第4話 旧世界の幽霊 ①
買取所で遺物を売り、裏路地で襲われ、一日休養を挟んだ次の日、アキラは再び訪れたクズスハラ街遺跡の中を慎重に進んでいた。今回は前回の
アルファはそのアキラの様子に、態度と動きの両方に満足して機嫌良く微笑んでいた。
『その様子なら、体は問題無いようね』
「ああ。よく分からないけどすこぶる調子が良いんだ。一日休んだだけなのに、撃たれる前より調子が良い。ちょっと怖いぐらいだ」
アキラの体調は非常に良かった。
前回の遺跡探索と同じように、瓦礫をよじ登るなど体に負担の掛かる動きもしているが、問題無く奥に進めている。先日撃たれたのが嘘のようだった。
アキラはそれを改めて自覚して不思議そうにしていた。するとアルファが何でもないことを教えるように話す。
『それは恐らく回復薬の効果よ』
「回復薬? 怪我があんなに早く治ったのには驚いたけど、撃たれる前より体調が良くなったのとも関係があるのか?」
『念の為に回復薬の用量をかなり増やしたから、恐らく銃創以外の怪我も一緒に治療されたのよ』
「あの撃たれたやつ以外に、怪我なんてしてなかったはずだぞ?」
ますます不思議そうにするアキラとは対照的に、アルファは変わらずに微笑んでいる。
『昨日、アキラから今までの生活の話をいろいろ聞いたでしょう? そこからの推察になるけれど、アキラの体には長年の過酷な生活でかなりの負担が掛かっていたのだと思うわ。それこそ、細胞単位でね』
「いや、確かに裏路地の生活はきついけど、それはちょっと
アキラが少し怪訝な顔を浮かべていると、アルファから長期の栄養失調等が身体にどれほど甚大な被害を与えるかなどについて説明された。その理解が進むにつれて、アキラの表情が複雑なものになっていく。
「……つまり、俺はある意味ずっと瀕死の状態だったってことか?」
アルファが少し得意げに微笑む。
『アキラが今まで普通だと思っていた状態は、実はそれほど酷い状態だった。まあ、そういうことよ。助かって良かったわね?』
アキラが少し顔をしかめる。自分が送っていた日々の酷さを改めて思い知ったこともあって、良かった、と軽く答えて済ませるには、少々難しい複雑な感情が胸中に湧いていた。
だがそれらの気持ちに取り敢えず蓋をする。今は気持ちの整理をするような状況ではない。そう理由を付けて、熟考して気付いてしまえば山ほどの疑念、不信、
アキラは遺跡の中を順調に進んでいた。少なくともアキラ自身はそう思っていた。モンスターとの遭遇も無い。アルファの指示も普通の内容で、どこかに潜んでいる大量のモンスターの間を搔い
指示にしっかり従っていれば大丈夫だろうという考えもアキラに安心感を与えていた。それは緊張を和らげ、危険な遺跡の中を移動している最中だというのに、思考を周辺の警戒以外のことに振り分ける余裕さえ生み出した。
その余裕が、実は結構気になっていたことに対して、遺跡探索の最中だからと閉ざしていた口を開かせる。
「アルファ。ちょっと聞いても良いか?」
『良いわよ。何でも聞いて』
「何でそんな格好をしてるんだ?」
アルファの服装は過剰なまでにフリルで装飾された純白のドレスだ。両袖と下半身が
『あら、そんなに似合わない? それとも、着替えの催促? こういう服はアキラの好みからそんなに外れているの?』
アルファが少し芝居がかった動きで軽く舞うように回り、美しくも挑発的に微笑んだ。何層にも積み重なった布地がその動作に併せて流れるように舞い、輝く長髪が一呼吸遅れて宙に弧を描く。素肌を晒す背中の代わりに、大胆に開いた胸元がアキラの前に現れた。
アキラはそのどう考えても遺跡探索には場違いなアルファの格好について尋ねたのだが、思わずその姿に見惚れた所為で当初の疑問を一時忘れてしまい、アルファからの問いに普通に答える。
