第二章 『過去の観測者』


 引き続きの甲板上だった。

 浅間は、とりあえずここにいる面々を見る。

 いつもの連中以外、新顔は世話子だけというところだ。


「ええと、世話子さんだったんで入艦は顔パス状態でしたけど、まさかこういう展開に関わってくることになるとは……」


「母さん、とりあえずここ一帯、音声ステルス結界張っておきますね?」


 手配は豊に任せ、こちらは正純に視線を向ける。正純は横に二代を置いた状態で世話子と向き合い、表示枠で襲名者の証明などを見せて貰っている。


「……で、どういうことなんだ一体」


「Tes.、何やら教皇総長が、今、対運命戦で疲弊したり、被害が出た各所を復興で回っているようなのですが、そこでいきなり――」


「――そろそろ武蔵から、俺達の活躍やら何やらの記録が献上されてもおかしくない時期だよなあ!? 月末までにはどうにかしろよ!? おい!」


「…………」


「……月末って、あと七日くらいしかないよな?

 記録を献上するのにも、正式な形式にまとめて一日、献上手続きで一日、教皇総長側が受理確認で一日ってなると、……外交で食う時間次第だが、こっちで事態の収拾をするには三日か、四日くらいしか使えないぞ?」

 だとすると、


「教皇総長、復興だなんだでストレス溜まったのか?」


「無茶苦茶嫌がらせでありますねえ」




■クリスティーナ

■呼名:クリ子 クリっペ

■役職など:瑞典総長兼生徒会長 全方位爆砕士


・二十八歳。巨乳。ガラシャ夫人との二重襲名で、自爆による自害の歴史再現から武蔵勢+忠興に救われ、忠興の嫁に。知識に優れ、特に世界情勢などに抜群。爆砕術式の使い手で、条件次第では副長クラスも圧倒する。



「ファッ!? 私、紹介されるのまだ早いでありますよ!?」


「意外と紹介が空気読んでませんけど、落ち着いてきてるのか、それなりにレア人脈や新顔さん以外は出なくなってきてますね」


 ともあれ話としては教皇総長だ。


「――聖連が、武蔵の記録を欲しがってると言うことか?」


「どちらかというと、”武蔵に言うこと聞かせてる俺達偉い”じゃないかしら」


「まあ、大義名分を何か設けて武蔵に記録を作らせろと言うことですね。うちの生徒会はK.P.A.Italiaに一つ恩を売っておこうかと、三日前に三征葡萄牙と会議して、じゃあ武蔵に親しい私がルイス・フロイスを襲名すると、そういうことになったのです」


「うわあ……、大変ですね……」


 いやまあ、と世話子が半ば棒読みで言う。


「……何が大変かというと、ルイス・フロイスを襲名するのに必要な知識などを一日半で詰め込んだことですね……」


「……あの、ロドリゴ様」




■立花・誾

■呼名:立花嫁

■役職など:全方位義体士(侍)


・元三征西班牙。夫の宗茂にセメントラブ。武蔵に合流してから、かなりいい戦績を残している。戦闘では義腕を使った剣術や、浮上砲門である”十字砲火”、”四つ角十字”を使う。



