第一章 秘密はバレるところから ②

 それにしても、これで成績までトップクラスだっていうんだから、つくづくおそる。

 ちなみに当然ながら、男子人気もおそろしく高い。『こう三大美女』にも名を連ねる、全校生徒こうにんの美少女だ。

 あの『こう三大美女』だぞ? あの。


「……」


 づきはそのまま俺の方に、正確には、俺のすぐそばにある自分の箱の方に、スタスタと歩いてくる。

 見とれてる場合じゃない。俺には、仕事があるのだ。

 かたがぶつかりそうなほどのきよにいるづきが、パカリとくつゆかに置く。えようと身をかがめたそのしゆんかんねらって、俺はうでをだらんと下げた。

 俺の手が、低いところにあったづきほおに、いつしゆんだけれる。計画した通りに。



『顔にれた相手の、おもい人がわかる』。

 それがこうの天使、すなわち、俺のちからだ。

 このちからで、俺は相談者のこいをより確実に、成功に導いている。

 なぜこうせいが、バカげたうわさを信じるのか。

 それはただ単に、『実際に起こっているから』だ。

 どれだけ非現実的でも、天使はたしかに存在する。

 だから、うわさは消えない。簡単な話だ。


 左手のこうに、やわらかいかんしよくがくる。意味不明なくらいスベスベだ。セクハラではない。発動条件だからやむを得ないのだ。ホントだぞ。

 もしづきに好きな人がいるなら、俺ののうにはその相手の顔が、フラッシュバックするみたいにかぶ。

 つかれたり、痛かったりもしない。ただちょっと、クラッとするだけ。もうすっかり慣れた、いつものパターンだ。

 さあ、なにが出る?



「……うげっ!?」



 ひどい、まいがした。

 重力がひっくり返って、またすぐ元にもどされたみたいだった。

 同時に、俺の頭を情報の激流がおそった。

 いつもは一枚のはずの画像が、何枚も何枚も、クライマックスの花火のようにかんで、消えていく。

 見覚えのある顔、知らない顔。合わせて二十人……いや、もっとだ。

 なんだこれ。おい、なんだよこれ……っ!


「おえっ……」


 受け取るつもりだった量の何倍もの荷物を、無理やり投げつけられたような感覚。

 頭と身体からだいつしよれて、がする。

 待て、落ち着け。立て直せ。

 完全に、計画がくるった。予定じゃ手が当たったことをサラッと謝って、それで終わり。なんのかんもない、日常のちょっとした事故。

 そのはずだったのに……。

 フラつく身体からだを気合いで支えながら、俺はじようきようを整理しようと、無理やり思考をめぐらせる。

 だが、今はそんなゆうすらないということに、すぐに気づかされた。


「な……なに?」


 すぐそばで、づきみなとしんそうな声がした。急に悲鳴を上げてよろけたんだから、当然の反応だ。

 気になることはある。でも今、づきに変に興味を持たれるのはまずい……!

 ごまかさないと。

 とりあえず、げないと。


「あ……えっと、急に腹痛が……あはは」


 言いながら、ちらりとづきの顔をのぞき見る。

 あきがお、困り顔、げんな顔、どれでもよかった。けれど──


「……えっ」


 づきはどういうわけか、ハッとしたように目を見開いていた。まるで、なくしていたものが意外なところから出てきたみたいな、おどろきと安心の混ざった表情だった。

 なんで、そんな顔になる……?

 だがかんだ疑問も、今考えることじゃない。

 俺はくつに足をっ込んで、急いでしようこう口を出た。そのまま駅まで走って、ちょうど来たけいはん電車にけ込む。

 ほかの乗客に変な目で見られながら、俺はミスに気がついていた。


「……腹痛なら、校舎にもどるのがつうだろ、あほ」


 結局、頭は全然働いてなかったらしい。


「……はぁ」


 なにが、どうなってるのやら……。

 俺は今起きたことを思い返しながら、まだ少しクラクラする頭を、自分ででた。


◆ ◆ ◆


 次の日の授業は、いつにも増して頭に入らなかった。

 日本史教師のおきようみたいな声を聞きながら、俺は考える。

 疑問は、ふたつあった。

 ひとつはもちろん、見えた人数が多すぎる、ということ。


「……」


 つう、好きな人なんていうのは、ひとりだ。

 同時に複数の相手を好きになってる人間も、いるにはいる。それでも、ふたりとか三人とか、あくまでその程度。

 それが、二十人……正確にはもっとか。人のれんあい感情に文句を言うつもりはないが、多すぎだろ、さすがに……。

 いや、わかってる。まず疑うべきは、俺のちからの方だ。

 このちからが、なにかバグを起こして、こんなことになった。そういう可能性はないか。

 たとえばそう、を引いて鼻がかなくなるみたいに。


「……いや」


 残念ながら、そんなことは生まれてから一度もなかったし、原因に心当たりもない。

 なにより、さっきクラスの男子でためしたときは、いつも通りだった。

 つまり、ちからはちゃんと作用していた。そう考えるのがとうだろう。


「……でもなぁ」


 一昨日のまきとの会話でもあった通り、づきは男子からの告白を、今まで全て断っている。むしろそのガードのかたさが、づきの人気を倍増させているといってもいい。

 そんなづきに、好きな相手があんなに大勢いるなんて……。

 しかも余計に不思議なのは、そのメンツだ。

 正直、あのとき見えた顔はほとんど覚えてない。不意打ちだったし、ゆうもなかったからだ。

 だがひとりだけ、ちがいなくいたのは、五組のまつもとだ。

 そしてそのまつもとは、少し前にづきに告白して、げきちんしている。

 要するに、づきは両想いなのに、まつもとをフった、ということになる。

 もちろん、フったあとにづきまつもとを好きになったって可能性もあるが……どうもしっくりこない。


「うーん……なぞだ」


 これがいわゆる、ミステリアスってやつか。さすが美女。いや、ちがうか。

 ゆいいつの救いは、このなぞが本質的に、俺には関係がないってことだ。

 ただの個人的な、づきれんあいスタイル。俺が口をはさむことじゃない。

 問題は、この事実をどういうふうに、まきに伝えるか。そこだ。

 ……だが。


「じゃ、今日はここまで。日直、号令」


 教師の言葉と同時に、終業のチャイムが鳴った。起立と礼が済み、放課後になる。

 思考を続けながら、俺はそそくさと教室を出た。

 疑問は、もうひとつある。

 それは、昨日のづきの、あの表情だ。


「……」


 混乱ともこんわくともちがう、どこか興奮したような顔。

 そんな顔も美人だったとか、そういうことは置いておくとしても。

 ……あのとき、づきはなんで、あんな顔をしたんだろうか。


あかくん」


 校門を出たところで、不意に名前を呼ばれた。

 とおった、それでいてりんとした、げんがつみたいな声だった。

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