第5話 アキラとシズカ ②
アキラが大分緩んでいる意識で声の方に顔を向ける。そこではアルファが一緒に湯船に浸かっていた。一糸纏わぬ姿でアキラの側に座り、湯の
無論、実体の無いアルファが湯に浸かれる訳が無い。アキラの視界内に自身の姿をそう表示しているだけだ。しかし高度な演算能力によるその描画は見事なもので、違和感など全く無い。湯の揺らめきと透過と反射まで計算して描画している。手を伸ばして触ろうとでもしない限り、そこに実在しているとしか思えない。魅惑の肉体を通り抜ける湯の波だけが、その美貌の主がそこには実在していないことを示していた。
アキラがぼんやりしながら答える。
「……最高だ。……何で裸なんだ?」
アルファがわずかに上気した顔で微笑む。
『服を着てお風呂には入らないでしょう?』
「……確かに」
アキラは納得したようにわずかに頷いて、それでアルファに対する反応を終えた。視線を前に戻して、そのままぼんやりと湯船に身を任せている。
アルファは表向きは変わらずに微笑みながら、アキラの反応に不満を覚えていた。
『アキラ。今の私の姿を見て、何か言うことはない?』
アキラは不思議そうに少し首を
「……? ……確か、……コンピュータグラフィックスとかいうやつで、……作りもの……何だっけ?」
『あっているわ。確かにそれであっているけれど、そういう話ではないわ。今の私の姿に対する思いとか、造形に対する感想とか、率直に思ったこととか、何かこう、あるでしょう?』
アキラが再度首を傾げてアルファを見る。そして纏まりのない意識の中で思案して、その結果を口に出す。
「……胸が、……大きい?」
アルファが苦笑いを浮かべる。
『確かにそういう話を、私の体に対する評価とか、好みとか、興味とか、そういうことを聞きたかったのだけれど……、今はどうでも良さそうね』
年頃の少年が視覚だけとはいえ全裸の美女と一緒に入浴している。それにもかかわらず、アキラの反応は酷く鈍い。アルファの豊満な胸にも、しっとりと
湯船に身を任せ、湯の感触と温もりの快楽を享受している今は、アルファの裸体など全く重要ではない。アキラの目はそう雄弁に語っていた。
アキラの意識が湯船に溶け切って深い眠りに誘われる前に、アルファが苦笑しながら注意する。
『そのまま寝ると溺れ死ぬわよ?』
「……こんなところで、……死んでたまるか」
『死にたくないのなら、お風呂から上がって、ちゃんと体を拭いて、服を着て、ベッドで寝なさい』
「……分かった」
アキラがふらつきながら立ち上がり、ゆっくりと浴槽から出る。そのまま風呂場を出て、体を拭き、備え付けの部屋着を着て、ベッドに倒れ込んだ。するとすぐに耐え切れない睡魔に襲われる。
『おやすみなさい』
「おや……すみ……」
いつものように優しく微笑むアルファに、アキラは睡魔に飲まれて消えかけている意識で辛うじて返事をした。そしてそのまま深い眠りに就いた。
翌日、アキラは日の出後、しばらく経ってから目を覚ました。普段の生活を基準にすれば盛大に寝過ごしている。溜まっていた疲労と路地裏の地面に比べて格段に柔らかなベッドの寝心地が、アキラをいつもの時間には目覚めさせなかった。
目を覚ました後も、いつもとは何かが違う感覚に困惑しながらも、その心地良さに流されて少しぼんやりしていた。するとアルファに笑顔で声を掛けられる。
『おはよう。アキラ。よく眠れたようね』
「……おはよう。アルファ。……? 待て! ここどこだ!?」
声を掛けられて意識がもう少しはっきりした途端、アキラは見知らぬ場所にいる驚きに飛び起きた。そして慌てて周囲を見渡した。路地裏ならば致命的な挙動の遅れだ。既に死んでいても不思議は無く、その分だけ慌てようも酷い。
アルファがアキラを落ち着かせようと優しい口調で答える。
『ここは昨日泊まった宿の部屋よ。忘れたの?』
アキラはそれでようやく昨日のことを思い出すと、警戒を解いて安堵の息を吐いた。
「……そうだった。宿に泊まったんだった」
アルファが冷蔵庫を指差す。
『取り敢えず、朝食にしたら? 今日は配給所に行く必要は無いわよ。ゆっくり出来るわね』
中身の食料品は宿代に含まれている。残しても返金など無い。並ばずとも手に入る食事に、アキラは少し上機嫌で朝食の準備を始めた。
冷凍食品を調理器具で温める。飲用水は冷えている。それだけで配給の食事とは別物だ。それを個室という自分だけの空間で、他者に奪われる危険など無い環境で食べる。その昨日までとはまるで違う食事を堪能すると自然に顔も緩んでくる。
(2万オーラムも払った
そのアキラの内心を読んだかのように、アルファが得意げに笑いかけてくる。
『ちゃんと宿に泊まって良かったでしょう?』
「……。ああ。良かった」
アキラの中の捻くれた部分が素直に答えるのをわずかに躊躇わせたが、これといった反論など思い浮かばず、感謝しているのも確かなので、逆に開き直ったような態度でしっかりと答えた。
その様子にアルファが満足げに笑う。アキラは妙な気恥ずかしさを覚えながら、そのまま食事を続けた。
◆
クガマヤマ都市は周辺に多数の遺跡がある関係で、多くのハンターの活動拠点となっている。下位区画にはそのハンター向けの店も多い。
その中にカートリッジフリークという
カートリッジフリークは店長のシズカが一人で切り盛りしている。適切な装備を勧めるなどの経営努力もあって、ここで初めて装備を調えた新米ハンターの中には、そのままここを
そしてその一部はしばらくすると二度と来なくなる。理由は大きく二つ。ハンターとして成長し、この店の品
シズカは結構な美人だ。自分を目当てに店に通う者がいることも分かっている。昨日口説いてきた男が、翌日遺跡で死んだと聞かされることも多い。商売上避けられないことであり、そこは割り切って商売を続けている。ただしハンターを恋人にはしないと決めていた。
今日もいつものようにカウンターで店内を眺めながら客を待つ。すると見覚えの無い顔が入店してきた。子供だ。一応ハンターに見える程度の武装はしているが、服はスラム街の住人にしては小奇麗という程度で、大して強そうにも見えない。外見の印象だけで判断すれば、真っ当な客として扱うべきかどうかは少々微妙なところだった。
子供は店内を珍しそうに見渡している。シズカはその様子をしばらく注意深く観察して、少なくとも展示品を盗みに来た不届き者ではなさそうだと判断すると、警戒を解いて表情を和らげた。
子供はアキラだった。アキラは店に入った後、しばらく陳列品を見ていてもスラム街のガキだと店から追い出されなかったことに安堵すると、じっくりと商品を見て回っていた。
店には多種多様な銃火器が丁寧に並べられている。値札の側にはカタログスペックも分かりやすく記載されている。だがその手の基本知識はおろか、そもそも読み書き自体が出来ず、真面に読めるのは数字ぐらいのアキラには、内容など全く分からなかった。
「……こっちとこっちは何が違うんだ? 値段だけか?」



