第3話 命賭けの対価 ②
アキラはアルファの説明を聞いて、命を賭けてここまで来た価値はあったのだと納得した。そしてそこから逆に思い付く。
「……あれ? そうすると、俺が昨日探していた辺りには、もう本当に大したものは残っていなかったってことか?」
『あの辺の遺物はもう取り尽くされているわ。アキラのような子供でも遺物収集に行ける場所に、今も高価な遺物がたっぷり残っているのなら、大勢のハンターで
「……確かにそうだな」
昨日の自分は命を賭けて徒労を続けていた。アキラはそう思ってしまい、今更ながらに疲労感を覚えていた。
「頑張って遺跡に行けば高値の遺物が見付かると思っていたけど、無謀だったか」
少し気落ちしているアキラに、アルファが励ますように微笑みかける。
『その無謀のおかげで私と出会えたのだから、命を賭けて遺跡に行った価値は十分に有ったと思うわよ? それがどれだけ幸運なことなのかは、これからの日々でたっぷり実感できるわ。期待していなさい』
アキラが気を取り直したように軽く笑う。
「そうだな。期待してる」
『任せなさい』
アルファは自信満々の笑顔を返した。
正確には、遺跡の外周部には安値の遺物ならば、探せばそれなりに見付かる程度には残っていた。それらはそこらのハンターにとっては見向きもしない価値しかないが、スラム街の子供の基準ならば十分高価な物だ。
つまり、アキラはそこまで徒労をしていた訳ではない。そして、アルファはそれを分かった上で、アキラを意図的に遺跡の奥に案内していた。
◆
遺跡を訪れるのはハンターだけではない。企業も巨費を投じて遺跡に部隊を送り込んでいる。他にも多くの者達が、時に助け合い、時に殺し合いながら、遺物収集を続けている。この遺跡は割に合わない。そこを訪れる全ての者がそう判断するまで。
それでも割に合わないと判断する基準は各自で異なっている。
まずは企業が手を引く。企業の私兵は運用に多額の資金を投じているだけあって、装備も実力も非常に高い水準にある。それにより、人員損失時の損害も非常に高額になる。現在の技術では再現不可能な旧世界製の生産装置など、極めて入手困難であり企業間で武力込みの争奪戦になる類いの遺物以外では、早々に見切りを付けて手を引く。普通の遺物はハンター達から金で買えば済むからだ。企業など潤沢な資金を保持する組織は、金で買えるのであれば金で済ませる。
次に一般的なハンターが手を引く。持ち帰る遺物から得られる報酬とモンスターの脅威を冷静に分析し、利害を天秤に掛けて、十分余裕を持って引き上げる。
そして最後に実力者と無能が手を引く。その実力でぎりぎりまでモンスターを撃退し続けて遺物収集を続ける者と、欲にかられて引き時を誤り死んでいく者だ。
こうして、遺跡から高価な遺物が減り続け、代わりに死体が積み上がり続ける。そして見付かる遺物の量と積み上がった死体の量から、この遺跡は割に合わないと全ての者から判断された時、遺跡はようやく寂れていくのだ。
アキラが探索している廃墟には、かなり高額な遺物が少なからず残っていた。それはこの場所が、しっかりと武装したハンター達であっても割に合わないと引き上げた危険地帯である証拠だ。
アキラは本来なら絶対に辿り着けない強力なモンスターがはびこる領域に足を踏み入れていた。
もっともアキラには遺物の価値など分からない。アルファの指示に従ってそれらしい物を紙袋に詰めていく。この紙袋もここで見付けた物だ。事前に用意した袋は遺物の重量に耐え切れずに破けてしまった。
持ち帰る遺物を詰め込んだ紙袋を、アキラは少し不安な表情で見ていた。紙製の買物袋はかなり薄く、頑丈そうにはとても見えない。
「……都市に帰るまでに、破れたりしないよな?」
『大丈夫よ。この紙袋も旧世界製。つまり旧世界の遺物よ。見た目より頑丈だから心配無いわ』
