第三章
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散々にやられた。
”部室”、と名付けられた場所は、職員室のあるA棟から横、部室棟の端部屋で、部活名は”ゲーム部”。
直接的だなあ、と思ったが、僕はここの部員だ。というかかなりユーレイで、

「住良木チャン、対戦マジ弱くて、入部初日に馬鹿弱い徹に馬鹿負けしてそれからほとんど来なくなってたんだよね。あと、家にいろいろハードあるって話で」
咲と呼ばれた先輩。フルネームはさっき知った。制服の胸に名札があって”紫布・咲”と書いてあるのが見えた。
一方の徹と呼ばれる先輩は、長髪を首の後ろで束ねた長身で、

「――何だよ住良木、ジロジロ見て」

「いやあ、何か……」
見ていると解るが、明らかに紫布とこの二人はデキている。匂いがするんです。そう非モテには解る独特の匂いというか、

「まあ、コンビニ袋から二人分の飯が出てくれば、そういうことですよね」

「アー、私、巨乳だけど、住良木チャン残念だったネ――」
あっさり肯定される。だがこっちとしても、言うべきは言っておくべきだ。

「いえ、欲しいとかそういうのではなく、僕の巨乳好きは概念のようなものなので」

「頭大丈夫ゥー?」

「頭は大丈夫です。逆に、そうですね、……ちょっとメンタル弱いんで」

「どの口で今言ってる?」

「いやこの口で。――でまあ、巨乳については触れてみたいとか直視したいとかいろいろあるんですが、崇めるとか、愛でるとか、そういう方が僕としては大事かな、と」
ふうん、と紫布先輩が頷きながら、僕にコンビニのサンドイッチを手渡す。

「立派な変態だネー……」

「あ、いやそれほどでも」
と言って受け取ると、相方の方が首を傾げた。

「住良木、お前な」

「何です?」
ああ、と頷き、彼が腕を組み、言った。

「咲を嫁にしてる俺の方が巨乳好きだからな? 間違えるなよ?」
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勝負か……、と僕は、ゆらりと立ち上がった。

「白黒つけましょうか」

「馬鹿野郎。お前は後輩だ。俺は先輩だ。俺の方が勝っている」
紫布先輩が凄い目を向けてくるが気にしないことにする。

「いいか」
と相手が言った。

「お前が単なるオッパイ好きでは無いと、証明してみろ」
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紫布は思った。

……サイテーだネー……。
女子がいるところで言うことか。というか相方も何が住良木相手に引っかかったのか、マウント取りかと思えば試験じみたことを開始している。
まあ何か無害だし、というところで自分は落としどころとしているが、

「いいでしょう」
後輩の方の馬鹿が言った。

「僕のオッパイ好きは、巨乳好きということであって、単なるオッパイ好きと違います」

「どういうことだ」
先輩の方の馬鹿の言葉に、後輩が応じる。

「日本語には”いっぱい”という言葉があります。これは多量、多数、そういう度量のことです。だとすれば、ア行を見たとき、イよりも先にあるオを使ったオッパイとは、多量や多数を超えた度量! 僕はこのことを理解しているので、他のオッパイ好きよりもその単語の度量が大きいと思っています。つまり、僕は普段から巨乳好きと、そういうことです」

「張り倒していいかナ?」
問うと、徹が前に出た。そして、一息入れて、

「我が兄弟よ……」

「兄さん……!」
馬鹿が二人で抱き合うのは暑苦しいから勘弁して欲しい。
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紫布の視界の中、二人が離れる。両方とも吐きそうな顔して、

「あー、暑、駄目だ、空調甘いところで全身張ったネタやるべきじゃないな」

「それはこっちの台詞ですよ! いくら巨乳好きでも、男の胸板は駄目です!」

「そうか?」

「そうですよ! どう考えても巨乳とは違います」

「じゃあ、お前、ちょっと揉んでみろ」

「はア!? 僕の巨乳概念と対決する気ですか!? いいですよ! 揉んでやりましょう!」
揉んだ。すると即座に徹が馬鹿後輩を張り倒し、

「このヘタクソがあああああああああああああ!」

「イテテテテ! 気持ちよかったらその方がヤバいでしょう! 僕は正常です!」
そろそろ止めた方がいいんだろうか。
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まあ暑いからネ、ということで、仲裁が入った。
僕としては張り倒され損な気もするが、相手の方が改めて手を差し出してきて、

