第4話 旧世界の幽霊 ③
ハッヒャは興味深そうな視線をアルファに向けていた。自分にしか見えない女がいるという不気味さは、相棒がその話を信じたことと、更に自分でも納得できる理由が添えられたことで、そのまま強い興味に変わっていた。
カヒモがそこに付け込んで何かを思い出したように話を続ける。
「……そういえば、クズスハラ街遺跡には怪談が有ったな。誘う亡霊……だったか」
「それ、俺も知ってるぞ。遺物を餌にしてハンターを遺跡の奥に誘い込んで殺す幽霊の話だろ? 多くのハンターが誘われて、生きて帰ってきたやつはいないって話だ。死んだハンターが仲間を求めて、生きているハンターを誘い込むんだ。最近は老若男女どころか、犬やら猫やらいろんな姿で誘ってくるんだってな」
カヒモは軽く頷いて肯定を示した後、話の主導権を握るような表情と口調で続ける。
「遺物収集に来て遺跡でくたばるなんてのは、ハンターの死に方じゃ普通だ。そこで重要なのは、生きて帰ってきたやつがいないのに、何でそんな怪談になるか、だな」
「……そういえば、何でだ?」
「答えは、付いていかなかったやつがいるってことだ。亡霊が見えたやつだけが付いていった。見えなかったやつは付いていかなかったってことだな。亡霊は誰にでも見える訳じゃない。見えるやつと見えないやつがいて、そいつらの間で話が食い違ったりして詳細を確認できないからこそ怪談になるんだ」
ハッヒャが少し怯え出す。自分達はアキラを追うことで、まさにその亡霊の後を追っているからだ。
「じゃ、じゃあ、あの女に付いていったら俺達も死んじまうのか?」
そこでカヒモが意味深に笑う。
「……こうも考えられる。あのガキが金になる遺物を見付けられたのはなぜか? それはお前のようにあの女が見えているからだ。あの女は旧世界の都市管理機能の一部で、今もある程度機能していて、自分を見えるやつに対して道案内をしている。あのガキは遺物が有りそうな場所を女に聞いた。そして女の案内のおかげでモンスターにも発見されずに安全に遺物が残っている場所を見付け出せた。どうだ? こういう考えもありじゃないか?」
カヒモの期待を
「そうか! ……いや、でも女の道案内で死なずに済むのなら、あんな怪談にはならないんじゃないか?」
ハッヒャは一度は喜んだもののすぐに怪訝な顔を浮かべた。そこにカヒモが諭すように続ける。
「女の案内があってもモンスターに見付かる可能性が低くなるだけで、見付かる時は見付かるんだろう。加えて、あの女の道案内機能を知ったハンターが、他のやつに遺物を取られないように、女に付いていったら死ぬっていう
ハッヒャはカヒモの説明に納得すると、非常に嬉しそうに笑った。
「そういうことか! それなら付いていっても問題ないな! あのガキだって生きて帰ってきた訳だし、注意すれば死ぬことはない!」
「俺の予測が合っている保証は無い。だが合っていれば、効率良く遺物を探し出せる手段が手に入る。まあでも、死人有りの噂だ。危険ではある」
カヒモはハッヒャを落ち着かせようとしたが、ハッヒャは興奮を抑え切れなかった。遺跡での安全と、高価な遺物。その両方を容易く得られる手段が手に入るかもしれないのだ。その価値を理解できないハンターなどいない。
「大丈夫だろ? 心配性だな! こんなチャンスは見逃せねえよ!」
「まあ、もう少し様子を見ようぜ」
カヒモが冷静な目でハッヒャを見ながら考える。
(……その手段を独占する為にチーム内で殺し合った。生き残ったやつが、仲間が死んだ理由を亡霊の所為にした。当然、亡霊を見えるやつがだ。その可能性も十分に有る。まあこの馬鹿なら、適当な理由を付けて俺の前を歩かせておけば問題無いか……)