「世話子でいいです。立花・誾」


「では、世話子様、少々申し上げにくいのですが……」


「……イラっと来てませんか」


「…………」


 世話子が、ふと何もかもから視線を外すように、空を斜めに見上げた。


「――私、姉のことも大体片付きましたし、末世も終わったので、地元で史跡の管理人でもやって生活したかったんですけどねえ……」


「おいおい何か人生語り始めるぞコレ」


 まあいいです、と世話子が言う。そして、


「そんな訳で聖連の勅命に近い部分がありますね。私、昨夜にこちらに入りましたが、丁度、情報体化もされたようなので、情報関係の仕事には良いのではないでしょうか」


 世話子に言われて、浅間は周囲を見渡した。

 今、各艦は現出しつつある各記録の存在に侵食されていて、一部では砲撃音も聞こえ始めている。それを”丁度いい”というのは、


「世話子さん、イラっと来てるのって……」


 何となく、彼女の不機嫌の意味に気付いた。

 史跡云々ということは、世話子自身の趣味や興味の傾向は歴史系だろう。つまり過去の文献とか物品の収集や鑑賞が好きな筈。


「――でも昨夜、武蔵に入って”明日から七日間、末世事変の記録の編纂を頑張りましょう!”と思っていたら、勝手に情報体化されて(巻き込み事故)、その上で武蔵も記録がドガシャアみたいな状態になっているとか、――あまりにもイレギュラー過ぎますよね」


「――慣れろ」




■夕(蜂須賀・小六)

■呼名:ショーロク、タ様

■役職など:重騎士


・未来から来た直政の妹。元羽柴勢で、武蔵勢とは敵対していたが、合流後はフツーにJCやってる。重武神・地摺朱雀の中に重傷状態で収められていたが回復している。かなり言葉少なくコミュ不全だが本人は充分だと思っている。ゲームマニア。搭乗する武神は四聖の日溜玄武。



 紹介付きの夕の言葉に、世話子が顔を手で覆ってしゃがみ込む。


「泣かしたあ――!」


「あー、蜂須賀さん? 大人はあまりひどい日常の変革についていけないものでありますよ?」


「……すまん」


「……謝れるようになったさねえ」




■直政

■呼名:マサ

■役職など:武蔵総長連合第六特務 近接義体士


・武蔵の出力系を扱う整備課で班長を務める。結構面倒くさがり屋だが、バイトで子供向けの道場の師範などやったり、面倒見が良い。隠れてない隠れ巨乳。使用する武神は四聖の地摺朱雀。



「……何を満足に浸ってますの?」


「ともあれ世話子様が武蔵の精神攻撃に破れたので、こっちはこっちで勝手にやりますか」


「その台詞の前半はどうかと思うんだが、まあ後半はそうするしかあるまい。――クロスユナイト、まずは状況の把握から頼めるか? こっちは――」


 と言って、正純は前を、艦尾側の遠くを見た。

 武蔵野艦橋の下から覗ける奥多摩。そこには夜の空がかかっている。


「アルマダもだが、点蔵にとっての、ラスボスの城があるのだろうな……」


「――とりあえず教導院に戻るのは当分先になりそうだ。ひとまず、拠点をこの甲板上に設けよう」


「Jud.、甲板縁の倉庫を開けさせよう。物資を出して、避難所にする必要もあるさね」


 じゃあ、と己は浅間を見る。


「浅間神社は健在か?」


「あ、はい。通神など確かめたところ、何かもう渾然としてるんですが、どうも何もかもがうちの通神インフラを使用してるみたいで。だからこれは逆に大丈夫じゃないかな、と思います」


