■第三話 始原の終末装置ヒミングレーヴァ・アルビオン ②

 どうやら信じてくれる気になったみたいだ。ありがとう『レーヴァテイン』、苦労してお前を手に入れたがあったよ。


「疑問。しかし、その上で当知性体は幾つかの点において貴方に問いかけたい事項がございます。よろしいですか?」

「構わない。何でも聞いてくれ」


 俺は彼女の要望を二つ返事で快諾した。

 質問があるということは多少なりとも興味があるってことだ。

 悪くない。いや、とても良い兆候だ。

 心にともったわずかな希望の光を頼りにして、裏ボス様から発せられる質問を静かに待つ。


「問答。貴方に問います。当知性体が貴方と契約することによって得られるメリットをお答え下さい」


 しかし白い少女の口から発せられたのは、いきなり最高難度の問いかけだった。

 最強の裏ボスが最弱の中ボスに力を貸すメリット。

 普通に考えればそんなものは絶無である。

 糞雑魚きょういちろうの手札に彼女をきつける交渉カードなんてあるわけがない。

 あぁ、そんなことは百も承知さ。分かっているとも。


「オーケー」


 それを加味した上で、俺は不敵に笑って見せた。

 そう。俺はきょういちろうであってきょういちろうではない。

 自分のことをダンマギやり込みゲーマー転生者と認識しているちょっとヤバいきょういちろうだ。


「俺の頭の中にはこの世界の攻略法ともいうべき貴重な情報が山ほど詰まっている。そしてこのデータを提供すれば、アンタ『達』の願いをかなえる一助になるんじゃないのか」


 ヒミングレーヴァの纏う空気が変わる。白い世界を覆う空気が明らかに息苦しいものへと転じた。


「その反応。少しは俺の話のしんぴょうせいを理解してくれたようだな。安心してくれ。噓やハッタリなんかじゃない。俺は真実、知っているんだよ」


 警戒されないよう最大限言葉を選びつつ、努めて明るい声で純白の美少女に交渉のカードを切っていく。

 背中を伝う嫌な汗。もしかしなくてもここが交渉の山場だろう。


「アンタ達の願い。つまり」


 一旦、そこで言葉を切る。息を吸い、ゆっくり吐いて、それから頭に『喋りの地図』を描いた。


「(大丈夫だ。俺なら出来る。絶対絶対に、出来るから)」


 そうして心の準備を整えた俺は、最強の裏ボスに、その言葉ネタバレを告げたのだ。


「つまり全アルテマとの対面を、俺は契約の対価として支払おう」


 アルテマ。それはダンマギの世界における最強格の精霊カテゴリーの総称である。

 下級ロー中級ミドル上級ハイ超常級パラノ亜神級デミス真神級ジン、そして超神級アルテマ。七つあるクラス(実際は亜神級デミスが四階級に細分化されているので十クラスと呼ぶのが正しいのだが、まぁさておき)の最上位に位置する彼らを端的な言葉で言い表すと「神さえ超えた何かである」という表現が個人的には一番しっくりくる。

 全てのドラゴンを統べし龍王、太古より暗躍する宇宙的恐怖の化身、時空間を自在に操る時の管理者────どいつもこいつもおしなべてイカれた性能と設定を引っさげた超次元集団であり、全シリーズを通して最低でもラスボス格としてプレイヤーの前に立ちはだかるエンドコンテンツの代名詞的存在。

 そんなアルテマ達なのだが、恐るべきことにこれでもまだ不完全サナギ状態であるということが判明している。



『一つだけ言えることは、彼らは互いに出会うことでより力を増すということです。……うーん、力を増すというのは少し語弊があるかもしれないな。完成に近づく、と言った方が分かりやすいかもしれない。そう、アルテマってあれでもまだ不完全な状態なんですよ』



