第一章 秘密はバレるところから ①

 仕事モード、オン。

 変声機オッケー、カメラはオフ。通話品質、良好。

 相談者、まきこうすけ。二年七組、男。相談期間、四ヶ月。


「さて、そろそろ勝負だな」


 暗い自室のパソコンの前。ゴホン、とのどを整えてから、マイクに向かってそう言ってやる。

 俺の声は電子音にえられて、性別もわからなくなってるはずだ。これじゃあどれだけげんめても、マヌケに聞こえてることだろう。


『あ、あのさ……』


 少し間を開けてから、声が返ってくる。向こうはボイチェンなんて必要ないから、当然本人の声。

 おかげでわかるぞ、弱気なのが。やれやれ。


「なんだ」

『や、やっぱり、無理なんじゃないかな……』

「まだ迷ってるのか」

『だって……! 俺なんかが、あのづきさんに……』


 あーもう、このへタレめ。

 まあ、たしかに気持ちはわかる。痛いほどな。

 けどここでやめたら、全部がになる。こいつにとっても、ほんもうじゃないだろう。


「もともと接点ゼロだったのに、今じゃつうに話す仲になれたんだ。きっとだいじようだよ」

『で、でも……』


 ターゲットとの関係値の低さ、解決。自信のなさ、未解決。

 だが、根本的な性格を変えるのは簡単じゃない。

 今だけ。勝負の一日だけでも、勇気が出せればいいんだ。


『それに……づきさんは今までも、全部告白断ってるだろ……? やっぱりかれか、だれか好きな人がいるんじゃないか……? もしそうなら、めいわくかも……だし』


 ていたいの正当化。無自覚な自己防衛。世話の焼けるやつだ。

 それじゃダメだってことは、もうお前自身もわかってるだろ。


づきに好きな相手がいたら、お前はあきらめられるのか?」

『そ……それは……』

あきらめがつくなら、私がやるべきことはもうないよ。でも、そうじゃないから、がんってきたんだろ?」

『……でも』

「……」


 ダメだな。完全におじづいてる。

 こうなるとちからわざは逆効果、しても効果はうすい。

 ……やるしかない、か。


「わかった。なら、しばらく時間をくれるか?」

『えっ……。ど、どうするんだよ』

づきこいびとや、好きな相手がいるのか、もしいないなら、どうしてだれとも付き合わないのか、調べてみるよ」

『ほ、ホントか……! できるのか?』


 おいおい、急に元気になりやがって。現金なやつめ。


「ただ、期待はするなよ。調べてもわからないことはある」

『お、おう、もちろん! 悪いな、そんなことまで……』

「いや、もともといつかは、こうなると思ってたからな。これも仕事だ」


 それにこうやってみちつぶさないと、お前はりがつかないだろ。とは言わないでおく。


『……なあ』

「ん?」

『やっぱり、正体は教えてくれないのか? うちの学校の生徒なんだろ?』


 まきのそんな言葉に、思わず目が細まる。

 べつに悪いことじゃない。気になるのは当然だ。

 でも、それはルールはんだよ、まき


「必要があればそうする。が、今はそうじゃない。わかってくれ」

『で、でもさ……! ここまで助けてもらったら、ちゃんとお礼とか』

まき

『おっ……おう』

「告白、うまくいくといいな」

『……ああ』

「じゃあ、もう切るぞ。なにかわかったら、またれんらくする」

『うん。……ありがとう、天使』


 そこで通話を切り、俺はイヤホンをはずした。まきが退出するのをかくにんしてから、こっちもチャットルームからログアウトする。


「調べてもわからないことはある」と、さっき俺は言った。

 でも、今回はちがう。俺に限って、わからないなんてことはない。

 冷えたコーラのグラスに口をつけてから、俺はうでを組んで目を閉じる。

 さて、計画を練るとするか。


◆ ◆ ◆


 やま高校には、こいを導く天使がいる。

 俺、あかの通う学校にそんなうわさが流れてから、もう一年近くがつ。

 そのがいようはこうだ。


 こいなやんでいる人のもとに、ある日とつぜんこいのキューピッドから手紙が届く。

 キューピッドには不思議なちからがあって、言うことに従えば、その人のこいはうまくいく。


 あきれたもんだ。こんな非現実的な話、うそに決まってる。と、そう思うのが自然だろう。

 そもそも、こういう都市伝説自体、今どきらない。

 ネットと科学の発達で、その手のものはもう、ちくされくしてるんだよ。

 かいだんとか七不思議とか、超能力とか。そんなのはどれもデタラメで、本気で信じてるやつなんていない。

 いわゆる、あくの証明だ。絶対あり得ない、っていう証明が、できないだけ。「ホントにあったらおもしろいな」って、それくらいに思ってるやつが、多少いるだけ。

 だから、天使もいないし手紙も来ない。不思議なちからなんてあるわけない。当たり前だ。


 ──でも、だったらなんでこんなうわさが、一年もしぶとく生き残ってる?


 こうせいがみんな、夢みがちなガキだから?

 いや、今の高校生はそこまでバカじゃない。

 おまけに、やま高校は県内でもトップの進学校だ。現実的で、大人びた学生が多い。

 なら、なぜ?

 答えは、いたってシンプルだ。


 放課後、生徒たちが部活組と帰宅組に分かれて、バラバラと散っていく。

 俺もさっさとカバンを持って、二年八組の教室を出た。

 幸か不幸か、だれかに呼び止められるほど、友達は多くない。地味でかげうすくても、悪目立ちするほどじゃない。

 そしてそんな立ち位置が、俺にはいろいろと都合がいいのだ。

 しようこう口にたどり着いて、俺はスマホをいじるフリをしながら、箱の前でそのときを待った。気分はり込みのけいだ。

 あとからちらほら帰宅組がやって来て、くつえ始める。俺は顔をせて、視線だけでターゲットを探した。

 ……いや。


「まあ……のがすわけないか」


 その姿を見て、思わずかんたんの息がれる。

 ターゲット、づきみなとは美少女だ。それも、めちゃくちゃな。

 まるで夜空みたいな、深くてつやのあるくろかみストレート。

 つららのようにするどい切長の目にも、ボリュームのあるまつ毛のせいでぜつみようあいきようがある。

 その目も、スッと高くて小ぶりな鼻も、色のいいピンクのうすくちびるも、文句のつけようがないバランスで配置されている。

 また、女子にしてはスラリと背が高めで、俺よりも十センチ低いくらいだろうか。ついでに、身体からだの各所に実にメリハリのあるおうとつを備えている。特に胸部のとつ

 そしてきわめつけは、その上品そうなたたずまいだ。

 ピンとびた背筋。しろすいしようのようなとおはだ。それに大人っぽいうれいを帯びた表情のせいで、つうの制服姿でも、どこかの高貴なれいじようを思わせる。



 ちょっとキモいくらいにめてしまったが、つまりそれほどに、づきの容姿は完成されているのだ。創った神のドヤ顔が目にかぶ。

 まったく、不公平な創造主め。ありがとうございます。

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