「怪異みたいな状況に守られてる、というのも、まあどうかと思うが……」


 ただ、通神が可能であれば、いろいろ出来る事がある。物資もあり、何よりも、


「人員は充分だ。――各記録を攻略するために、これから作戦会議だな」


 点蔵は、自分もまず武蔵野の地下に降りてみつつ、麾下の報告を聞いた。

 そこから解ってきたことは、


「――では現状をチョイと報告するで御座る」


 甲板上、組まれていく簡易宿舎や本陣の前、表示枠を出す。向こうではオリオトライが”OK”の手を挙げているので、こちらは手短に解った事を皆に伝える。


「――まず、各艦で生じている記録の再現は、以下の通りで御座る」



・武蔵野:三河争乱    

 :世界に喧嘩を売って三河を脱出するまで。


・奥多摩:アルマダ海戦  

 :英国を頼り、引き替えにアルマダ海戦を代行勝利する。


・品川:マクデブルクの掠奪

 :世界に警戒され、羽柴勢によって関東に封じられる。


・多摩:三国会議

 :逆転のため、北方の三国を味方につける。


・高尾:真田戦

 :真田を保護下におき、武蔵の方針を確固とする。


・浅草:小田原征伐―関東解放

 :反撃開始。関東を解放し、瑞典を味方につける。


・村山:本能寺の変

 :末世の真実を知る。


・青梅:山崎の合戦―小牧長久手の戦い

 :羽柴勢が未来から来た自分達の子だと知り、敗北。

 :そこからの再起と逆転。



 と、そこで書くのを止めたこちらに対し、皆が首を傾げた。


「――そこからの、関ヶ原の合戦と、ヴェストファーレン会議、そして対運命戦は、何処に入るんですか?」


「それがまだ、生じて御座らぬ」


「――多分、順番があるんですよ。第一特務が見せたとおり、各艦、末世事変の記録は既に詰まってますからね」


 浅間の娘が、好奇心を消さない口調でこう言った。


「今、武蔵で起きているのは記録の表出ですが、これは怪異と考えていいと思います。この怪異は、しかし記録をベースとしているので、その順番に縛られ――」


 彼女が表示枠を出し、武蔵の概要図を展開した。こちらが言った内容はそこに自動で書き込まれていき、やがて武蔵は全面が赤く染まった。


「今のところ、三河争乱から小牧長久手の戦いまでが、武蔵上では表現されています。これらを、何らかの方法で収拾し終えて消したら、順次そちらが出てくるんじゃないですかね」


「何となく疑問だけど、コレ、表現が間に合ってないっていうのは、武蔵があと二、三艦あったら解決してる問題なのかしら」




■伊達・成実

■呼名:ナルミン

■役職など:伊達家副長 全方位機殻士カウリングマスター


・伊達家のトラブルをウルキアガと解決したことで、彼の嫁として武蔵勢に加わる(出奔の歴史再現を使用)。クール嫁。たまに立花・誾と張り合う。両腕と両足を義体化しているが、戦闘では機動殻・不転百足を使用する。



「非常に厳しい質問ですが、Jud.と応じるものだと判断します。――以上」


「大和に寄っていって艦体をなすりつけたら、向こうでドビャアとなりますかねえ」


「いや、そこまで共有してないのと、何となく思うんですが、その場合は大和側の記録ベースに大和の方で表出が始まるので、単に二倍になるだけじゃないでしょうか」


 見ると向こうで世話子が椅子に座りつつも、テーブルに顔を伏せている。現状の嫌さが増したというあたりだろうか。ただ、


「ちょっと有り難いのが、過去の表出、コレ単に過去の一部がリピート再生されてるだけのようで御座る」


 リピート、という言葉に、ミトツダイラは疑問した。


「つまり、始まってから、ずっと続いていく訳ではなく、どこかで区切りを持って、また始めに戻ってますの?」


「Jud.、幾つかの地点に散らばっているものも有るようで御座るが、基本、最大範囲で発生しているものがリピートを始めると、他も準じるとのことで御座る」


「つまりオメエがメアリにエンドレスビンタ食らうシーンもある訳?」


 メアリが赤面するが、まあそういうものだろう。


「まだ未発ですが、トーリ様が延々と千五百一回とか、セントーンを繰り返し被弾するシーンもあるんですかねえ」


 浅間が静かに逃げようとするのを捕まえて止めた。ともあれリピートが生じると言うことは、一つの状況を生む。


「記録の表出は、無限大に拡大するものではない?」


「まだ全体が計測出来ていないのと、条件による変動があるかどうか解らないのですが、現状ではそのように言えると判断出来ます」


「じゃあ、とりあえず、急ぎで対処すべきではあるが、”拡大を止める”必要は無くて、”経過観察”で済む場所もあるということか」


「Jud.、だとすると戦略は幾つか立てられますわね」


 自分は、表示枠を展開し、武蔵八艦の概要図を出した。


 ……うちの子も、随分と前に出ますわねえ。




■人狼女王(テュレンヌ公)