 ダンマギのプロデューサーが、かつてとあるオフラインイベントで話してくれた言葉だ。

 アルテマは不完全な状態であり、互いに出会うことで完成へと近づくという公式の見解に、当時の我々は、大きく沸いた。

 まだ見ぬ完全状態を夢想した神絵師達の二次創作絵がインターネットを駆け巡り、それを徹夜して追いかけていたあの日々は、今思い出すだけでも胸が熱くなってくる。あぁ、懐かしきビューティフル・オタクデイズ。ずっと灰色の日々だとばかり思っていたけれど、アレはアレで本当に楽しかったんだよなぁ。

 ……すまない。ちょっとばかしノスタルジックな方向に話がれちまったな。閑話休題。メリットの話に戻ろうか。

 さて、今この場において重要な事柄は主に三つだ。


 その①作中のアルテマは不完全な状態である。

 その②アルテマは互いに相対することでより完成に近づく。

 その③俺は全てのアルテマの居場所と出現条件を知っている。


 それらを踏まえた上で、俺が彼女に提示できるメリットは────


「────だから女神様、もしも姉さんが治った暁には、アンタの完成をサポートすることを約束する。優秀な契約者の見積もり、出現条件を満たす為の援助、もちろん肝心のアルテマの情報だって全部アンタに渡す。これが俺に力を貸すメリット。一人の人間を救うに足るだけの対価は必ず払う」

「…………」


 俺のプレゼンを聞いたヒミングレーヴァの反応は、沈黙であった。

 真白の世界を支配する不気味な静けさ。

 無関心、というわけではないだろう。封印を解き、アルテマの秘密を口にした男を目前に何も感じないなどということはあり得まい。

 疑念、もしくは情報の吟味ってところか? 下手に割って入って心象を悪くするのは避けたいところなのでここは大人しく黙っておこう。


「把握/好奇/疑問。貴方の提示した条件について、当知性体は少なくない興味を持ったということを報告致します。しかし同時に新たな問題点が検出されました」

「何か聞きたいことがある、という認識でいいのかな?」

「肯定/問答。当知性体は貴方に問います」


 白の少女の白銀色の瞳が、俺の瞳のなかを捉える。

 よどみのない宝石のような目から感じられるのは、一切の噓や誤魔化しを認めないというそんな意志だった。


「貴方がみずふみを助けなければならない理由をお答え下さい」


 何を当たり前のことをと喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


「……姉さんの弟だからって理由じゃ納得しないよな」

「肯定/不可解。みずきょういちろうみずふみの弟ではありますが、貴方はきょういちろうの身体を借りている赤の他人に過ぎません。自らの命を賭してまで彼女を助けようとする貴方の行動は、生物的とは呼べません」


 ヒミングレーヴァの反論は、極めて的を射たものだった。

 要するにこの裏ボスは、こう言いたいのだ。

 昨日、みずふみの姉弟となったばかりの俺が弟面して命懸けの交渉に臨む筋合いなんてないだろう、と。

 全く。その問いは反則だろう。

 異世界転生モノのお約束としてその辺はなぁなぁにしておいてくれるとありがたかったんだけどなぁ。

 とはいえ。かれた以上は答えなければならない。

 これは交渉だ。相手を納得させなければ欲しいものは得られない。


「……そうだな。ざっと思いつく限り三つある」


 俺は右の人差し指から薬指までを上空に突き出しながら言葉を返す。


「一つは確認の為だ。さっき語った通り、みずきょういちろうは遠くない未来で馬鹿やって死ぬ。それが覆せない運命なのかどうかは分からない。だから姉さんで確認するんだ」


 努めてドライに言い放つ。

 そう。ダンマギ本編においてみず姉弟は必ず死ぬ運命にある。

 その死に様にこそ差はあれど、みずの命脈が尽きるという悲劇的結末は全ルート共通のものである。

 そうまでして俺達が死ななければならない理由は、恐らく目の前のこいつが原因だろう。

 ヒミングレーヴァ・アルビオン。世界最強の精霊群アルテマの一角にして、みず家と深い関わりを持つ無印の裏ボス。

刊行シリーズ

チュートリアルが始まる前に5 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に4 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に3 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に2 ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影
チュートリアルが始まる前に ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事の書影