■第二話 最強の裏ボスに会いに行く ①

みず家・きょういちろうの自室


 姉さんを寝かしつけた俺は、そのまま自分の部屋に籠り、何か良い案はないかと思索にふけっていた。

 このまま無為に時間を過ごしていれば、俺達姉弟は主人公の踏み台&感動盛り上げキャラとして死に絶えることになってしまう。

 そんなことは許されない。断じて却下だ。クソッタレ。


「必ず、姉さんを救ってみせる」


 口と頭と手を動かしながら、姉さんを助ける方法をメモ帳に書き込んでいく。

 真っ先に思いついたのは、ゲーム内で出てきたすごうで『呪術の専門家』に姉さんの呪いを解いてもらうという作戦だった。

 幸い今は本編開始の三年前。

 まだ姉さんの症状も軽いみたいだし、妙案だと思ったのだが……。


『私の名前はベルフェギ。流浪の解呪師だ。ここに来たのは、まぁ他の冒険者と同じ理由さ。ヨロシク』


 思い返してみれば、あいつがここにやって来るのは今から約三年後のことである。

 駄目だ。それでは到底間に合わない。

 回復チート持ちの聖女が現れるのもゲーム開始時だし、ゲーム内キャラに頼るっていうのは難しそうだ。

 ……キャラが駄目ならアイテムはどうだ?

 呪いの進行も初期段階の状態なら万能快癒薬エリクサーの力で完治できるはず。

 ここがダンマギの世界であれば、エリクサーはあのダンジョンに眠っていると思うし、攻略情報を知っている俺であればアイテムゲットもワンチャンある。


「(……って、思ったんだけど俺ってばきょういちろうなんだよね)」


 最初から強力な精霊持ってる上に能力も化物な主人公様じゃなくて、チュートリアルの糞雑魚中ボスであるってことをすっかり忘れてたわウン。

 仲間もいない。才能もない。現段階では精霊すら持っていない。

 詰んでるな、俺。


「……考え方を変えてみるか」


 美少女ゲーマーの視点ではなく、ウェブ小説好きの視点で今の状況を考えてみる。

 転生モノの主人公というのは、大体にして往々、チート能力を持っている。

 それは神様からもらった恩恵であったり、幼少期からの鍛錬によって獲得した膨大な魔法力だったりと様々だ。

 才能の外付け。これは転生モノにおいて欠かせないスパイスの一つであり、序盤の大きな見せ場でもある。

 そこで今一度、俺自身のスペックについて振り返ってみよう。

 みずきょういちろう。能力は控えめ。性能はポンコツ。イキり野郎で、仲間はおろか、多分友達さえもいない。唯一の取り柄は姉さんが美人で天使なこと。以上。

 ……我が事ながら情けなさ過ぎる、これが今の俺の現実だ。

 弱い。圧倒的に弱い。その辺のチワワの方がまだマシなレベルの糞雑魚っぷりだ。

 そんな弱キャラ代表の俺が一気に強くなる為には、どうすればいいのだろうか?


「(やっぱり精霊の力を頼るしかないんだろうなぁ)」


 精霊。ダンマギにおける最もメジャーな成長要素。

 この世界の人間は、精霊の力を借りることで超常の力を振るうことが出来る。故に攻めるならば、まずはここからだろう。でも問題は……。


「(誰を狙うかだよなぁ)」


 ダンマギに出てくる精霊の数は、無印だけでもおよそ数百種類。その中から自分の記憶を頼りに目的に合致した精霊を見つけるというのは、相当な難作業だ。

 獲得条件は? 強さの程度は? 定めるべきゴール地点はどこにある?

 強ければ良いというものではないし、扱えれば良いというものでもない。

 必要なのは目的に沿った精霊そとづけ。その点を見定めなければ話にならない。

 大変な作業だが、死ぬ気で考えろきょういちろう。今の俺に出来るのは頭を回すことだけなんだ。手を抜くな。妥協するな。諦めるな。

 考えろ考えろ考えろ!