■呼名:テュレやん ママン カーチャン 大御母様

■役職など:六護式仏蘭西副長 近接カーチャン


・ミトツダイラの母、ネイメアの母の母。人類の恐怖の具現であり、大精霊クラスの実力の持ち主。巨乳スライダーMAX系。淑女っぽいが、よく食いよく笑いよく寝てよく破壊する。旦那ラブ勢。神格武装・銀十字を持つ。



 人狼女王は、自分の紹介を見て深く頷いた。己は、ミトツダイラの母であり、彼女の娘であるネイメアの母の母だ。SOBO? そんな言葉知りませんわねえ……。

 しかし、滅亡しかかっていた自分達、人狼種族がこうして代を継いでいることもだが、ちゃんと人々と交わって生活出来ているというのも、見ていて有り難いことだと思う。そして今、娘が、


「対処方法としては二つあると思いますわ。まず一つが、武蔵八艦を全て同時に攻略していくという方法ですの。私達の人員ならば可能でしょうし、何よりも即決。ミスがあっても七日間の期日には間に合いますわね」


「その方法の短所はありますの?」


 問うてみる。すると娘は一瞬眉を上げ、しかし咳払い一つで応答した。


「流石に全面投入となると、いろいろな準備が必要になると思いますの。だから準備期間が掛かってしまうかもしれませんわね。――でもまあ」


「でも? 何ですの? 御母様」


「Jud.、今回は規模的に短期集中の現場でしょうから、準備も数日かかる、ということはないと思いますの。寧ろ――」


 寧ろ、何が危惧なのか。それは、


「残りの記録の表出がどのように行われるのか。そういった部分が不確定なのに人員を全面投入した場合、万が一の状況に対処出来ませんわ。私達は動けても、武蔵の戦士団はあまり疲弊させられませんし。

 だって、武蔵の内部では日々の生活など、可能な限り行わないといけませんの。それらが記録の表出によって妨げられている場合、やはり解除しなければなりませんし、警備も必要。

 そうなると、強引に全面展開をして、戦士団の疲弊を生めば、人数こそが必要な警備や復興業務に難を残すこととなりますの」


「Tes.、――では、どうしますの?」


 Jud.、と応じた娘が、先出していた武蔵八艦の概要図を示した。

 八艦が全て赤くなっているが、その内、三つを青に染め、他を緑に染める。


「全面攻略ではなく、三度ほどのアタックによって順次攻略ですわ」


 いいですの? とミトツダイラは概要図を示す。


「初日は三グループが攻略、他は二班に分け、片方が控え、もう片方が他の現場の警備と、被災の復興と抑制に努めますの。

 翌日も同様。その翌日も同様、というところで行けば、何処か後れが出ても、三日で現状見えているものは全て攻略出来ますわ」



・攻略班:三グループ(三艦を攻略する)

・控え班:三グループ?

・警備班:五グループ(攻略外の艦へ)



 こういうことだ。更に言うことが有るとすれば、


「武蔵は八艦ですけど、三の倍数でアタックしますの?」


「御母様は小田原征伐が”楽”な仕事でしたの?」


 問うと、母が小さく笑った。だから今の答えは”当たり”だ。


「? どういうことですの?」


「さっき第一特務が見せてくれたリストの中、最も大規模な事案が、浅草で起きている小田原征伐になりますの。これは、一回のアタックで抜けられるか、解りませんわね」


 あ、と声を作る者が何人かいる。ネイメアもそうだ。


「小田原征伐の後、関東解放があり、……更にはネルトリンゲンの戦いも重なっていますのよね? つまり三連戦。これは……」


「青梅で起きている山崎の合戦と小牧長久手の戦いも大規模でしたけど、こっちは二連戦ですからね……」


「実際、関与してみないと何がどのくらいの”重さ”か解りませんけど、事案の大きさで言うと浅草の三連戦が最大だと思いますわ。だから始めから予備的なことも考え、余裕を持つようにしていますの」


