第一章 これくらいは変態じゃない……よね? ③

 じゆん君の家とバーベキューするのひさりだし。庭でバーベキューなら外出のうちに入んないし。人混み関係ないし。問題なっしんぐですよ。何の異論もありゃしませんぜ。

 そして、なによりお肉。ぜるあぶら。立ち込めるけむり。タレにつけたしゆんかんのジュッという音。


「あとでいてみるわ」


 母よ、たのんだ。私はお肉が食べたい。たらふくお肉が食べたい。

 ふとお姉ちゃんの顔を見やると、ちょっと難しい顔をしていた。

 確かに。複雑だよね。お父さんは知らないとは言え、別れたばかりの元カレだもんね。

 でもここは少しばかりまんしてもらおう。なんてったって、さくらんぼりを私もんだんだから。次は私のターン。お肉ちゃん、待っててね。すぐむかえに行ってあげるから。

 これでフェアだ。っていいのはたれるかくのあるやつだけだよ、お姉ちゃん。

 ルルーシュ? それもだけど、元ネタはマーロウの台詞せりふだからね。

 そこかんちがいしない様に! レイモンド・チャンドラーを読むべし。


 ゴールデンウィーク二日目は、お昼過ぎに目覚めた。

 私は初日の夜をとことん消費してやった。完全勝利と言っていだろう。

 周りが明るくなってからたもんね。ヴァンパイアなら死んでるよ?

 頭をきながらリビングに入ると、お父さんが一人で映画をていた。お父さん以外にはだれも居ない。資本主義の犬どもは、買い物にでもけたのかな? 消費は美徳ってこと?

 いや、お姉ちゃんは部活か。じゆん君と別れてからは、前にも増して部活バスケにお熱だもんね。

 何をているんだろうとテレビに目をやったしゆんかん、私は完全にかくせいした。

 ねむんだ。

 またスタートレックをてやがる! このトレッキーめ! 部屋で大人しく本格推理小説パズラーでも読んでればいいんだ! どうしてきからスタートレックをなきゃならんのだっ。

 じゆん君をトレッキーにした張本人め! 許すまじ。


「それるの何回目?」

「わからん。だが、カークとピカードが共演するシーンは何度てもい。ちなみにこのシーンの馬は、ウィリアム・シャトナーの自前だ」


 語られても興味ないから。めいわくだからやめて。聞きたくない。

 宇宙モノだったらスター・ウォーズの方がおもしろいんだ! 売り上げを見たまえ!

 私は、全くかんきようきませんというおもいをめにめて、だるくふーんとはなって、冷蔵庫からお茶を取り出し、グラスにいでテーブルについた。

 キッチンペーパーがお皿の上にかぶせてある。私のお昼かなと思ってキッチンペーパーをめくると、ホットケーキが一切れだけ残っていた。一切れだけ残っていた。

 何度でも言う。一切れだけ残っていた。

 一切れ!? 私のお昼がたった一切れのホットケーキだと? なんたるちあっ!

 Who done itフーダニツト? なんて言うまでもない。まなしをたずさえてかえり、お父さんを見やる。

 絶対にそうだ。だってここにはお父さんしか居ない。

 って、そこっ! 親指と人差し指を無意識にすりすりするんじゃない。

 食べたな? くちさびしくて、食べたな! ダチュラだ! あと、ティーサーバー使ったらうことっ! テーブルの上に置きっぱなしっ! シャーロッキアンならコーヒーを飲めっ!

 これだからトレッキーかつシャーロッキアンの男はいやなんだ!

