第4話 旧世界の幽霊 ⑤

 アキラはそれを信じた。盲信ではない。過去にアルファの指示通りに動いて、拳銃だけでウェポンドッグを倒した事実を前提に、アルファを信じて信頼を積み重ねると、自身で口に出した言葉に従ったのだ。


『アキラ。彼らがビルに入ったわ。片方が出入口を確保して、もう片方がビル内を捜索するようね。向こうはアキラを殺す気よ。だからこちらも遠慮無くいきましょう』

「……。分かった」


 どうやってそれを知ったのか。アキラはそれが少し気になったが、すぐに余計な思考だと切り捨てた。余計な思考で余計な真似をすれば、指示通りに動けなくなる。死ぬ確率が飛躍的に上昇する。だから作戦通りに、指示通りに、出来る限り素早く的確に動く。今はそれだけ考えれば良い。そう心に決めて、集中する。

 アルファがアキラの意気を上げる為に、不敵に、そして挑発的に微笑む。


『始めるわ。準備は良い?』

「ああ」


 アキラはしっかりと頷いた。その顔には不安も怯えも全く浮かんでいない。全て覚悟で押し潰した。

 アルファが満足げに笑う。そして事前の作戦通りにアキラの視界から姿を消した。続けてアキラも息を大きく吸って気合いを入れると、表情にその覚悟を示して作戦の場所へ走り出した。



 ビル内を警戒しながら探索していたハッヒャが表情を変える。通路の先にドレス姿の女性を見付けたのだ。アルファだ。

 そしてその姿が通路の奥に消えていくのを見て、思わず追い掛けようとする。だがカヒモから念入りに釘を刺されたこともあり、何とかおもとどまると通信機で連絡を取る。


「カヒモ。今、あの女を見付けた」

「ガキも一緒か?」

「いや、女だけだ。通路の先にいた。今から追い掛ける」

「ガキが近くにいるかもしれない。注意しろ」

「分かってるって」


 ハッヒャがアルファを追って進んでいく。だが一応アキラを警戒しながら進んでいる所為で、早足のアルファにはなかなか追い付けない。それでもアルファの後ろ姿を視界に入れ続ける程度の距離は保っていた。

 慎重に周囲を見渡して安全を確認し、アルファの後を追い、少し進んだ後にまた周囲を確認する。その繰り返しの中、ハッヒャの表情が徐々に緩んでいく。そしてその緩みに比例して警戒がおろそかになっていく。

 アルファの後ろ姿を見るたびに、その魅惑の姿に視線を向ける時間が増えていき、代わりに周囲の警戒に割く時間が減っていた。

 煌びやかな純白のドレス。ドレスの大胆に開いた背中の部分から見える柔らかな肌。艶やかに輝く髪。通路を曲がる時に見える誘惑的な胸と端麗な横顔。アルファの類い稀な美貌と、美しくも艶めかしい衣装の相乗効果が、ハッヒャの心を短時間で強くしんしょくしていく。

 その顔を、その肌を、もっと間近で見てみたい。ハッヒャはその思いを抑え切れず、無意識に警戒をおろそかにして足を速めていた。既にハッヒャの両目はアルファの誘うような背と尻を追う為だけに使われている。その顔が下劣に歪み切った頃には、もう周囲の警戒など完全に忘れていた。

 ハッヒャがようやくアルファに追い付いた。すると通路の脇で立ち止まっていたアルファに愛想良く笑いかけられる。その口元はハッヒャに話し掛けているように大きく動いていた。

 ハッヒャは話を聞き取ろうと耳を澄ました。しかし何も聞こえなかった。表情をわずかに怪訝なものに変えてアルファを見るが、アルファは変わらずに微笑んだまま口を動かし続けていた。

 不意にアルファが何かに気が付いたかのように横を向く。ハッヒャも釣られてそちらを見る。だがガラスの無い窓が見えるだけで、何の変哲も無かった。ハッヒャが表情をますます怪訝なものに変えた瞬間、突如銃声が響く。

 撃ったのはアキラだ。ハッヒャの後ろ側の通路、その陰から飛び出しての奇襲だった。

 その一発目がハッヒャの脇を素通りする。ハッヒャは視線をアルファに釣られた所為で反応できなかった。

 二発目はハッヒャの足下に着弾した。反撃しようとしたハッヒャが、対モンスター用の高威力の弾丸ではアキラを即死させてしまい、情報を引き出せなくなると撃つのを躊躇する。

 三発目がようやくハッヒャに着弾する。だが防御服に防がれて負傷は与えられない。ハッヒャもようやく反撃を開始する。弱いモンスターや対人用の低威力の弾丸を装填した銃で、アキラに向けて乱射する。銃声が反響して響き続け、無数の銃弾が床、壁、天井に着弾した。