 じゃあ、と声が来た。自分達の担任のオリオトライだ。




■真喜子・オリオトライ

■呼名:先生

■役職など:教員 近接武術士


・未来から来たトーリとホライゾンの子。但し実際は喜美の代理出産の子である。正体を隠して武蔵勢を鍛えあげ、三河争乱を成功に導いた陰の功労者。戦闘能力が高く、彼女を超えられるかどうかが一つの指標。



 彼女は自分の紹介文を見て「書きすぎじゃない?」と感想。それもどうか、と思うこちらに近づき、全体を見渡してから、


「あと、気をつけておくことは何?」


 ええ、と己は頷いた。


「我が王とホライゾンについては、基本的に各艦の鎮圧には向かわない。基本、バックアップ側で関わるようにして貰いますの」


 喜美は自分の弟が首を傾げたのを見た。


「おいおいネイト、俺が前に出ちゃいけねえって、それはちょっと、俺達のやり方として間違ってねえ?」


「そうですよミトツダイラ様、こりゃあ楽でいい……、というのは内心の呟きであって本心では御座いません。ともあれホライゾン達が前に出た方がいいのでは?」


「あー、ミトが答える前に口を挟むみたいですけど、これ、ミトの言う通りがいいと思いますよ? トーリ君も、ホライゾンも」


「……どういう事よ?」


「フフ、これは記録なのよ? そして基本的には単純リピート。だとすれば愚弟? これはアンタが介入して現実の何かが変わるってもんじゃないの。過去問題を今回答したらどうなるかと、そのくらいの差しか無いことなのよ?」


 あー、と弟が空を見上げる。


「だとすれば俺達は?」


「通神で皆がぎゃあぎゃあやってるのに対して、ツッコミ入れてりゃいいのよ。

 ――そうよねミトツダイラ」


「その通りですけど、私が言うべき台詞を全部持っていきましたわね!?」


 だが、と声があがった。浅間が振り向く先にいるのは保護者枠の義光だ。




■最上・義光

■呼名:ヨシコ

■役職など:最上総長兼生徒会長 全方位カーチャン


・秀次事件で失われた駒姫の魂を武蔵勢が救ったことにより、武蔵側につく。以後、全体の支援者および保護者役として振る舞う。厳しいところもあるが思いやりのある母役。政治関係などにも秀でるが、術式系の戦闘能力は随一。神格武装・鬼切を持つ。



「何か紹介文が意外とまともよのう……。

 しかしこの記録の再現、どうやって歪みの箇所を見つけるのだえ? それが解らなかったら、内部に入っても意味がないであろう。その探索や研究は、予定に入っているのかえ?」


「あ、そこについては、私の方で推測があります」


 手を挙げると、皆の視線が来る。注目は仕事柄慣れているから構わない。両腕がこちらを見て手を振っているのも慣れた。なので自分は一息を入れて、


「私の予測では、リピートの切れ目こそが記録の歪みや欠損です。何か、記録が途切れていて繋げられない。だからリピートに入る。それゆえ、これらの記録は表出しているのではないかと、そう考えています」


「――ふむ。聞こうかえ」


「――はい。私達が作った末世事変における武蔵の記録は、元々一本の”完成したもの”として納品しています。

 それが勝手に途中からリピートするのは、情報に歪みや欠損があり、その位置で読み取りが出来なくなって読み直しになっている、と言うことになります。

 ――つまりこの記録の表出は、武蔵の記録処理システムの操作、設定系の影響を受けているのだと思います」


「じゃあ、リピートの切れ目を正しくつないで直せばいいの?」


 そういうことだ。何かがおかしくなっている。だから、


「当時の完全再現でなくても構いません。欠損や歪みを正し、後ろに繋げてしまえば、とりあえず記録は一本の形を取り戻すので、表出も終わります。後はそれを修正することで、正しい形になるかと」


