第3話 命賭けの対価 ③
『そうらしいわ。その中央部より東側を東部と呼ぶの。東部統治企業連盟、通称統企連の支配地域のことを指すこともあるわ。アキラは中央部とかに興味があるの?』
「いや、そんなのより東部の一般常識とかを先に知りたい。俺はまだ文字も読めないんだ」
『分かったわ。読み書きの他に、その辺の一般教養もアキラの訓練に加えておくわね。任せておきなさい』
「そ、そうか。ありがとう」
『どう致しまして』
アルファの至れり尽くせりの申し出に、アキラは感謝しながらも少し怖くなった。無料の代償は高く付く。その手の思考が染み付いているからだ。
アルファはそのアキラに優しく微笑んでいる。誰よりも、アルファ自身の目的の為に。
◆
クガマヤマ都市まで戻ってきたアキラは、早速ハンターオフィス運営の買取所に向かった。
この手の買取所は都市の防壁の内外に複数存在している。そして立地によって利用者が大きく異なる。防壁内の買取所は一流のハンター達を主な顧客にしている。持ち込まれる遺物も相応に貴重なものばかりで、時には企業が争奪戦を繰り広げて買取価格を上げていく。
アキラが向かったのは下位区画の買取所だ。それもスラム街に近い立地で、利用者も駆け出しハンターやスラム街の住人などが大半の、買取所の格としては最低に近い店舗だ。
その為、そこには本来は遺物専用の買取所であるにもかかわらず、安値の遺物どころか遺物ですらない品も持ち込まれていた。そしていつの間にか遺物以外でも基本的に安値ではあるが買い取るようになり、スラム街の住人達の貴重な収入源になっていた。
アキラは買取所に入ると、売却する遺物を紙袋から出して買取用のトレーに載せる。そしてトレーを持って窓口の列に並んで順番を待った。アルファの助言通り、ナイフと医療品は売らずに残す。
窓口の職員はノジマという中年の男だ。ノジマは、アキラの格好を見てスラム街の子供だと判断し、それ相応の対応をしようとした。だがトレーに載っている遺物を見て対応を切り替える。買取品がスラム街で拾えるような品ではないことに気付いたのだ。
「ハンター証があるなら出せ」
アキラが紙切れのような自分のハンター証を提示すると、ノジマはそれを受け取り、手元の端末を操作した後で、三枚の硬貨と一緒に返却した。買取品はトレーごとノジマの後ろの棚に置かれた。
アキラがその三枚の硬貨を見る。100オーラム硬貨が三枚で、300オーラムだ。
オーラムとは
300オーラムの価値は人それぞれだ。クガマヤマ都市の下位区画の一般人ならば、安めの食事の一食分だ。上位区域の住人にとってはコップ一杯の水の代金にもならない
危険な遺跡で命を賭けた成果。巨大なモンスターに襲われて危うく死にかけたが、アルファのサポートのおかげで辛うじて生き長らえて、本来なら絶対に到達できない場所から持ち帰った遺物の代金。それが今アキラの
アキラは非常に不満そうな表情で掌の300オーラムを見ていた。そして湧き上がった感情のままに、険しい顔で顔を上げる。するとその反応を見越していたノジマと目が合った。
アキラが自分でもよく分からない何かを口に出そうとする前に、ノジマが真面目な表情で
「お前にもいろいろ言いたいことが有るんだろうが、ハンターランク1、信用無し、実績ゼロのハンターの、初回の買取代金は300オーラム固定だ。得体の知れないゴミクズ同然かもしれない何かに、調べもせずに300オーラムも支払ってくれることをむしろ感謝しろ」
アキラはその言い分を理解はした。一定の納得もした。だがそれでもその表情は険しい。完全には納得できないからだ。だが同時に抗議しても無駄だということも理解していた。
ノジマがそのアキラの様子を見ながら続ける。
「買取品の査定が終わるのは早くても明日だ。査定が終わったら次回の買取時に残りの金額を支払う。査定金額が300オーラムを下回ったら、逆にそっちに払ってもらう。高値で売れるものを持ってきた自信があるのなら、また何か売りに来い。本人確認はハンター証で行う。ハンター証を無くしたら信用も実績も一からやり直しだと思え。以上だ。質問は?」
アキラが何とか口を開く。
「……明日、また来れば良いのか?」
「査定が終わっていればの話だ。高価な遺物ほど査定に時間が掛かる。査定が終わっていても、次回の買取品が無い場合も駄目だ。ちゃんと何か持ってこい。前回分の支払いは、次回の買取品をこっちに渡した後だ」
ノジマの態度は厳しいものだったが、そこにはわずかではあるがアキラを気遣うようなものが含まれていた。
アキラのような子供がハンターを目指して、何とか遺物を持ち帰って買取所に来るのはそう珍しいことではない。ノジマはそういう子供を数多く見ている。だが2度目の買取に来る者は少数だ。それはハンターとして生きるのを諦めたか、死んだかのどちらかだ。10回目の買い取りに来る者などほんの一握りだ。
「今日お前がどれだけ無茶をしたかは知らん。だがな、ハンター稼業で食っていくのなら、その無茶をこれからずっと続けていくことになるんだ。この程度のことで心が折れたんだったら、もうやめとけ。死ぬぞ」
アキラが真剣な表情で答える。
「嫌だ。命賭けなのはスラム街だって同じだ。俺は這い上がる。絶対にだ」
覚悟を決めた人間は相応の強さを得る。そしてその強さが生き残る可能性を引き上げる。ノジマはアキラの言葉に確かな決意を感じて軽く笑った。
「そうか。まあ、気を付けな」
こいつは大丈夫かもしれない。ノジマはそう思ってわずかに機嫌を良くした。
アキラが買取所の外で掌の300オーラムをじっと見ている。一度は割り切った。だがそれでも思うところは有る。少し気落ちした心を吐き出すように溜め息を吐き、遺跡で命を賭けた対価を懐に仕舞った。
アルファがアキラを励ますように笑う。
『大丈夫。対価の残りを受け取るのが少し遅れるだけよ。期待して待っていなさい』
アキラは気を取り直し、表情を引き締めて深く頷いた。
「……そうだな。そうだ。これぐらいで
少々無理矢理に気力を取り戻すと、その意気に乗って次の計画を立てる。
「アルファ。明日また遺跡に行く。構わないか?」
『勿論よ』
アキラは寝床にしている裏路地に向かった。今日は早めに休み、万全の体調で明日の遺物収集に臨む。そう意気込んでいた。
だがその望みは叶わず、次の遺物収集は翌々日となった。裏路地でスラム街の住人に襲われたのだ。買取所に何かを持ち込んだ者なら金を持っていると踏んで買取所を見張っていた者達だった。
300オーラム。たったそれだけの金を奪う為に、命賭けで稼いだ金を奪われない為に、アキラと襲撃者達はスラム街の裏路地で殺し合った。
勝者はアキラ。だが腹に被弾した。普通なら十分に致命傷だ。
その命を繋いだのは、遺跡で手に入れた回復薬だった。その効果は劇的で、腹に被弾したのにもかかわらず、たった一日の休養を挟んだだけで、体調は万全になった。
自分はまだまだ遺跡どころかスラム街でも死にそうになる程度の者でしかない。アキラは改めてそう自覚した上で、それでも再び遺跡に向かう。ハンターとして成り上がる為に、ここで止まる訳にはいかない。そう決意を新たにした。



