一章 彼女と彼女の恋愛事情 ⑧

 ポエムを書くのが世間の常識みたいな言い草だし、自分の受けた痛みを他者にも味わわせることで満足を得ようとする、およそ世界平和から程遠い思想にもてんあきれてしまった。ここはひとつ喝を入れる必要があるが、どちらにせよ。


「それは無理な話だ」

「ほらね。所詮その程度の覚悟しか……」

「ない袖は振れないだろ」

「はい?」

「だから、相手がいないから教えようがないってこと」

「……」


 何を言われているのか理解できない、不思議そうな顔。次に、何かに気付かされたようにはっと目を見開き。最終的には本気で同情しているようなれんびんの相に行きついた。


「その……なんか、ごめんなさい? 強く当たったりして」

「マジでわいそうなやつを見る目をするのはやめろ」


 これだから恋愛脳を相手にするのは嫌なんだ。うんざりするてんだった。

 こいつらは総じて恋に焦がれることこそが健全の象徴だと思い込んでいる。それこそが人生のだいなのだと熱弁を振るい、恋バナの一つもできないと平気で非人間扱いだ。


「誰からも愛されないからって、あなた自身が誰かを愛しちゃいけないわけじゃないのよ? 人を愛することは神様が私たちへ平等に与えてくれた権利なんだから」

「ケッ。偉そうに………………って、うおっ!」


 てんは素っ頓狂な声。壁掛けの時計が目に入ったため。気が付けば休み時間のマージンも底を尽き、授業の始まりまで一分も残されていない。急がねば教師に叱られる。

 すぐにロックを解除して扉を開け放った。後ろから続くのは不服そうな声。


「ちょっ、まだ話の途中でしょうが」

「うるさい。争いは同レベルの者同士でしか発生しないんだ」

「はぁ? それってどういう……」


 そうして、半ば魔境と化していた視聴覚室を脱出。幸い五時限目に遅れることはなく。

 力尽くで連れ去られる現場を目撃されていたせいもあり、いったいどんなせつかん(もといごほう)をらったんだと聞きたがる男子もいたが、その熱も長くは持たなかった。

 てんのように凡庸な一個人が、りんのようなスター選手とどうにかなるはずない──それが彼らの共通認識なのだから。きっと明日には日常の風景が再構築され、まるっきりもとの世界に戻っているはず。それが自然の摂理だと。

 気楽に信じ切っていたこのときのてんを、いったい誰が責められようか。

刊行シリーズ

この△ラブコメは幸せになる義務がある。4の書影
この△ラブコメは幸せになる義務がある。3の書影
この△ラブコメは幸せになる義務がある。2の書影
この△ラブコメは幸せになる義務がある。の書影