「……でも、何処が歪んだり欠損しているんだろ?」


「それはまあ、内部に入ってのお楽しみ、というところかのう」


 義光の言葉には、こちらの言った内容への理解を感じた。だから自分は正純に視線を向ける。


「――なので進言します。内部に突入する人員は、記録や欠損の歪みを補正するだけの能力があること。どうでしょうか、正純」


 では、と正純は手を挙げた。

 疑う部分はあるのかもしれないが、自分に判断出来るものではない。この手の怪異やら何やらとしての有識者が浅間であり、義光などの存在だ。それらが認めるならば、


「急ごう。クロスユナイトと二代は人員を決めてくれ。出来れば今日中に三艦分の攻略をしておきたい」


「? 随分とやる気で御座るな」




■本多・二代

■呼名:ニダヤン

■役職など:武蔵総長連合副長 近接武術士


・東国無双である本多・忠勝の娘。蜻蛉切を持ち、加速術式・翔翼を用いて二代目忠勝の襲名を狙う。正純とは三河時代の知己で、武蔵に来てからも仲が良い。無言でクールに見えるが、結構何考えてるか解らない。突発的な挙動や発想に立花・誾がよくキレる。



「――なかなか収まらぬ紹介文に御座るな。しかし正純、拙者は構わぬで御座るが、何処から?」


「順番は、実際の記録の通りに進めた方がいい。だからまずはこの武蔵野。次は奥多摩、そして品川だな」


 言っていると、皆の視線が集まってくる。だから自分は軽く手を挙げ、理由を説明する。


「まずは武蔵の中枢。武蔵野と奥多摩の解放だ。武蔵野艦橋、浅間神社、そして教導院が通れば、本日中に武蔵は主機能を取り戻したと言い切れる。――つまり今回の事件が、初日の内で大体解決したと、そう各国に説明出来るんだ。その上で――」


 大事なのは品川だ。


「品川を確保出来れば、次は多摩だ。多摩は外交艦の役をもっているが、欧州系が特に多い。ここを確保するのに、輸送艦として物資の豊富な品川を確保。更には向かい側にある武蔵野、奥多摩も解放しておけば、比較的安全に多摩解放が出来るだろう。

 必要ならば、今夜中に多摩に隣接する三艦から、VIP救助も行える」


「多摩の外交艦から、本日中に救えと、各国からそう言われたらどうなさいます?」


「品川か高尾を解放の上でなければ危険だと、そのように伝えておく。

 正直なところ、艦間で記録の干渉があるのか無いのか解らない。――武蔵野は、品川を確保すれば少しは安全だが、奥多摩は明日に高尾を解放するまで左右から挟撃状態だ。

 いろいろな不安が拭えない、とは思う」


「だったら急いだ方がいいわねえ。各艦で展開している記録の要所、そこを早めに割り出して人員決めなさいな」


「あ、一つ、解放すべき重要箇所がありますね」


「? 青雷亭か?」


「正純、暫定市庁舎を忘れてるような……」


「いや、父達は有能だから既に退避しているだろう。というか、そうではないとしたら、何処だ? ホライゾン」


「Jud.、――鈴様の湯屋、鈴の湯を忘れています」


 皆が、ふ、と静かになった。


「確かに重要な箇所だ……!!」


「ええ、忘れてはいけないわ……!」




■武蔵戦士団

■呼名:無し

■役職など:武蔵戦士団


・武蔵が保有する戦闘要員。基本的に学生で組まれているが、後衛(補給など)においては公民の協力が認められている。ヴェストファーレン会議以降、条件が緩和されて予備役やOBも参加するようになった。



「福利厚生は大事! 優先事項ですね!」


「いやいやいやいや、後で、いい、よ、後で……!」




■向井・鈴

■呼名:ベルさん ベルりん

■役職など:武蔵総艦長代理


・盲目の少女。知覚系に優れ、アルマダ海戦以後、武蔵のセンサー的役割から運航を扱う艦長役に抜擢されている。皆のストッパー。たまにアクセル。他国からのファンが多い。



「いえ鈴様、武蔵総艦長代理として、鈴様のメンタルや御健康は何にも増して大事なものです。早期の鈴の湯解放、これは武蔵総艦長からも御願いいたします。――以上」


 まあそうだろうな、と己も思った。武蔵勢と、その子供衆を見渡し、


「全員が集まって寝泊まりできる施設というと、鈴の湯だからなあ……」


「浅間神社解放のルートに加えられるので、一気に行けると思いますね」


「う、うん……、有り難う、ね、皆」


「なあに、いろいろあるけど今夜はデカい風呂! 最高ではないですか。では諸衆、ホライゾンはここで菓子でもつまみながら皆様の行状にツッコミ入れていきますが、宜しく御願いいたします!」


