■第二話 最強の裏ボスに会いに行く ②

 そしてこの二つの条件、俺ならば簡単にクリアすることが出来る。

 神社の境内の鍵は本来の持ち主である姉さんから借りれば良いし、古文書の内容は俺のギャルゲー脳にしっかりと刻み込まれているから必要なし。

 問題はなのだが、何、大丈夫さ。ゲームで培ってきた知識と俺の命を一つか二つ賭ければ理論上は可能なはずなんだ。


「(やってやる。絶対に攻略してやるぞ、裏ボス様よぉ)」


 無茶であることは百も承知の上。

 しかしそれでも俺が裏ボスに会おうと決めたのは、『彼女』であれば、姉さんの呪いを何とか出来ると思ったからである。

 自分でもどうしてここまで必死になれたのかは、分からない。だけど一つの事実として、その日俺は徹夜した。徹夜で裏ボスの攻略法を考え抜いたのである。



 翌日、姉さんから境内の鍵を借りた俺は、眠たい目を擦りながら早速神社へと向かったんだ。

 スマホの地図アプリと姉さんが用意してくれた案内図のお陰で、やしろまでは驚くほどスムーズに辿たどくことが出来た。


「(しかしあの『桜花』の街を自転車で駆け回ることが出来る日が来るなんて、夢にも思わなかったな)」


 桜舞う道。建ち並ぶ近代的な建物。パッと見は都市部に見えなくもないんだが、所々に高層ビル大の巨木があったりして、見ていて本当に飽きない。

 四角いビルのはざきつりつする桜の。いや、違う。ビルのあいだに樹があるんじゃなくて、桜の樹を中心として街の区画が作られているんだ。

 しかも一個や二個じゃない。ざっと見ただけでも百以上の巨大樹と、それに従う鉄筋の建物達の姿が見て取れる。

 自然との調和と呼ぶには、あまりにもいびつな景色ではあるけれど、それでも、街に降り注ぐ桜の雨はあまりにもれい


「(ダンマギの世界に来たんだなぁ、俺)」


 そんなことをしみじみと嚙みしめながら走っていると、いつの間にか目的地へと辿り着いていた。

 今では信仰の廃れてしまった古い神社。

 かつてみず家の遠い祖先が運営していた社なんだが、今では神職に就く者もおらず、お袋から鍵を受け取った姉さんが定期的に掃除に来る程度の寂れ具合。

 いや、普通はこんなところに裏ボスがいるとは思えないよな。

 姉さんからもらった鍵を使い、境内へ向かう扉を開けてみる。

 がちゃり、と小気味よい音が聞こえて錠が外れた。


「(行くか)」


 リュックサックの中から懐中電灯を取り出し、そのまま薄暗い境内の中をまっすぐ進む。

 いかにも何かが出そうな雰囲気の暗がりだが、特に何かと鉢合わせることもなく俺は目的地へと辿り着いた。


「(ここだな)」


 懐中電灯の光が闇の中心を照らす。

 そこにちんしていたのは一体の御神体だった。

 広い空間に、たった一体だけ置かれた少女の仏像。

 けっの構えで静かに座する姿はとても美しく、同時にはかなさを感じさせる。

 信仰の廃れた古い社に祭られた一体の神像。

 この像の前で古文書の言葉を説けば裏ボスへの道につながるはずなのだが……。


「とりあえず、やってみるか」


 俺は記憶の中に眠る古文書の言葉を唱えた。



「万象照らすあまみこと

 ひかりくまなき時のとばり

 くし亡くされ無きぬれば

 いざや導け因果の果てへ」



 決して長くはないその中二ポエムを詠み終えた俺は、かたを飲んで神像の様子を見守った。

 多分合っているはずだ。というか合ってないと全部パァだ。


「(頼む裏ボス。どうか俺の声に答えてくれ)」


 俺は祈った。ひたすらに祈った。

 異世界に来て早々に神頼みとか格好悪過ぎるよな。

 でも今の俺にはこれしかないんだ。

 倫理とか美徳とかそんな強いこだわりをもって生きられるほど凶一郎オレは強くないんだよ。



「万象照らす天つ命の

 光隈なき時の帳

 失くし亡くされ無きぬれば

 いざや導け因果の果てへ

 万象照らす天つ命の

 光隈なき時の帳

 失くし亡くされ無きぬれば

 いざや導け因果の果てへ

 万象照らす天つ命の

 光隈なき時の帳

 失くし亡くされ無きぬれば

 いざや導け因果の果てへ……!」



 すがるような気持ちで古文書の言葉を復唱し続ける。

 出てきてくれ最強の精霊よ。俺達にはお前の力が必要なんだ。

 どうか姉さんを(ついでに俺を)助けてくれ!