「雷同・徹だ。どっちでも構わない」
差し出された手に、僕は自分の胸を当てて行った。上から両手で包んで、彼の顔を下から見上げて、

「ええんか? これがええんか? どうや? ひぎい」
張り倒しの二発目が来たが、流石に紫布先輩も理解の頷きを見せていた。
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「まあ、うちは大体ここに誰か集まってるし、部活が部活だから他の部の連中も遊びにくるからな、そういう意味ではユーレイになってる意味もあまり無いぞ」
雷同先輩に言われ、僕は部室内を見渡す。
紫布先輩と、あと一人。

……信仰対象とは別か……。
女子がいる。旧型制服で、多分、僕と同級生だ。
さっきまでやっていたモノポリー系のゲームでは、彼女がトップだった。紫布先輩が次で、次が雷同先輩で、僕がドベ。
僕が彼女を見ていると、紫布先輩が小さく笑って言った。

「桑尻・壺三、知識系とか、凄いんだヨネー。さっきみたいなゲームは馬鹿強」

「いえ、あれは単に知識です」
桑尻が言う。眼鏡をあげ直し、少し困ったように、

「ゲーム内の通貨を見たとき、この手のゲームの習いとして”どのくらいの総資産”があるかを暗算して、あとはそこから基本的な相場を想定しただけです。経験によって正確な相場や、その駆け引きが行われるようになったら、そのあたりが駄目な私は順位が落ちます」
早口になるタイプだ……。としみじみ思ったが、その感想は言っておく。

「ジャンル知ってる限りファーストプレイじゃ最強じゃない」
言うと、皆がこちらを一度見た。桑尻がすぐに視線を逸らし、雷同先輩と紫布先輩が頷く。その中でも、紫布先輩が、

「ほら、壺三チャン、褒められたヨ――」

「永続的ではない成果を褒められましても……」
まあそういうものだろう。僕もそこらへんは何となく経験がある。そう、つまり対戦系のゲームってのは環境とかで、

……あれ?
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何か、違和感があった。
まあいいか、と、思い至るところが無いことに気付いた程度のものだけど。
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だけどよ、と言ったのは雷同先輩だった。

「お前、これからなるべくここ来い」

「え? 僕がそんなに暇に見えますか? いやあ、困ったなあ。実は相当に多忙なんですけど、そうかあ、誘われちゃったかあ」

「何か忙しいのかナー?」

「いや、アパートの隣室に巨乳の美人が入ったんで、これから暇な時間はそちらの壁に頭を下げているだけで人生ハッピーセットってヤツですよ! 羨ましいか! あ、紫布先輩、僕の方に置いてあるコンビニ飯を袋に戻していくのは何故ですか! 理由を明確にして下さい!」

「鏡見ろ馬鹿」
向こうで桑尻も頷くあたり、多数決で負けている。じゃあここはクレバーに話をズラそう。

「ここに来いって、どういうことです?」

「いや、お前、昨夜のアレ、何だよ」

「昨夜のアレ?」

「いきなり死んだでしょ」
桑尻が半目で言って、あ、と思い出した。
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星空だ。
そして多分、アレだ。いきなり、溶岩で出来た竜が突っかけてきて、

「――――」
確かに死んだ。それを雷同先輩達が指摘しているということは、

「あのゲームの中に、皆、いたんです?」

「いたヨー」

「まあ、入りっ端のザコは座標とか把握も出来てないから何処いるんだと思ったら、結構近くで早速死んでやがって」
あー、と僕は得心した。

「そういうゲームなんだ」

「どういうゲームだと思ってた」

「いや、何か、いきなりだったんで何も解らなかった感じで」
あー、と今度は紫布先輩が何度も頷いた。

「人間、やっぱ弱いネー」

「あー、種族」

「そうそうそうだヨー。まあ、そこらへんはちょっとこっちも責任あるけどネー」

「誘ったというか、巻き込んだようなもんだしな」

「僕のヘルプが必要なんですか? あのゲーム」

「どっちかって言うとお前主体。あのフィールドは」
と雷同先輩が言うと、桑尻が机越しに手を伸ばし、彼の世を一つ叩く。

「ネタバレはよくないです」

「ああ、まあ、な。――今夜はどうする?」
あー、とまた僕は言う。紫布先輩が出し直したコンビニの握り飯は昆布。こんなの、あの溶岩の海では採れないだろうなあ、と思いつつ、