「なるほど。旧世界の技術か。凄いな」
アキラが今度は袋の中を見る。中にはアルファが厳選した遺物が詰め込まれている。
厳選の基準には、アキラのような子供でも持ち運べる物という内容が入っている。その為、どれも小物ばかりだ。
アキラは何となくそこからナイフを取り出して手に取った。ナイフはそこらの露点に並んでいても不思議の無い普通の形状だ。鞘から出すと、丸められている刃が現れる。全く切れそうに見えない。
「……このナイフも旧世界製、なんだよな? 何か凄かったりするのか? 全然そうは見えないけど」
『それなりに切れる製品のはずよ。安全装置は付いているけれど、一応下手に触らないで』
「分かった」
アキラがナイフを袋に仕舞う。袋にはまだ詰め込めるだけの空きが残っており、そこまで重くもなかった。
「……まだ入るよな。もう少し持って帰らないか?」
折角ここまで来たのだ。出来れば限界まで持って帰りたい。そのアキラの未練に対して、アルファが真面目な表情で首を横に振る。
『駄目。それが限界よ。帰りにモンスターと遭遇したらそれを持って逃げないといけないの。荷物が
アキラも命は惜しい。そしてアルファの指示には出来るだけ従おうと決めている。残念に思いながらも、しっかりと頷いて未練を切り捨てた。
「……分かった。それで、これ、全部で幾らぐらいになるんだ?」
『それは私にもちょっと分からないわ。遺物の買取額も需要に応じて変動するしね。それと、全部売る訳ではないわ。ナイフは自分用に残しておきなさい。医療品も売らない方が良いわ。ちょっとした
「そうすると、売れる遺物は更に減るのか……」
『必要経費よ。我慢しなさい』
「……分かった」
アキラは売れる遺物が大分減ったことを少し残念に思いながらも、これでも今の自分には大成果だと思い直して気を切り替えた。
『それじゃあ、帰りましょうか。帰りも大変だと思うけれど、十分注意してね』
「ああ。分かってる」
『あのモンスターの警備地域を、今度はそこそこ重い荷物を持って通るの。荷物の所為で動きが鈍って見付かったりしたら、今度こそ木っ端微塵になるかもしれないわ。本当に注意してね?』
アルファがそう言って意味有りげに微笑むと、アキラが顔を引きつらせる。
「だ、大丈夫だ」
『じゃあ、出発ね』
アキラが再度緊張した様子でアルファの後に続く。アルファは楽しげに笑っていた。
アキラは何とか遺跡の外まで戻ってきた。ここはまだ荒野であり十分危険な場所だ。
しかし見えないモンスターがうろついている遺跡の中と比べれば格段に安全であるのも事実だ。まだ生還したとは呼べない段階だが、それでも無意識に区切りを付けて緊張を緩めてしまう。その所為で緊張で忘れていた心身の疲れを思い出し、大きく息を吐いていた。
アルファがその様子を気遣うように微笑んで声を掛ける。
『疲れたのならしばらく休む? 周囲の警戒は私がするから安心して良いわよ』
「そうだな。でも俺も早めに都市まで戻りたいから、少しだけにする」
『分かったわ。じゃあその間は雑談でもしましょうか』
雑談といってもスラム街の路地裏を一人で生き抜いてきたアキラに話の種など無い。基本的にアルファが話し、アキラが
『そういえば知っている? あのクガマヤマ都市は元々このクズスハラ街遺跡を攻略する為に作られたのよ?』
「へー。そうなんだ。詳しいんだな」
『私はこれでも結構物知りなのよ。まあ東部の情報が中心で、西部や中央部の情報はさっぱりだけれどね』
「西部か……。俺もよく知らないけど、人外魔境だって話は聞いたことがある」
『私もよくは知らないのよね。科学技術とかが全く発展していないとか、魔法使いがいるとか、眉唾の話をちょっと知っているぐらいよ』
「中央部は、確か、国家……だったか? 何かそう呼ばれている組織がたくさん有るんだっけ?」