 そんな流れを経て、慌ただしいながらも主力三班がまず編成。

 彼らは西日となり始めた青空の下、動き出す。一方で、各国からの監視を避けるため、高高度への浮上とステルス障壁を展開した武蔵は、各艦の相対位置を固定。

 各艦に発生した記録からの解放に向け、作戦が開始されたのだ。


「作戦名は”再履修!”カンニングありありよ! 頑張ってきなさい!」


 先となる三班が出場していったのを、世話子は見ていた。

 自分がいるのは、本陣とは言え、武蔵の総長や姫がいるのとは違うテーブルだ。

 こちらの世話係という訳ではないだろうが、立花・誾が控え班に回っていて、


「世話子様、大丈夫ですか」


「メンタルですか?」


「――”常識”です」


 そのあたりは、以前に来たときに大分慣れたと思ったが、まだまだだったようだ。


 ……というか勝手に情報体化しない……!


 言っても無駄ですよね、とは考える。ただまあ、自分としても、少し期待しているところがある。それは、今回の記録には含まれていないだろうが、


「私の姉の記録も、……このように表出するときがあるのでしょうか」


 姉は、かつて三河方面で生じた歴史再現の戦闘で亡くなった。仲間達が自縛の霊体になり、天に上れなくなっていたのを、霊体として武蔵に相談にあがり、解決されたのだという。

 今の武蔵勢が、中等部のときのことらしい。

 らしい、というのも、その記録が武蔵側から提出されたのは去年のことで、内容的には聖連というか、教皇総長達の検閲が入ったのだ。


「あいつら昔からこんな風に遊んでおったのか……!」


 とか言うけど、うちの姉の部分をもう少し見せてくれませんかねーえ?

 だが、ちょっと面白い。

 今、武蔵の中も上も大騒ぎになっているが、これが片付いたら、どこかで姉の記録が出てくることもあるのだろうか。

 否、あるのかもしれないと、淡い期待を抱いていいのだ。だから、


「……早く片付いて、次から次へと、こういうものを見せてくれればいいと思います」


「世話子様、……それはそれで、また迷惑な」


 そうですね、と己は苦笑した。

 遠く、砲の音が響く。あれは、


「――うちの艦載砲ですね。奥多摩のアルマダ海戦ですか」


 他、わああ、と声が聞こえて何かと思えば、


「品川に輸送艦が突っ込んで来るで御座るよ!」


「輸送艦突撃も久し振りですね。――羽柴勢合流から、やってくる勢力が無かったですから」




■立花・宗茂

■呼名:ムネオ

■役職など:武蔵副長補佐 近接武術士


・元三征西班牙。立花・誾の夫。爽やか青年。脳にネガな要素が無い。西国無双と呼ばれる襲名先として充分な実力を持っていたが、本多・二代に破れて襲名解除。誾の支えもあり、復帰以後はその実力を遺憾なく発揮しすぎて屈託無い一撃必殺屋みたいな変なことになってる。大罪武装・悲嘆の怠惰を扱うことが出来る。



 と右舷の空で爆発が起きた。武蔵に突撃を掛けていた輸送艦が散って、


「タアアアアマヤアアアアア!」


 流体光に、全てが弾けた。あの輸送艦もつまり”リピート”なのだ。


「何が何やら、という感じですが……」


 こんな中に姉もいると、そう思うと、やはり面白い。無論それは記録であろうし、本人は天に昇っているのだが、


「記録でも退屈させないというのは、やはり武蔵の非常識ですね」

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