 じんぐうにおけるさいやくの中心たる我が父は、SFドラマ『スタートレック』のファンだ。そして『シャーロック・ホームズ』のファンだ。スタートレックの熱心なファンのことをトレッキーと呼び、シャーロック・ホームズの熱心なファンのことをシャーロッキアンと呼ぶ。

 SFオタクとミステリオタクのハイブリッドなんて、だれがどう考えてもこの世で一番やつかいな人種だ。量子力学でも使って後期クイーン問題にいどんでしい。静かになりそう。

 まったく、スター・ウォーズをバカにしやがって。あのうらみは忘れないからね。ダチュラだ。

 ちなみにお姉ちゃんは昔、ハリー・ポッターオタクポツタリアンになりかけました。

 いったいこの家は何なんだ。

 ちなみに、トレッキーとシャーロッキアンにはかつに近付いてはいけない。心しておくように。どんな作品なの? なんて軽い気持ちでこうものなら、延々と、そりゃもう延々と語られる。ちがいない。どんなにいやそうな顔をしても彼らには通じない。

 くつをこねくり回すのと、言葉遊びが大好きな連中には近付くな! ワイシャツのそでにいたずら書きされるぞ! さもなくばじゆん君みたいに取り込まれてしまうからねっ。

 だから私は、今日も父の言葉を無視するのです。これぞ我が家流の処世訓。

 さて、そんな話はどうでもいいとして目の前の問題である。これこそが事件だ。

 私のお昼がホットケーキ一切れって、どういうこと? なんというろうぜき。あの父親を全力で責め立てたいところだけど、きからからみたくない。シンプルにめんどくさい。

 補給路を確保せねば。このままでは空腹の余りどうちてしまう。

 はぁ、バカ言ってないで、なんかこさえますか。これでも元家庭科部でありんす。

 キッチンのだなを開け、私は解決の糸口をさぐる。たながあったら開けよ。これ基本。

 私はだなから目当ての物を探し出し、いらちをにじませながら大きめの音を立ててとびらを閉め、包装を乱暴に破って電気ポットからお湯を注ぐ。くそっ。なんで私がこんなことを──。

 カップラーメンが出来上がるまでの間、もちだった私は、部屋にスマホを取りにもどった。この三分も有意義に消費しなければ。負けてたまるか。消費せよ!

 ん? 料理? 出来る訳なかろう。勝手なミスリードはやめたまえ。

 電子レンジやカップラーメンがあれば生きていけるのだ。

 料理なんて時間のだ。作れる人に作ってもらうに限る。世の中は分業で回っている。元家庭科部の食べ専と呼ばれた私をなめてもらっちゃ困る。それにカップラーメンをバカにしちゃいけない。あさまさんそうけんの時、どれほどカップラーメンが──

 スマホを手にしてもどったしゆんかん、まさにせつ、鳴動。しんどうと電子音。じゆん君からのメッセージ。

《もしひまならどこか行かないか?》

 おお。めずらしい。あのしようからこんなメッセージが来るとは。今日は雪どころか、サメでも降ってくるのか? サメが降ってきたらかさじゃどうにもならん。シャークネードだよ。

 お姉ちゃんと別れてから、目に見えて弱ってたからなぁ。なんで別れたかいても教えてくれないけれど、あの不器用な二人のことだ、どうせしょうもない理由だろう。

 ま、いいや。仕方ない、私が相手してくれよう。独り者同士仲良くやろうじゃないか。おたがえんりよすることなど、はやないのだ。と言うか、私はえんりよしないからね。ずっとひとめされてたし、それくらいよかろう。中々長いターン待ちだったよ。ほんとうに。

 そんなことを考えてたら、じやつかんイラみが増してきた。なんだかくやしいから、どくを付けて放置してやる。私の尊い返事を待ちわびたまえ。

 さて、そうは言ってもなんて返そうかとなやんでいると、そう言えばもう三分ったのではないかと思い至り、あわててふたをめくると案の定めんびていた。

 おいおい、うるわしき金色のスープは何処いずこにあるのだ?


「お、カップめん食ってるのか? 僕も食おうかな。どこにあった?」


 遠くからトレッキーの声が聞こえるが、ここは宇宙。遠い遠いはる彼方かなたの銀河系。

 真空状態だと音は聞こえないのだ。父よ、よく覚えておくがよい。

 ん? 今、スター・ウォーズでは音がするじゃないかってだれか言った?

 あれはルーカスの脳内宇宙だからいんだ。細かいこと言う人、私はきらいだな。

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恋は双子で割り切れない6の書影
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