カヒモは自身の考えをハッヒャに悟られないように注意しながらアキラの監視を再開した。
◆
自分をずっとつけている者達がいる。今も背後から距離を取ってこっちを見ている。アルファからそう教えられたアキラは、思わず顔を険しくした。
「アルファ。そいつらは、どんなやつなんだ?」
『男が二人。装備から判断するとハンターよ。しっかり武装しているわ』
「……勘違いとか、そういう可能性は無いのか? 別に俺の後をつけている訳じゃなくて、遺跡で子供を見掛けたからちょっと気になって見ているだけとか、たまたま移動方向が同じだっただけとか……」
『無いわ。それらの可能性を考慮してしばらく彼らの行動を観察していたけれど、間違いなくアキラを尾行しているわ。わざとしばらく立ち止まって見たりしたけれど、それでも一定の距離を保ち続けているの。明確にアキラを尾行しているわ』
アキラが顔を歪めながらも、まだ残っている希望的観測を続けて口にする。
「……何で俺なんかの後をつける必要があるんだ? 俺を襲うつもりだとしても、俺に金なんか無いことぐらい見れば分かるだろう?」
その問いは、だから違っていてほしい、という希望の表れだ。それを分かった上で、アルファがアキラに現実を直視させる。
『何らかの方法でアキラが遺物を買取所に持ち込んだのを知ったのかもしれないわ。簡単に殺せそうな人物が高価な遺物を持ち込むのを、買取所で見張っていたのかもしれない。或いは買取所の人間から獲物の情報を買ったのかもしれないわね』
希望的観測が現実的で悲観的な推測で塗り潰されるたびに、アキラの表情が険しくなっていく。
『アキラを尾行する理由は、遺物が有りそうな場所まで案内させる、ついでに殺して遺物も奪う、そんなところでしょうね。敵である理由は幾らでも考えられるわ。少なくとも、敵ではない理由よりも多くね』
そしてアルファは表情を一段と真剣なものに変えた。
『アキラ。敵として対処しないと、死ぬわよ?』
それでアキラも頭から楽観視をようやく排除した。大きな溜め息を吐き、表情を更に険しくする。
「……クソッ! 今度はハンターかよ!」
遺跡探索の初日は巨大なウェポンドッグ。次は更に巨大な機械系モンスター。そして今度はハンターだ。アキラは思わず頭を抱えた。
『アキラ。取り敢えずあのビルの中に入って。なるべく自然にね。向こうを見ないように注意して』
「分かった」
アキラは指示通りに注意して廃ビルの中に入っていく。そしてアルファの案内でビルの一室に到着すると、壁を背にして座り込んだ。その顔は一段と厳しいものになっている。
『このビルにモンスターはいないから安心して良いわよ』
「……。ああ」
アキラの返事には焦りが満ちていた。しっかり武装したハンターの強さはアキラもよく知っていた。そしてその者が強盗に変わった場合の
どう戦えば良いかいろいろ考えてはみたが、良い考えは全く思い付かなかった。思い付いた方法で戦った結果を想像すると、過程の違いはあれど、全て無惨に殺される結果で終わっていた。どの戦い方でも勝ち目など全く無かった。
『アキラ』
その少し強めの呼び掛けに応じてアキラが顔を上げると、アルファが眼前まで顔を近付けていた。驚いて
驚きと痛みが引いていくのと一緒に、我に返ったアキラは落ち着きをそれなりに取り戻した。微妙に焦点が合っていなかった目も、今はアルファをしっかりと見ている。アルファはそれを確認した上で、優しく力強く微笑んだ。
『しっかりしなさい。大丈夫。私がしっかりサポートするわ。アキラを死なせたりなんか絶対にしないわ』
アキラが驚きながらも希望を持つ。
「逃げられるのか?」
しかしアルファが続けた内容は、アキラの予想とは逆だった。