 三発目を撃った直後にそこから離脱していたアキラは、辛うじてその弾幕から逃れていた。だが床には血痕が残っていた。

 ハッヒャはその血痕に気付いて笑うと、すぐに後を追おうとした。だがそこで通信機からカヒモの声が響き、思わず足を止める。


「ハッヒャ。何があった?」

「何でもねえよ。ガキを見付けたから撃っただけだ。逃げられたけどな」

「先に聞こえた銃声、お前のじゃねえよな?」

「いや、それは……、良いじゃねえか。気にするなよ」

「ちゃんと説明しろ!」


 ハッヒャが仕方無く事情を説明すると、カヒモが不機嫌な声を返してくる。


「女の尻を追っ掛けていたら奇襲を受けました、だと? てめえ、めてんのか?」

「い、いや、本当にそれぐらい凄え美人なんだって!」

「ふん、文字通り死ぬほど美人だって言いたいのか? 怪談になる訳だな」


 ハッヒャの焦りながらの言い訳を聞いても、カヒモは機嫌を戻さなかった。だがこのまま下らない会話を続けて時間を無駄にしても仕方無いと、気を切り替える。


「それで、女はまだそこにいるのか?」

「ああ、普通に立ってる。あと、何かしゃべってるように見えるが、声は全く聞こえない」

「お前の目の機能で取得できるのは映像だけで、音声データは拾えないんだろう。念の為に触れられるかどうか確認しろ。実在しているが俺には見えないだけかもしれない。光学迷彩機能を持つ自動人形が自律行動を続けていて、普通は見えない状態だが、お前はネットワーク経由でその姿を視認できてるって可能性もある。どうだ?」


 ハッヒャがアルファの胸に手を伸ばす。だがその豊満な胸からは何の感触も得られず、手が胸の表面を突き抜けて映像の中に潜り込んだだけだった。残念そうな顔でその結果を伝える。


「触れない。やっぱり映像だけだ。触れる距離にこんな良い胸があるのに実際には触れないなんて、ある意味拷問だな。……待てよ? これだけいい女なんだ。この映像だけでも金になるんじゃ……。俺には見えてるんだから、後は映像のバイパス出力を……」

「そんな話は後にしろ! お前、好い加減にしろよ?」


 カヒモの怒気にハッヒャが口をつぐむ。


「次だ。そいつに右手を挙げろと指示を出してみろ」


 ハッヒャが言われた通りにアルファに指示を出す。するとアルファは口を動かすのを止めて右手を挙げた。


「おっ? 言われた通りに右手を挙げたぞ?」

「次だ。俺と俺の近くにいる子供を除いて、俺に一番近い人間を指差せ。そう指示しろ」

「何だそりゃ?」

「良いからやれ!」

「わ、分かったって」


 ハッヒャが再び同じように指示を出すと、アルファは今度は斜め下の床を指差した。


「ハッヒャ。どうなった? そいつは俺がいる方向を差したか?」

「ちょっと待ってくれ。……オートマップのお前の位置がここで、俺の位置がここだから……、おお! ちゃんと差してる! 凄えな!」


 ハッヒャは軽く驚きながら単純に感心した。だがカヒモが怒声を返す。


「クソが!」

「ど、どうしたんだ?」

「罠だ! あのガキは俺達に気付いていた! 恐らくその女に、近くにいる自分以外の者を指差せとでも指示して俺達の存在を知った! その女も囮だ! ビル内を適当にうろつかせて、お前に見付かったら指定の場所まで移動するように指示を出した! ガキが敵を奇襲しやすい位置まで、その女でお前を誘ったんだよ!」


 ハッヒャも怒気を露わにして叫ぶ。


「あ、あのガキ! 舐めやがって! ぶっ殺してやる!」

「その女、多分遺跡の案内係か何かだ。お前の指示も聞くってことは、多分誰の指示でも聞く。そいつにガキの居場所まで案内させてガキを殺せ。援護が必要か?」

「大丈夫だ! あんなガキぐらい俺だけでぶっ殺せる! 武器は拳銃ぐらいで腕も素人みたいだしな!」

「気を付けろよ。あのガキが真面な銃と腕を持っていたら、さっきの奇襲でお前は死んでたんだぞ?」

刊行シリーズ

リビルドワールドIX〈上〉 生死の均衡の書影
リビルドワールドVIII〈下〉 偽アキラの書影
リビルドワールドVIII〈上〉 第3奥部の書影
リビルドワールドVII 超人の書影
リビルドワールドVI〈下〉 望みの果ての書影
リビルドワールドVI〈上〉 統治系管理人格の書影
リビルドワールドV 大規模抗争の書影
リビルドワールドIV 現世界と旧世界の闘争の書影
リビルドワールドIII〈下〉 賞金首討伐の誘いの書影
リビルドワールドIII〈上〉 埋もれた遺跡の書影
リビルドワールドII〈下〉 死後報復依頼プログラムの書影
リビルドワールドII〈上〉 旧領域接続者の書影
リビルドワールドI〈下〉 無理無茶無謀の書影
リビルドワールドI〈上〉 誘う亡霊の書影