■せめて生存ルートのあるキャラに転生したかったと嘆くプロローグ

 俺の人生は、おおむねギャルゲーとウェブ小説で出来ていた。

 仕事をこなし、ウェブ小説を読み、飯を食べ、ギャルゲーをやる。

 それだけの生活。それだけの毎日。

 世間からすればさぞや退屈で、孤独な人生に見えただろう。

 でも俺はそんな生活が大好きだった。充分満ち足りていたんだ。

 そりゃあ先々のことを考えると、少しゆううつになったりすることもあったさ。

 なにせ俺ときたら、嫁はおろか彼女いない歴=年齢っていう典型的な負け犬人生を送っていたからな。

 けれどまぁ、経済的にはそこそこ豊かだったし、何より俺にはギャルゲーとウェブ小説という最高の相棒達がいたから寂しくはなかったよ。

 ……寂しくは、なかった。

 だけど時々、無性にむなしい気持ちになって、大人げなくギャルゲーやウェブ小説の主人公をうらやんでしまう瞬間があったんだ。

〝あぁ、俺もあんな楽しい世界で暮らせたらなぁ〟って。

 主人公なんてぜいたくは言わない。主人公の友人や、モブポジション。なんだったらエリートのませ犬キャラとかでも全然構わない。

 ────そんな風に、考えていた時期もありましたよ、えぇ。



「だからって……これはねぇだろうがぁっ!」


 俺ことみずきょういちろうは、鏡の前できょうかんした。

 さもありなん! 目を覚まして、姿見に映る顔を見てみたら、見知ったゲームに出てくる極悪人相が俺と同じポーズで驚いているんだもの。

 透明な鏡の中に映る悪人面。安っぽいブリーチを入れたアッシュグレイの髪の毛がかく痛々しくて見てられない。

 意味が分からなかった。いや、意味は分かるが理解したくない。


「転生した? いや、ひょうと言った方がいのか? 俺が、みずきょういちろうに……なっている?」


 疑問符の答えは鏡の中にあった。どこからどう見ても見覚えのあるゲームのキャラだ。

 夢かと思い頰をつねってみたけど普通に痛い。


「(現実だ)」


 現実だった。ガチでリアルにみずきょういちろうになってやがる。何たる衝撃。何たるあんたん。状況を理解すればするほどに、焦りと絶望感だけが増していく。


「よりによって、なんでコイツに……」


 白状しよう。俺は確かに常日頃からギャルゲーの世界に行ってみたいと思っていた。

 それは認めるし、今だってあの淡いどうけいを忘れたわけではない。

 だけど、これはない。あってはならない。


 みずきょういちろう


 それは伝説の恋愛シミュレーションRPG『精霊大戦ダンジョンマギア』シリーズにおけるやられ役の代名詞的存在であり、また、どのルートでも必ず死ぬ哀れな男の名前でもあり、そしてついでに今の俺の姿だった。



 精霊大戦ダンジョンマギア。それは近年の国内製RPGにおいて最も売れているゲームタイトルの一つである。

 魅力的なキャラクター、広大な世界で繰り広げられるファンタジーライフ、奥深い戦闘システムに笑いあり涙ありのストーリーといったジャンルとしての面白さと、色々な意味で一筋縄ではいかないRPG部分の高難易度はちゃめちゃぶりがウリの『ダンマギシリーズ』、そんな有名タイトルの中において、奴の存在はある意味においてとても目立っていた。


 みずきょういちろう


 彼はダンマギシリーズの第一作『精霊大戦ダンジョンマギア(通称無印)』の登場人物で、主人公達が初めて戦うことになる中ボスである。

 大作シリーズの初代中ボスなんて美味おいしい役どころじゃないの、と思うかたもいるかもしれないが、残念ながらそれは大いに間違った考え方であると言わざるを得ない。

 何故なぜならこの男、みずきょういちろうは、自由度がウリのダンマギにおいて、全ルートで必ず最初に死ぬことが約束されたほぼ唯一のキャラなのだから。

 プレイスタイルや所属する派閥次第で色々なキャラクターの様々な側面が見られることに定評のあるダンマギシリーズの中で、『序盤に出てきて必ず死ぬ』というのはそれだけで圧倒的な個性であり、おまけにこいつときたら