 そうして悩んで悩んで悩み抜いた末に、俺は自室のメモ帳に以下の文章を書き記した。



『必要なもの:エリクサーの入手できるダンジョンをクリア出来る程度の力を持った精霊の存在。

姉さんの呪いを解呪できるレベルの精霊であればなお良し。

大前提として、今の俺でも入手できる容易性を含むものとする』



 書き終えて改めて読み直してみると、都合の良いことしか書いていない。

 超強くて、おまけに簡単に手に入る精霊────そんな都合の良い存在がいたら、それはまさしくチートだろう。


「(チート。インチキ。大いに結構。姉さんの命が助かるならその程度のとうなんざでもねぇよ)」


 しかしそんな都合の良い存在が、そう簡単に存在するわけもないもんなぁ。

 あぁ、もう! チートでもなんでもいいから姉さんの命を救ってくれよ。頼むから────。


「……いや、待てよ」


 そこで俺はふと気づく。

 姉さん。そう、姉さんだ。

 ダンマギにおいて姉さんは必ず死ぬ。

 主人公達にられて旅立つか孤独に死ぬかという違いはあるけれど、みずふみの死は決してくつがえらないものであり、だからこそ救いがなかったのだ。

 制作会社はどうして姉さんをこんな目に合わせたかったのか? むなくそわるくて仕方がないが考えられる理由は二つある。

 一つは物語を盛り上げる為。

 姉さんの死は、その後の主人公達の考え方に大きな影響を及ぼすことになるからだ。

 みずふみのイベントを経験した主人公達は、その後事あるごとに姉さんを思い出しては、嘆き悲しみ、戦う為の決意を固めていく。


 ────あの人のような犠牲をこれ以上出さない為に。

 ────ふみさん、どうか天国で俺達のことを見守っていて下さい。


 大層ご立派なことを言っていた気がするが、要するに姉さんはその死によって主人公達を精神的に成長させる役割を負ったのだ。

 これが姉さんが死んだ第一の理由。

 俺も当時は、落涙しながらプレイしていたが、こんなもん『当事者』からしてみれば理不尽以外の何物でもない。

 主人公達を成長させる為の死? そんなゴミみたいな理由でどうして姉さんが犠牲にならねばならんのだ?

 ……まぁいい。大事なのはこの先だ。

 姉さんの死が主人公達を成長させる物語的な意義があったのは間違いない。

 だけど、それだけじゃないのだ。

 みずふみの死は、ゲームの進行面においても意義があるものとして描かれている。

 イベントの最終盤、死の床に伏せる姉さんは、最後の力を振り絞って主人公にあるアイテムを託す。



『神様に花を供えて下さい。私にはもう、出来そうにありませんので』



 それは今ではすたれてしまった古い神社のけいだいの鍵であり、主人公は姉さんの死後、言われた場所に花を供える。

 良いシーンだよな。俺も感動したよ。今となっては最低の演出としか思えないがな!

 けれどこの神社、後にとんでもない事実が発覚する。

 信仰が廃れ、さびれてしまった神社の境内の奥には、なんと裏ボスが眠っていたのである。

 その事実が判明するのはラスボスを倒したクリア後のこと。

 全てのダンジョンを踏破し、各種やり込み要素を全て究めたプレイヤーのみが入手することが出来る《ちょうこくの古文書》というアイテムがあるのだが、そこに書かれた文言を、例の境内で読みあげるとアラ不思議! そこにはなんと裏ボスが眠っていましたとさ、めでたしめでたし。

 ……いや、鬼か! ちっともめでたくねぇよ! 何テメェら姉さんの形見カギ使って裏ボスと戦ってんの? ていうか制作会社も姉さんの死を裏ボス解放の条件にしてんじゃねぇよ! ○ねっ!


「(でもなぁ、悔しいけどこの設定使んだよなぁ)」


 そう、この吐き気を催すような鬼畜展開は、裏を返せば付け入る隙でもあるのだ。

 何せ裏ボスのイベントを発生させる為の前提条件キーフラグは、突き詰めてしまえば、たったの二つだけ。すなわ


①神社の境内の鍵を手に入れる。

②超克の古文書の内容を読みあげる。


 分かるかい? ラスボスを倒す義務も、全ダンジョンを踏破する必要も、直接的には〝ない〟んだよ。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影