『起動プロトコルを確認/生体認証クリア/みずのDNAを検知/位相テクスチャーの書き換えを完了/これより四次元領域への移行を開始致します』



 暗闇の中に響き渡る無機質な声。それと同時に目の前の神像がまばゆい光を放ち始めた。

 あぁ、これだ。これを待っていた。

 光なき社に差し込む輝き、感情を感じさせない電子の言葉。

 これぞまさしく────


「裏ボスのイベントだ!」


 白い光に包まれる社の中心で、一人せわしなくガッツポーズを決める。そして────



◆ダンジョン都市桜花・第????番ダンジョン『おんりん



 目覚めると、そこにはが広がっていた。

 白い天井に、大理石の床。中央に備えつけられた巨大なせん階段は、計四つ。上の階には踊り場と扉が幾つかあって、……あぁやっぱりあったな〝巨大時計〟。

 深い感慨と変な興奮、そして一際強く輝く確信の念が、俺の頭の中で一斉に歓喜のダンスを踊り始める。


「(────裏ボスのダンジョンだ!)」


 ゲーム時代、軽く数百回は訪れた場所だ。忘れるはずもない。ここは間違いなく裏ボスのダンジョンである。

 すげぇ、俺チュートリアルの中ボスなのに裏ボス様のダンジョンに入っちゃったよ。何このミスマッチ。場違い過ぎて逆にエモいんだけど。


「(……ってバカ! 感傷に耽ってる場合か!)」


 吹き抜け構造の建物の二階中央に設置された巨大な掛け時計。十二時ジャストの頂点部分で短針と重なり合っていた長針がゆっくりと十一時ひだり側に後退していく瞬間を、俺の瞳は確かに捉えていた。

 反時計回りに進む長針。頂点に座したまま歩まぬ短針。ゲーム時代の仕様通りならば、あの長針君が静止した短針ちゃんと再び巡り合った時────要するに一時間以内に『ある場所』まで辿り着かなければ進行不能ゲームオーバーになっちまう。


「(チャンスはこの一回だけ。ここでしくじったら多分、俺は二度と裏ボスに会うことが出来ない)」


 緊張と不安に震える身体を必死になだめながら、俺は全速力で手前右の螺旋階段を駆け上った。


「(マップ1の正解は三階右奥の扉!)」


 頭のナビゲート通りに身体を動かし、一分もかからない内に目的の場所へと辿り着いた俺はすぐに白亜色のドアノブを回して次のステージへと入り込んだ。

 裏ボスのダンジョンは、いわゆる「ワープ形式」のダンジョンである。

 これは〝正解のルートを踏まないとスタート地点に戻される〟っていうゲームだと結構見る系のネタの一つなんだが、実に意地の悪いことに、このダンジョンには一エリアごとに合計十二通りの選択肢が用意されている。

 加えてそのエリア自体も十二個(プラス裏ボスの間)に分かれているってんだから、さぁ、大変!

 選択肢が十二通りもあり、正解のルート以外は全部アウトな糞アミダを、一時間以内に十二回連続で成功させないとゲームオーバーとか、控えめに言っても無理ゲーである。

 ────しかもさ、ここ、ちゃんと〝敵〟も出てくるのよ。



「(……いるな。えいが)」


 正解のルートを辿り、無事二番目のエリアへと移った俺の前に現れたのは、赤いじゅうたんと白塗りの壁に囲まれた美術館風の部屋と、純白のよろいかぶとに身を包んだ二メートル大の鎧騎士達。

 がしゃりがしゃりと音を立てながら機械的に持ち場をグルグル回り続ける彼らは、当然ながら見つかると戦闘になる。

 裏ボスダンジョンのシンボルエネミーとチュートリアルの中ボスが戦ったら、当然勝つのは前者だろう。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影