「じゃあ入りましょうか。正直、よく解らんので、先輩達のフォロー欲しい感じですね」

「というか住良木チャン、パートナーの神様は何処かナー?」

「パートナー?」
問うと、紫布先輩と雷同先輩が顔を見合わせた。
代わりというように、桑尻が言う、

「キャラが人間の場合、パートナーとして神様を選ぶ」

「そうなの?」

「そうしないと開始にならないというか、何も出来ないも同然」

「そうなんだ」

「でも誰だか解らないんだネー? その調子だと」

「いや何か、即死っぽかったもので。何かもう、人生出オチみたいな勢いで死んだから」

「ザコかよ」

「いやあザコですよザコ! 雷同先輩のように横に巨乳おいていられるような人生を歩んでいないですからね! 0か1かで言ったら0ですよ! 文句あるか!? あアン!?」

「文句はないが、言葉遣い気をつけろ」

「文句ありますか!? あアンですよ!?」
拳を振り上げられたので桑尻の後ろに隠れようとしたら椅子を横にズラされた。

「あれ……? 僕、今、嫌われてる? そうなの? ウザいから? どうなの? 桑尻君? そのあたりどうなんです? んンン?」

「鬱陶しいしキモいし頭悪い」

「よ、予想以上の答えを返してきたな! 初対面なのに……!」
心底嫌そうな顔をされた。

「いいもーん」
と言って、何となく気付いたことがある。

「人間なのに溶岩の上に座ってたんですけど、これ、標準の能力じゃないですよね」

「当たり前だ。そこらへん、記憶残ってんなら、まあ今回は良い方か」
と、雷同先輩が顎に手を当てる。

「――でも、そうだったら、俺達、今夜はパスだな」

「え? 何で!? 僕をフォローしないとか、それでも先輩ですか!? 僕は可愛い子羊みたいなもんですよ!?」

「ラム肉かナ――」

「骨付きですね……!」
シャツをめくって脇腹を出す。そして一回軽く叩いて、

「ほォラ、バッチコ――――――イ!!」
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脇腹に紫布先輩の紅葉ビンタを食らった。
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「桑尻チャン、悪いのは処したからこっち向いて! 向いてヨ――」

「……嫌です。ホント、感情だけで生きてるっていうか、最低……」
無茶苦茶怒らせたらしい。桑尻を宥めるのは紫布先輩に任せたのか、雷同先輩がこっちに向かって半目を向ける。

「あのな? お前にはパートナーがいる。まあ、溶岩の上でも歩けるとか、そのくらいの力は持ってる神だな」

「どんな神か解ります?」

「神道だろ? お前が選んで……」
少し、雷同先輩が考えた。首を傾げて、

「あー、まあ、そういうもんか」

「は? どういう事?」

「ぶっちゃけ、お前、超弱いんだよ。だから運営の方で強キャラ宛がったのかもしれんな」

「先輩達も知らないんですか?」

「いや、会ったことはある。ミッション組んだことも。けど、名前を知らない」

「名前の無い神って、何です?」
質問ばかりだなあ、と思うが、仕方ない。昨夜、確かに死んだ記憶がある。死なないためにはパートナーである神の力が必要だと、そういうことになってるみたいだ。だけど、

「名前の無い神なんて、たくさんいるわ。神道なら特にその傾向強いでしょ」
だから、と桑尻が言った。

「私達が出て行ったら、貴方のパートナーは一歩引いてしまうかもしれない。最悪、貴方に関わらなくなるかもしれない」

……ん――?
何かちょっと疑問があった。

「僕にパートナーの神がいる。います。そういうことにしておきます」

「それがどうしたのかナー?」
いやまあ、

「――先輩達が近くにいると、そのパートナーが、遠慮して出てこなくなる。ってまあ、そんな風な話がこっちの信仰外からありましたけど、つまり、それって……」
つまりこういうことだ。

