第4話 旧世界の幽霊 ②
「何も考えてない馬鹿ってだけさ。そういう馬鹿だから常識に
カヒモが少し不機嫌な声を出す。
「おい、口を割る前に誤って殺したら不味いって、俺を止めたのはてめえだろうが」
ハッヒャが緊張感に欠ける様子で軽く笑ってカヒモを
「そう言うなよ。あんなガキが遺跡のここまで奥に行くとは思わなかったんだ。お前だって外周部のどこか、その辺の廃ビルとかだと思ってたんだろ?」
「まあな。スラム街のガキが一人で遺跡のこんな奥から生還するとは普通は思わねえ。この辺はもう結構危険だ。もう少し奥なら俺達だって危ない」
「だろう? そんなに怒るなよ」
カヒモ達は興味本位でアキラを観察している訳ではない。ろくに武装もしていないスラム街の子供が、買取所に高値の遺物を持ち込んだ。その話を聞き付けてのことだった。
クズスハラ街遺跡の外周部には金になる遺物はもう残っていない。それがこの辺りのハンター達の共通認識だ。だが絶対に無いと思っている訳でもない。瓦礫で埋もれた場所の中などに、大量の遺物が眠っている可能性が残っているからだ。
倉庫に続く通路が何らかの理由で塞がれていたが、モンスターの攻撃の余波などで偶然通路に穴が開いて入れるようになった。非常に見付けにくい場所にあるビルの出入口を誰かが偶然見付けた。その手の事例は数多く報告されている。当然だが、誰もが自分で探すのは割に合わないと判断する程度の
その手の発見が起きると、既に寂れた遺跡に大勢のハンターが再び群がることも多い。発見者が一度では持ち帰れないほどに大量の遺物が残っていれば、残りは当然ながら早い者勝ちになる。その為その手の情報に網を張っている者はそれなりにいた。カヒモ達もそうだった。
スラム街の子供が高額な遺物を買取所に持ち込み、その金を巡って殺し合いも起こった。その情報を得たカヒモ達は内容を精査した上でその話を信じた。つまりスラム街の子供でも行ける場所に高値の遺物が有ると判断した。
更にその場所をクズスハラ街遺跡の外周部だと断定した。ただのスラム街の子供が生還できそうな遺跡など、クガマヤマ都市の周辺にはそこしかないからだ。
その子供が遺跡のどこかで偶然遺物を見付けたのなら、発見場所が倉庫か何かで他にも遺物が大量に残っているのなら、近い内にまた同じ場所へ行くだろう。そう判断したカヒモ達はその遺物を横取りする為に動き出した。そして遺跡で待ち伏せしてそれらしい子供を探し、アキラを見付けたのだ。
カヒモはアキラを捕まえて場所を吐かせるつもりだった。だが戦闘になりうっかり殺してしまうのは不味いとハッヒャに止められたので、アキラの
「ハッヒャ。やっぱり今からでも力尽くで口を割らせようぜ。相手はろくに武装もしていないガキ一人なんだ。うっかり殺さないように注意すればいい。お前も手っ取り早い方が良いだろう?」
ハッヒャから返事は返ってこなかった。カヒモが怪訝な顔をする。
「おい、どうかしたのか?」
ハッヒャがようやく呟くような声を出す。
「……ガキが一人だけ……なんだよな?」
「一人だけだろ? 他にどっかに隠れているようには見えねえぞ」
カヒモが不思議に思い、愛用の双眼鏡で再度アキラの近辺を見渡した。
この双眼鏡はなかなかに高性能で、かなり遠方でも高い解像度で鮮明に見ることができる。また真夜中でも映像を昼間のように補正する機能や、不可視光線を識別して簡単な光学迷彩を見破る機能も付いている。更に人やモンスターなどの姿を識別して強調表示する機能まで備わっている。
これだけ高性能な双眼鏡になると、遺跡が発信している拡張現実の情報を取得して追加表示するネットワーク機能も付いている製品も多い。だがこの双眼鏡には付いていない。
