしづかみにされたような息苦しさに、思わず顔がゆがむ。

 ミステリーとかの犯人は、きっとこういう気持ちなんだろうな……。

 けれど、づきはなぜかきんちようしたようなおもちで、湖風になびくかみを手で一度すいた。その表情は、とても犯人をめたたんていのそれには見えない。


「その日、ながくんはある男の子とろうですれちがった。彼とクラスもちがえば、関わりもいつさいなさそうなその子は、ながくんの背中をポンとたたいた。まるでなぐさめるみたいに。それが──」


 それが、俺だ。

 ながは俺、こうの天使ががおさらした、数少ない相手のひとりだった。相談を受ける中で、どうしてもその必要が出たからだ。

 気をきすぎた……のだろうか?

 いや、そもそもあやしまれてさえなければ、あんなのはどう見ても、地味な男子同士のただのじゃれあいだ。

 それに、必死にがんったあいつを、俺はねぎらわずにはいられなかった。

 だが俺のその行為が、天使を探してたづきの目に止まってしまった。


「私はあなたにかん先を移した。ほかにも候補はいたけど、最有力はあなただった。そして、だれかがだれかに告白したっていううわさを集めて、あなたの行動と照らし合わせた。この半年間」

「半年……」


 づきの話は、思ってた何倍もしゆうとうだった。

 単なる思いつきとか、そういう次元じゃない。たっぷり時間と労力をかけて、俺を疑ってたんだ。

 地面の草をにらむ俺の頭に向かって、づきは続けた。


「そうしてるうちに、あなたにはあるこうが、特別多いことがわかった。それが、他人の顔にさわること。しかもほとんどが、告白のうわさに関わった人たちの、ね」


 ……おいおい、それはさすがに無理だろ。

 正気か? この美少女は……。

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