「先輩達の方が、僕のパートナーの神より強い?」

「そんなのフツーによくあることだろ」
アッサリ認められた。マジかよ、と思うが、

「お前がザコってか、まだ何も始めてないなら、パートナーだってそこそこだ。俺達は別のフィールドである程度やりこんで来てる」

「パートナー無しで?」

「ああ、俺達、お前みたいな人間スタートじゃなくて、神としてスタートだし」

「汚え――!」
素直に言葉が出た。

「キャラ作り直し出来ますよね!? ね!? 僕も神が良いです! 神になって女湯に飛び込んだり獣に変身して女湯を覗いたり風に身を変えて女湯の上空を通過したい!」

「あまり見ても楽しいもんじゃないヨー?」

「いいんですよ! ファンタジーです! ファンタジー! 風呂を覗くのは男のサガです! 略してサガ風呂! おっと何処かで聞いた気がするぞ! まあいい! でもそんな自由になれる権利が無いならキャラを作り直したい!」

「いや、お前、神キャラ大変だぞ?」

「どういう感じで?」

「人間キャラが何か困ってたら助けないといけないときがある」

「そうなんですか!? うっわ! 僕みたいなのを助けるの!? ざまあみろ! 僕は嫌ですねそんなの! じゃあ僕、人間で!」
桑尻が凄い半目を向けてくるが、見なかったことにする。

「で」
と僕は言った。

「どんなゲームなんです?」
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「アー、まあ、クラフト系だヨ――」
紫布先輩が言った。

「テラフォーム? 星の開拓って感じだネ」

「テラフォーム?」
僕は身を縮めた。そしてガギゴギ言いながら立ち上がり、ガッツポーズで、

「テラッ・フォーム……! テーテレーテレーってこういう変形して星の開拓するんですか」

「もう一回」
桑尻が言ったので、やってみた。

「テラッ・フォーム……!」

「ちょっとよく見てなかった。もう一回」

「テ、テラッ・フォーム」

「あー、何かさっきと違った気がする。もう一回してみて」

「テ、テラッ、……って、ああそうだよ! 面白いって思ってなかったよ畜生! 悔しいか!? どうだ悔しいか――!? あア!?」

「今、すごく腹が立ってきたけど、これは私が正常だという証明よね」
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「先輩! 先輩! 放して下さい! あの女、ちょっとイワせてやらないと気が済まねえー! 先輩! これは俺のプライドが掛かってるんです。だから離して! あっ、駄目、そこ、ひぎい、弱いのほぉ」
何言ってるか解らん暴徒が一人生まれたのを相方に宥めさせながら、紫布は桑尻の前に座った。

「壺三チャン、馬鹿にムキになってもいいことないって」

「紫布先輩までそういうこと言う――! 」
やかましいヨー。
すると桑尻が、ハー、と吐息して言った。

「何というか、ああいうの、愚かですよね……」

「ンー、壺三チャンちょっと年齢の割に達観しすぎかナー」

「いや、私、紫布先輩ほど年上感出せないんで……」

「フケてるって事? あ、いや、ちょっと表情マジになっちゃったけど引かなくていいヨー」
いやまあ、と桑尻が言ってる間に、ドアが開いた。そして、

「おおおおう、にぃぎやかにやってるねえ」
ハゲが来た。
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「おー、四文チャン」
という紫布先輩の声で、僕は新客が来たことを悟る。雷同先輩には右のアイアンクローで床高十五センチに吊されているが、

「お? 何だ、真正、来たのか」

「え? 誰誰? 誰です? 巨乳の女子だったりします!?」
投げ捨てられるように解放され、三回転くらいしてポーズをキメて止まる。フラフラしてるがとりあえず紫布先輩がまばらな拍手をしてくれたので良しとする。
そして見た先、長身のハゲがいた。
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「僕は素直に言いました」

「おい」

「このハゲ、学生ですか」

「お前、ホント、いい度胸してんな」
いやまあ、と言っていると、紫布先輩が缶コーヒーの缶で相手を示す。ヘタすると大柄な雷同先輩より背が高く、しかしヘタすると僕より細身のハゲは、

「四文字・真正。うちの部長だヨー」

「部長?」

「そぉうだよう? おっと、住良木くぅん?」

「あー、ハイ、何でしょう」
うぅん、と部長が、やたら間延びのする口調で深く頷いた。そして両手を広げ、

「昨夜、なぁんか手伝おぉうと思ったら、いぃきなり死んだねえ。おぉどろいたよぉ」

「アー、すみません。不慣れなもんで」

「そぉかあ。うぅん、不慣れだよねぇ。たぁしかにねえ」
じゃあ、と部長が言った。

「ちょぉっと勉強、してみるというのは、どぉうかなあ」



