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夕食を終えた後も、俺は積極的に聞き込みを行った。
お陰で姉さんに「キョウ君、本当に大丈夫ですか」と割とガチめに心配されたが、代わりに現在凶一郎が置かれている状況を大体把握することが出来たので、最終的な収支は気持ちプラス。俺の安い羞恥心やプライドを勘定に入れなければ、大儲けといっても差し支えないだろう。
姉さんに聞いて分かったことは大別すると、およそ三つ。
《分かったことその① ここはダンジョン都市『桜花』の居住区であり、俺達清水姉弟は、学生である》
ダンジョン都市というのは読んで字のごとくダンジョンが沢山ある都市のことだ。
ダンマギの世界は基本的にダンジョンと精霊で成り立っている。
エネルギー関連はダンジョンで取れる不思議な石の力で賄われているし、精霊のお陰で魔法の真似事だってお手の物だ。手を翳すだけで怪我人を癒す聖職者、マッチの代わりに指を弾くだけでバーベキューが出来ちまう。ここはそんな街だ。人がいて、不思議な力が当たり前のように受け入れられていて、そして夢のような働き口がある。
俺達清水姉弟は、そんな大都市の片隅でひっそりと慎ましやかに生きていた。
姉さんは一般高等教育就学生で、俺は中等教育就学生。あっちの世界で言うところの高一と中二で、どちらも冒険者としての訓練は受けていない。凡庸な生活を送る一般人、それが今の俺達である。
《分かったことその② 清水姉弟は二人暮らしである》
凶一郎と文香姉さんの両親は数年前に落盤事故で他界してしまったらしい。
これは正直、覚悟していた部分ではある。
ダンマギに出てきた文香さんは、十八という若さにも関わらず自分は孤独の身だと言っていた。
だからある程度予想はしていたのだが、それでも実際その話を聞かされた時は少々、いやかなり堪えたよ。
遊びたい盛りの姉さん残して逝っちゃうなんてあんまりじゃないか。
なんで女子高生にすらなってない娘さんが、母親の真似して凶一郎なんて育てなきゃならねぇんだよ。
おまけに姉さんは……。
「キョウ君。ありがとう。お皿洗いを手伝ってくれるなんて成長しましたね」
頭を撫でようとしてくれたのだろう。
ゆったりとした動作で掌が俺の頭に被さる────
「うっくっ、ごめんなさい。ちょっと」
────その直前になって姉さんは小さく咳き込んだ。
「大丈夫、姉さん!?」
「大丈夫ですよー。うっ。ちょっと、風邪の治りが遅いだけですから」
咳に苦しみながらも、精いっぱい元気に振る舞う姉さん。
けれど、姉さん。俺は知っている。それが風邪じゃないことも、そして姉さんの中に巣食うソレが後三年と少しで貴女の命を奪うことも。
《分かったことその③ ここはダンマギの世界そのものであり、清水文香は三年後に他界する》
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ダンマギはストーリーに定評のある作品だった。
抱腹絶倒必至のコメディパート、思わず血が滾らずにはいられない怒涛のバトルシナリオ、そして迎える各ヒロインルートのフィナーレでは、毎回涙腺崩壊級の感動爆弾を投下してくる。
笑い、萌え&燃え、そして感動。
どこを取っても隙のないその構成と筆力は、本当に人間が作ったものなのかと疑いたくなるような出来であり、まさに神作品と呼ぶべきクオリティをダンマギは毎回プレイヤー達に提供してくれた。
そんなダンマギの物語の中で、サブキャラクターの文香さんを中心として描かれたイベントは、『やるせなさ』に特化したシナリオとして多くのプレイヤーに認知されている。
イベント名〈最後の瞬間を、君と〉
夏休みの後半にふとしたきっかけで文香さんと知り合った主人公が彼女と仲良くなり、そして最後の時を穏やかに迎えるまでを描いた物語だ。
病院のベッドで主人公と会話する姉さんの健気さとか、主人公が必死になって姉さんを治そうと駆けずり回るあのシーンとか、夏の終わりに姉さんが感謝の言葉を伝えながら逝くあのシーンとか、このイベントの感動ポイントを挙げればキリがないのだが、今大事なことは一つである。
このままでは姉さんは確実に死ぬ。
ダンマギのシナリオ通りならば姉さんの身体を蝕んでいるのは『呪い』である。
確かイカれた呪術師の毒牙にかかり、本人も知らぬ間に命を侵されていたとかそんな設定だったはずだ。
遅行性でじわじわとその身体を蝕んでいき、やがて宿主を死に至らしめる最悪の巫呪。
特殊な精霊術とアイテムを用いることで発生可能なこの呪いの厄介なところは、その進行と共に、あらゆる治癒に対して耐性を持つという部分にある。
ゲームの中の姉さんは、最早あらゆる精霊術や回復アイテムを以てしても一切治らないという状態にまで侵されてしまい、主人公達の健闘虚しくそのまま帰らぬ人となってしまうのだ。
残酷だ。残酷にも程がある。
姉弟揃って必ず死ぬとか、どんだけ理不尽なんですか神様よ。
清水家の救いのなさに俺は思わず唇を嚙みしめた。
だってそうだろう? 家族を早くに失って必死に生きてきた姉弟がなんで揃いもそろってデッドエンドを迎えなければならないんだ。
ゲームだったらそれでもいい。必要な死、主人公を輝かせる為の踏み台、盛り上げる為の犠牲。大いに結構だ。諸手を挙げて歓迎する。
だけどそれを現実に置き換えたらどんだけ不条理なのかということを、俺はこの凶一郎の身体に乗り移ったことで初めて知った。
嚙ませ犬? 意義のある死? そんな物語の都合で、俺達姉弟の人生を滅茶苦茶にされてたまるかよ。
「姉さん。俺決めたよ」
苦しそうに咳き込む姉さんの肩をさすりながら、溢れ出る想いを言語化していく。それは約束であり、反逆の宣誓。
「この世界の理不尽なお約束なんて全部まとめてブッ潰してやる」
俺達を殺そうとする、正史なんて、絶対に認めてやるものか。