第4話 旧世界の幽霊 ④
『逃げない。戦うの。返り討ちにするのよ』
アキラの顔に浮かんでいた期待が、途端に驚きと困惑で塗り潰された。
「そんなことが出来るのか!? 2対1で、しかも相手はしっかり武装したハンターなんだぞ!?」
アルファがアキラの不安を一掃する為に、余裕すら感じられる笑顔を浮かべて、自信に満ちた声を出す。
『その程度、大したことではないわ。アキラには私がいるのよ? 総合的な戦力なら私がいる分だけ寧ろ圧倒的にこちらが上よ。それにアキラは拳銃だけであんなに大きいウェポンドッグを倒したでしょう? アキラが私の指示通りに動いてさえくれれば、全く問題無いわ。大丈夫よ。安心しなさい』
「……そ、そうなのか?」
アキラはアルファの余りに当然のような態度に思わず納得しかけた。だが本来なら絶望的な戦力差から生まれる不安を消し去るには足りず、半信半疑の様子を見せていた。
「……いや、でも、モンスターと人間ではいろいろ違うだろうし、そこまで自信が有るのなら逃げられるだろう。それなら逃げた方が……」
弱気を見せるアキラに、アルファが少し厳しい表情を向ける。
『駄目よ。ビルの外では装備の射程の差で一方的に攻撃されるわ。荒野なら
アルファがアキラを真面目な表情で見詰める。アキラも目を逸らさずにいる。そのまましばらく無言で見詰め合う。やがてアキラが何かを悟ったように表情を引き締めた。そこには確かな覚悟が存在していた。
「……ここで逃げても、殺されるだけか。分かった。やるよ」
覚悟を決めたアキラが立ち上がる。その表情から先程の不安は完全に消えていた。アルファがアキラを更に勇気付けるように優しくも力強い笑顔を浮かべる。
『アキラ、覚悟を決めなさい。この程度のことも乗り越えられないようでは、凄いハンターになるなんて夢のまた夢よ?』
アキラが苦笑する。その表情にはどこか楽しげなものが有った。
「そうだった。意志とやる気と覚悟は、俺の担当だったな」
意志とやる気と覚悟は、俺が何とかする。アキラは以前、アルファの指示に逆らって死にかけた時、アルファに確かにそう告げた。
その言葉は嘘ではないと示さなければならない。それが出来ないのであれば、金も実力も無い自分がアルファに示せるものはもう本当に何も無くなってしまう。実績を、そして信頼を積み重ねると約束した言葉も、全て
意志を示し、やる気を出し、覚悟を決める。アキラは再度自身に強く言い聞かせた。
アルファが頼もしそうに微笑む。
『それ以外は私の担当ね。私の素晴らしいサポート能力をアキラに分かりやすく示す機会が来たようね。任せなさい』
「ああ。頼んだ」
そうしっかりと答えたアキラに、アルファは満足そうな笑顔を向けた。その後に余裕のある苦笑を
『……それにしても、その機会がこんなに早く来るとは私も思っていなかったわ。やっぱりアキラは私と出会って運を使い果たしたようね』
「……俺もそんな気がしてきた」
アキラも苦笑を返した。アルファが不敵に微笑みながら少し悩ましげな口調で続ける。
『安心して。アキラが支払った幸運以上に、私がしっかりアキラの世話を焼いてあげるわ』
「それはどうも。助かるよ」
アキラが軽口を返して軽く笑った。
『ええ。助けてあげるわ』
アルファも調子良く笑って答えた。
高度な演算から生み出された非常に魅力的なアルファの笑顔は、アキラを十分に落ち着かせて、気力を回復させて、そして戦う意志を取り戻させた。
全て、アルファの意図通りに。
◆
ビルに入っていくアキラの様子に、カヒモはわずかな違和感を覚えた。それは今までとはどこか様子が違うというわずかなものだが、自分には見えない者がいると知った以上、自然に疑いも深くなる。
「ガキが動いたな。ハッヒャ。女の様子はどうだ? あそこに入るように案内していた様子とかあったか?」
「ああ。あのビルを指差していたし、ガキを先導して一緒に中に入った。遺物はあの中かもな。どうする? 俺達も行くか?」
「……いや、しばらく待とう」
「いいのか? ガキを見失うんじゃないか?」
「ガキの顔は割れてるんだ。ここで見失っても多分スラム街を探せば見付かるだろう。問題無い。それより安全に行こう。ガキが生きてビルから出てくれば、あのビルは安全ってことだ」
「おいおい、随分慎重だな」
ハッヒャはアルファが見えていることもあり状況を楽観視していた。そしてこのチャンスを逃したくない一応でカヒモを
カヒモがハッヒャを軽く脅すように威圧する。
「嫌ならお前一人で突っ込めよ。亡霊が見えてるのはお前なんだ。怪談通りなら、死ぬのもお前だ」
「そう言うなよ。分かったって」
ハッヒャは軽く笑ってごまかした。
カヒモ達はその場でしばらくビルの監視を続けた。だが簡単な探索なら終わる時間が過ぎてもアキラはビルから出てこない。カヒモも怪訝な様子を見せ始める。
「出てこないな。あのガキ、死んだか? あるいは遺物をそんなに念入りに探してるのか?」
少しずつ不満を溜め続けていたハッヒャの我慢もそろそろ限界だった。
「なあカヒモ。好い加減、俺達もあのビルを調べようぜ。もしガキが死んでたら、ここで幾ら待っても出てこねえよ。これ以上は時間の無駄じゃねえか?」
「……そうするか。あの辺のモンスターはもう結構危険なんだ。高値の遺物が手に入りそうだからって、浮かれて油断なんかするんじゃねえぞ」
「分かってるって」
ハッヒャが少し浮かれ気味の様子で進んでいく。その様子を背後から見ていたカヒモは表情をわずかに険しくしていた。そこには、自分が釘を刺してもその態度、という不満を超えた懸念が浮かんでいた。
カヒモが廃ビルに入ってすぐに、出入口の側で立ち止まる。
「ハッヒャ。俺はガキと入れ違いにならないようにここで見張る。お前は中を捜索しろ。ガキや女を見付けたり、モンスターと遭遇したり、それ以外でも何かあったら連絡しろ。状況にかかわらず、1時間経ったら戻ってこい」
「分かった。ガキがいたらどうする? ここまで連れてきた方が良いか?」
「好きにしろ。あっさり殺しても良いし、
「分かってるって」
何度も念を押すカヒモに、ハッヒャは余裕の笑みを返した。そしてまだ少し浮かれ気味の様子でビルに入っていった。
カヒモがその様子を見ながら思う。
(悪いな。あのガキ込みで
カヒモはハッヒャを見送りながら薄ら笑いを浮かべた。
◆
二人のハンターに狙われているという危機的な状況に一度は戦意を失いかけたアキラだったが、アルファの叱咤と励ましにより戦意を取り戻し、覚悟を決めた。今は戦闘に備えて意識を調えている。その表情は険しく、真剣だ。
頭から逃げるという選択肢を排除して、敵を迎え撃つ為に集中する。顔に
既にアルファから作戦の概要を教えられている。後は適宜指示通りに動けば良いと、それで勝てると、自信に満ちた笑顔で言われている。