『ひゃっはぁあああああああああああああっ! オレ様の精霊術アストラルスキルにひれ伏しなぁあああああああぁっ!』


 などというお下劣極まりない文言を、平気で抜かせちゃうタイプなのである。

 断っておくが、ダンマギの世界観はモヒカンが徒党を組んで村を襲うような世紀末ポストアポカリプスでは断じてない。

 剣と精霊術アストラルスキル(魔法のようなものだと考えてくれればいい)の世界観にSFをミックスさせて学園モノで包んだナンチャッテ異世界風味といった感じのファンタジーワールドがこのシリーズのウリであり、基本コンセプトである。

 そんな中で『ヒャッハー』と奇声を上げながら主人公に襲いかかって来るきょういちろうは完全に危ない人であり、そして当然のように登場人物の中でも浮いていた。

 これだけならまだいい。良くはないが、まだ目をつぶれる範囲内である。

 しかし残念ながら、そして恐るべきことに、この男のダメっぷりには先があるのだ。

 みずきょういちろう────彼は、弱い。ハチャメチャに弱い。ネタキャラとしての地位を確立してしまうくらいに弱いのである。

 まぁ、当然と言えば当然なのだ。

 何せ奴の立ち位置は、チュートリアルの中ボスである。戦いを通してボス戦とはどういうものなのかということを、ゲームプレイヤーに教えるために作られたのだから、そりゃあ性能も抑えめだよねっていう話なのさ。

 だから彼の弱さは運営の意図した『弱さ』であり、チュートリアル相応といえばそれまで(とは言いつつも、そのすぐ後に戦うことになる本番ボスキャラは、ちゃんとごわいので、やはりきょういちろうだけが浮いている)なのだが、しかしえて言おう。

 この男の『弱さ』は、そういった大人の事情を差し引いたとしてもなおひどい。

 何故か? 答えは簡単だ。

 彼は武器も防具も持たないような状態で、三人パーティー相手に三ターンに一度しか攻撃してこない糞雑魚のんびりやさんなのである。

 エキセントリックな言動を携えて、突然主人公の前に現れた中ボス。

 初めての強敵相手にドキドキしながらゲームを進めるプレイヤー。

 だが、そこで俺達が見たものは逆の意味で恐ろしい行動パターンだったのだ。

 それがこちらである(実際の無印ダンマギは、キャラクターの素早さに応じて個々の待ち時間ターンの長さが設定されていたりする為、微妙に状況が変化する場合もあるのだが、まぁ概ね以下の通りに事が進む)。


 一ターン目:精霊術アストラルスキルで敵を眠らせる(単体)

 二ターン目:精霊術アストラルスキルで敵の防御力を下げる(単体)

 三ターン目:パンチ(単体&糞雑魚)

 四ターン目:精霊術アストラルスキルで敵を眠らせる(単体)……以降ループ


 お分かり頂けただろうか。

 この男は貴重な戦闘ターンの内の三分の二を弱体化デバフや状態異常(単体)に費やしているのだよ。

 しかもここまでお膳立てして繰り出したパンチの威力がまた死ぬほど弱いんだ。

 ぶっちゃけデバフかけられた状態で殴られても最下級の回復技一発で全快されるからね。二ターンも費やした準備期間の果てに繰り出される攻撃がカスダメって逆にスゴいよな、ホント。

 まぁそれでも、仮にバトル形式が一対一のタイマンであったのならば、やつもそこそこ強い中ボスになれただろう。攻撃手段が乏しいとはいえ、状態異常と弱体化でジワジワ敵をいたぶっていくという戦法スタイル自体は悪くないからな。

 だけど現実は非情だった。たいする主人公達は三人パーティーな上、その中の一人は聖女の名を冠するぶっ壊れヒーラーだったのだ。

 こちらの攻撃手段は、三行動ターンに一回。あちら側は三人一組で、最強の回復キャラつき。故にきょういちろうが勝つ可能性は、限りなく絶無ゼロなのだ。

 かくして主人公達に散々フルボッコにされたポッと出のイキり糞雑魚野郎みずきょういちろうは、その後これまたポッと出で現れた真のボス敵に食われてあっさりと己の人生やくめを終える。


 イキって、ボコられて、食われて死ぬ。

 これがダンマギにおけるきょういちろうの唯一にして無二の役割である。しゅうたいさらして死ぬのがお仕事なんて、とっても楽チンだね。ハハッ。


「ハハッ、ハハハハハッ……うっ、うぅっ……」


 俺は泣いた。しこたま泣いた。なまじ末路が分かっているだけに、余計に絶望感が込み上げてくる。


「こんなのって、こんなのって、あんまりにもあんまり過ぎるだろうがよぉっ!」




 こうして俺の異世界生活は、唐突かつ最悪の形で始まりを迎えたのである。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影