カヒモは過去に機械系モンスターからそれらの機能を逆に利用された経験があった。それで普通なら見えるはずの敵の姿を映像処理で消されてしまい危なく死ぬところだった。その手痛い経験から今は全てローカルで処理する双眼鏡を愛用していた。
「いねえよ。周囲にモンスターの姿も無い。あのガキだけだ」
ハッヒャが表情を歪めて少し言いにくそうに答える。
「あー、えーとな、先に言っておくが、俺は薬とかはやっていないし、酔ってもいない。お前をからかうつもりも無い」
「だから何だ。さっきから何か変だぞ?」
「……あのガキの側に、女が見えるんだ」
「女?」
カヒモが怪訝な様子で再度確認する。だがそれらしい者は見えなかった。
「いや、いない。やっぱりガキだけだ。女の姿なんかねえぞ」
ハッヒャは少し顔色を悪くしている。
「……お前には見えないのか? 俺には見えるんだよ。
「それならその女の格好を言ってみろ。詳しくだ。どんな格好だ?」
「……高そうな白いドレスを着てる」
「ドレス? ここをどこだと思ってるんだ? 遺跡の中だぞ?」
カヒモが敢えて疑い深く尋ねると、ハッヒャが冷静さを失ったように声を荒らげる。
「本当だ! 嘘じゃねえ! 酔っ払ってる訳でもねえ! 幻覚でもねえ! 俺だって遺跡に行く時は流石に酒も薬も抜いてるって!」
カヒモはそのハッヒャの態度から嘘は吐いていないと判断する。しかし自分には見えないことも事実であり、怪訝な様子を強くした。そしてしばらく思案し、その
「ハッヒャ。お前の両目のパーツは確か拡張機能付きだったよな?」
「ああ。高い金を出して改造したって自慢してた野郎のパーツを移植したやつだ。ネットワーク機能を何度も自慢してたっていうのに、遺跡であっさりくたばった野郎のだ。結構高性能で便利なんだが、たまに勝手に情報を受信して、俺の視界にいろいろ拡張表示するのが難点だ」
「正規商品以外のパーツに手を出すからだ。どうせそれも、どこかの遺跡でくたばったやつから剝がされたものをそいつが買ったんだろう。そいつがくたばった理由も、突然の機能障害とかで視界がおかしくなった所為だろうな」
「うるせえな。改造費とか安かったんだ。良いじゃねえか。遺物を探す時に便利なんだよ。ただ、制御装置があいつの頭と一緒に吹っ飛んだから、機能の切り替えが上手く出来ないんだよな。制御装置を追加するのにも金が掛かるから、その辺は後回しにしてるけどな。何で急にそんなことを聞くんだ?」
カヒモが表情を真面目なものに変える。
「その女は遺跡の道案内機能かもな。俺には見えないがお前には見えるってことは、立体映像ではなく視界を拡張表示して追加するタイプだ。遺跡の一部の機能が生き残っていて拡張情報を発信しているのかもしれない。それでお前のパーツが変な情報を取得したのかもな。所謂旧世界の幽霊ってやつだ」
ハッヒャが驚きながらアルファの姿を再度注意深く確認する。
「……あれが? 本物にしか見えねえぞ? あの女には影だってちゃんと有る。あの格好以外に不自然な箇所は無い。視界に拡張表示されるものは、大抵現実と何らかの差異があるんだ。影が無かったり、伸びる方向が変だったり、壁を突き破っていたり、そういう不自然さが有るんだ。あれにはそれが全く無いぞ。不自然なところはこんな場所でドレスを着てるってことだけだ。……いや、それだけで凄え変だけどさ」
カヒモの真面目な態度が無ければ、ハッヒャはその話を冗談だと思って笑って流していた。アルファの姿にはそれだけの現実感が存在していた。
カヒモが真面目な態度で続ける。
「その女がクズスハラ街遺跡の道案内機能の一部なら、旧世界の技術で表示されていることになる。その手の不自然さや違和感を覚えさせないぐらいに高い技術で描画されているんだろうな」
「……そうか。あれが旧世界の幽霊ってやつなのか。初めて見た。凄えな」



