■第三話 始原の終末装置ヒミングレーヴァ・アルビオン ③
メタ的な視点で見れば、俺達は主人公とこいつを戦わせるイベントを発現させる為に死ぬようなものだ。
というか
父と母は、数年前の落盤事故で他界。
祖父母は父方母方共に亡くなっていて、唯一縁のある叔母(昨日姉さんから話を聞いてピンときたんだ)も本編中のあるイベントで帰らぬ人となり、俺達姉弟に至っては言わずもがな。
……うん。もうね。呪われ過ぎだろ
確かに
でも、だったらその設定そのものを変えれば良かったじゃんか!
ヒミングレーヴァ辺りの設定をちょっと
高々裏ボスと戦わせる為だけに一つの家系を根絶やしにしてんじゃねぇよ糞が!
……あぁ、すまん。また話が逸れちまったな。兎に角さ分かって欲しいのは、俺と姉さんは共に死ぬ運命にあるってことなのよ。
ってことはだ。裏を返せばどちらか一方の運命を覆すことが出来れば……
「要約。つまり
「そ。だから俺にもちゃんと明確な利があるんだよ」
「……」
白色の少女は無言の
続きを述べろ、ということなのだろう。
「二つ目は極めて個人的な理由になるが……俺はこの世界を愛している」
精霊大戦ダンジョンマギア。それは誇張でもなんでもなく俺の人生を変えたゲームだ。
俺が初めてプレイしたギャルゲーであり、そして
それがダンマギだ。
当時、色々あって塞ぎ込んでいた俺を救ってくれたのもダンマギ。
オタク趣味の素晴らしさを教えてくれたのもダンマギ。
同好の士と出会い、好きなものを共有する楽しさを教えてくれたのもダンマギだ。
そんな世界に転生して。
大好きだったキャラクターと
おまけに手料理までご
向こうの世界で早くに両親を亡くした俺にとって、姉さんのハンバーグは涙が出るほど温かくて、美味しかった。
憧れていた世界の大好きだったキャラに手料理を振る舞われたんだ。
それはオタクにとって一宿一飯の恩どころの話ではないんだよ。
「オタクって人種は異常なほど
それを愚かだと笑う奴もいるだろう。気持ち悪いと見下されることもあるだろう。
あぁ、そうさ。愚かだとも。常識なんか糞喰らえ、趣味に人生かけて何が悪い。
低俗? 幼稚? 幾らでも
「見ず知らずの他人じゃないんだ。大好きな作品の愛すべきキャラなんだ。その人が今、命の危機にさらされているんだぞ。ここで立ち上がらなきゃ、俺は自分を許せない」
オタクに費用対効果なんて理屈は通用しない。
たかがデータとか、ただの布切れとか、そんな賢い理屈で俺達が活動していると思ったら大間違いだ。
「おまけにオタクはチョロいからな。推しの手料理一つで命賭ける馬鹿がいたとしてもおかしくない」
「
「もちろん」
心底から宣言する。
チョロくて愚かなオタク野郎。俺はこんな自分が誇らしいよ。
「だが、
間髪を入れずに俺は三つ目の理由を口にする。
「結論から言うとだな、この決断は俺だけのもんじゃない。姉さんを助けたいという意志は、この身体の持ち主の意志でもあるんだ」
初代ダンマギのヒャッハー系糞雑魚イキり中ボスという嚙ませ犬にすらなれないやられ役。
大半のプレイヤーにとってこいつはただのネタキャラであり、かく言う俺もその程度の認識に過ぎなかった。
だけどこうして俺が
恐らく、
呪いによって日に日に衰弱していく実の姉。
そんな彼女をなんとかして救おうと、彼は彼なりに奮闘したのだろう。
チュートリアル中の主人公に手も足も出ずにやられる程度の実力しかない男が、それでも
そして奴が脈絡なく主人公達に襲いかかった理由も今ならなんとなく分かる。
プレイヤーにとっては突発的な出来事でも、
『ひゃっはぁあああああああああああああっ! オレ様の
彼が主人公達を襲ったのは、主人公の隣にいた聖女が目的だったんじゃないか?
ひれ伏す。つまり降伏の勧告だ。
聖女のいる主人公パーティーを襲い、無理やり従わせてまで彼がやりたかったこと。
……状況を鑑みれば、答えは一つしかない。
あいつはきっと、聖女の持つ回復チート能力を借りて、姉さんを治そうとしたんだ。
「今俺の中に、どれだけアイツが残っているかは分からない。だけどこれが、この気持ちが俺だけのものではないってことだけは断言できる」
言いながら俺は自分の心の内から湧き上がる衝動の正体を理解した。
あのヴィゾフニルとの戦いの時、恐怖に
幾ら俺が筋金入りのダンマギオタクだったとしても、昨日知り合った推しの為にいきなり命を投げ出せるかといったら、それは恐らく否なのだ。
姉を助けたい、と今も俺の中の誰かが力強く叫んでいる。
知識だけじゃ勝てなかった。想いだけじゃ辿り着けなかった。
「どうしてこんなことになったのかは分からない。だけどこうして
確認と憧れと衝動。
端的にまとめれば取るに足らない当たり前の動機ばかり。
けれど、どんな偉業だって突き詰めればその始まりは当たり前の感情からだろう?
だから異常だと非難される
生きたくて、助けたくて、叶えたい。
そんな当たり前の積み重ねが今俺をこの場に立たせているのだという自覚を胸に、俺は裏ボスに向けて言い放つ。
「もう一度改めて言わせて欲しい。ヒミングレーヴァ、どうか俺達に力を貸して欲しい。お前の力が必要なんだ」
下げる頭の角度は、折り目正しく四十五度。
無力な俺に出来るありったけの礼を尽くして返答を待つこと数秒、彼女の涼やかな声音が白い空間に響き渡った。
「了解。ここに覚悟と意志は示されました。当知性体は貴方を暫定的な契約者として承諾します」
驚きと歓喜の気持ちが同時に湧き上がる。



