■第一話 泣きゲー展開なんざ糞喰らえ ①

「ちょっとキョウ君!」


 パタパタと階段を駆け上る音が聞こえてくる。

 しまった! 騒ぎ過ぎて家の人に不審がられたらしい。

 どうする、どうすると錯乱する俺。

 だが何が出来るはずもなく、きょういちろうの部屋の戸が、ぴしゃりと開けられてしまった。


「そんなに騒いだらご近所さんに迷惑ですよ!」


 現れたのは制服姿のお姉さんだった。

 亜麻色の三つ編みをたなびかせながら、優しそうな目元をキュッとげて怒っていますよアピールを決める謎の美人さん。


「いや、あのすいません。これは、なんというか────」


 そこまでしゃべってはたと気づく。このお姉さん、もしかして……。


ふみ、さん?」


 優しげな目元に色っぽい恵体、そして何より俺の好きな実力派声優のウィスパーボイス。一瞬、あっちの世界の声優さんが演技をしているのかとも思ったが、そうではない。声質こそ同じだが、これは造られたものキャラクターではなく天然ものナチュラルだ。

 あぁ、この声。この仕草。この雰囲気。どれをとっても間違いない。彼女はダンマギに出てきたふみさんだ。

 夢にまで見たギャルゲーの女性キャラの、しかもあろうことか推しキャラの登場に、俺はきょういちろうであることも忘れてその場で打ち震えた。

 やべぇ……! 生ふみさん、超わいい。その麗しい姿を拝んでいるだけで、心の中の汚い何かが浄化されそうだ。

 心の中でやっぱダンマギって神ゲーだったんだなと再確認する俺をよそに、ふみさんは困り顔でその美しい声をお聞かせ下さった。


「一体どこでそんな変な呼び方を覚えたんですか。あんまりふざけているとお姉ちゃん怒りますからね」

「ご、ごめんなさいお姉ちゃ……ん?」


 今、なんつった?

 お姉ちゃん? ふみさんが? 誰の?


「そうです。キョウ君の大事なお姉ちゃんですよ。……? どうしましたキョウ君? そんなはとが豆鉄砲食らったみたいな顔をして」

「キョ」


 凶一郎キョウくんのだったぁああああああっ!

 待って。本当に待って。ふみさんがきょういちろうの姉?

 何その冗談ハハッウケる。そんな設定、公式設定資料集にも載ってなかったぞ。ていうか下手したら種族が違うんじゃないかってくらい顔が似てねぇのに姉弟きょうだいとか


「(……いや、待てよ?)」


 一見すると到底信じられない話ではあるが、可能性はゼロじゃない。

 何せふみさんは最後まで名字不詳のキャラクターだったんだ。

 そしてイベントの最中に『最愛の家族だった弟が最近精霊に襲われて……』とか気になることを言っていた気もする。

 でもだからってきょういちろうふみさんが家族? っていうことはもしかしてふみさんの本名ってみずふみ

 明かされた衝撃の事実に、俺のつたない脳はパンク寸前だ。ふみさんがお姉ちゃん。ふみさんがお姉ちゃん。ふみさんがお姉ちゃん。感動とショックとうれしさで、なんだかどうにかなっちまいそうである。


「? 今日のキョウ君はちょっと変です」


 慌てふためく俺の姿を見て小さくためいきをつくふみさん。

 そんな姿もたまらなく素敵だった。



 ここまでの状況を整理してみよう。

 現在俺はみずきょういちろうである。

 大人気恋愛シミュレーションRPG『精霊大戦ダンジョンマギア』の最雑魚イキり糞野郎にして、チュートリアルの中ボス担当であるきょういちろう

 このままシナリオ通りに事が運ぶとすれば、俺の未来は主人公にイキった挙げ句、フルぼっこにされ、その後ポッと出のボス敵に食われて死ぬという悲惨なものである。

 当然ながら、そんな結末は認められない。問答無用で却下である。

 だから俺は、みずきょういちろうに課せられた死亡フラグをたたらなければならない。まずこれは大前提。

 そしてその為に今俺がやれることといったら、やはり情報収集の類だろう。特に大事なのは────


ふみ……姉さん。変なこと聞くけど、今って『皇暦』何年だっけ?」


 昼食時。二人だけの居間で、ふみさんの作ってくれた和風おろしハンバーグを頰張りながら、俺は思い切って『現在の時間』を聞いてみた。

 しかしあのふみさんがお姉ちゃんになって手料理を振る舞ってくれるとか、この世界最高過ぎだろ。

 味は絶品だし、何より温かい。

 全く、これできょういちろうでさえなければホント言う事なしなんだけどなぁ。


「どうしたんですか急に?」


 げんそうな顔を浮かべるふみ姉さん。

 そりゃあ、そういう顔になるよな。普通に暮らしてたら『今が何年』かなんて忘れるわけがないんだし。


「いや、なんかド忘れしちゃってさぁ。ほら、俺ってそういうところあるじゃん?」


 とりあえず軽いノリでそれっぽい言い訳を並べてみる。ゲーム内でのあの軽薄そうな格好を見るにきょういちろうはきっとこんな感じのキャラのはずだ。……多分。


「もうっ、仕方ない子ですね。普段からけんばっかりしているから、そういう大切なことも忘れちゃうんですよ」

「ご、ごめん。姉さん」


 どうやら予想は的中したらしい。しかし年号を忘れていてもすんなり受け入れられるとかきょういちろう馬鹿すぎだろう。我が事ながら悲しくなってくるよ。


「今年は皇暦1189年です。もう忘れちゃ駄目ですよ」

「ありがとう姉さん。それと、今日の料理本当に美味しいね。特にこのお吸い物最高だよ。たい出汁だしとゆずの香りが絶妙にマッチしてて────」


 これ以上ボロが出ないように、俺はひたすら姉さんの料理を褒めちぎった。

 うそや偽りではなく、姉さんの料理はどれも絶品だったので、その後の会話の流れはスムーズにいったと思う。

 これだけ美人なのに料理も完璧とか、ふみさん隙がなさ過ぎだろ本当。しかも皇暦1189年ってことはダンマギの始まりから逆算すると十六……十六歳!? 高一ってこと? いや、ダンマギの世界観に照らし合わせるなら一般高等教育就学生第一学年って言うのが正しいんだっけ? 学生でこの家事スキルって色んな意味でハンパじゃねぇよ。脱帽だわ。


「もうっ、そんなにおだててもおかわりくらいしかあげませんからね」


 そう言って空になった二人分のおちゃわんを、とてとてと台所に運んでいく姉さん。

 ほんのり照れ顔な所も尊いし、どさくさに紛れて自分もおかわりしちゃう所も最高に可愛い。


「(しかし、皇暦1189年か……)」


 台所で嬉しそうに炊き込みご飯をよそう姉さんの姿にほっこりしながら、頭の中の電卓を叩き始める。

 前世の記憶が確かならばダンマギの物語が始まるのは皇暦1192年。

 今は皇暦1189年の春先。つまりきょういちろうがイキって死ぬまでに約三年ばかりの猶予があるという計算になる。


「(潤沢とは言えないが、それでも多少の猶予はあるな)」


 三年もあれば、きょういちろうの運命くらいどうとでもなるだろう────その時の俺は、浅ましくもそんな風に考えていた。

 だけど違ったんだ。どうしようもないほどに履き違えていた。

 みずきょういちろうに時間的猶予などない。

 そのことを俺は、これから嫌というほど知ることになる。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
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