「……いや、似合ってるとは思う。まあでも、俺の好みって話なら、俺はアルファと初めて会った時の格好の方が良いと思うけど……」
普段はまず見掛けない旧世界製の衣服が放つ独特の雰囲気や、アルファとの非常に印象深い出会いの衝撃などもあって、アキラはアルファが最初に着ていた服を結構気に入っていた。アルファがそれを分かった上で楽しげに笑う。
『初めて会った時の格好……、つまり全裸ね!』
次の瞬間、アルファの服が消失し、煌びやかな布地で隠されていた芸術的で魅惑的な裸体が、再び惜しげも無くアキラの眼前に晒される。途端にアキラが慌て始めた。
「違う! その後の服装だ! 服を消すな! 戻せ! 何でそんな全裸押しなんだ!?」
アルファが再びドレス姿に戻って軽く笑う。
『高精度な演算処理で綿密に計算して生成された私の裸体に興味が無いなんて、アキラは随分子供なのね。色気より食い気の年頃なの?』
アキラが少し意地になって少々強がる。
「そうだよ。間違いなく俺は子供だよ。
初めて会った時にアルファが全裸だったことには明確な理由があった。それならば、遺跡探索には全く似つかわしくない今の格好にも何らかの意味が有るのかもしれない。アキラはそう思って何となく尋ねただけだ。別にどうしても知りたい訳ではない。アルファが真面に取り合わないのならば、もう深く聞く気は
だがアルファからアキラをからかう態度が消える。微笑んではいるが、少し真面目に話し始める。
『私の姿は一種の拡張現実だって説明したわよね? 旧世界の施設にはその手の拡張情報を発信しているところも多いの。そして私はその送受信システムに介入して拡張情報を広域に発信しているわ』
アルファの様子を見て、アキラも真面目な態度になる。だが話の意図が分からず少し困惑していた。
『アキラはその情報を直接取得して私と会話までしているけれど、情報を取得できる装置さえ有れば、私の姿を見るぐらいのことは普通の人でもできるのよ』
そこまで言ってから、アルファが表情をもう少し真面目なものに変える。
『それで、前にも説明したと思うけれど、覚えている? ほら、私を認識できる人を効率良く探す為に、何らかの反応を得やすい格好をしていたって話よ』
「覚えてるけど、まだそれを続けて……」
アキラがそこで言葉を止める。そしてかなり険しい表情を浮かべた。
「……つまり、誰かに見られているのか? その装置を使っているやつが近くにいるのか?」
アキラの返答と同時に、アルファの表情から笑顔が消えた。
『ええ。絶対に振り返っては駄目よ。ずっとアキラを尾行しているわ。後ろの方から結構距離を取って、今もアキラを見ているわ』
アキラの表情が一気に険しくなる。アルファの表情は状況の深刻さをアキラに分かりやすく伝えていた。
◆
アキラ達の後方の大分離れた場所から、アキラの様子を探る男達がいた。カヒモとハッヒャという二人組のハンターだ。
カヒモ達がクズスハラ街遺跡の外周部しかうろつけないような駆け出しハンターではないことは、その装備を含めた風貌からも明らかだ。
ハッヒャは体の一部を機械化しており、頭部の両目がカメラのようになっていた。カヒモは生身だが荒野用の武装をしっかりと揃えていた。
カヒモは双眼鏡で、ハッヒャはカメラのようになっている両目、その望遠機能で、素人には絶対に気付かれない距離からアキラを観察していた。
カヒモが怪訝な顔を浮かべる。
「あのガキ、随分奥まで行くんだな。あんな手ぶら同然の装備で遺跡の奥に行くなんて自殺と変わらん。何を考えてるんだ?」
ハッヒャがカヒモの疑念を笑って流す。



