第5話 アキラとシズカ ③
素人目には同じ外見、だが値段だけが倍近く違う銃を見比べて、アキラは不安混じりの怪訝な顔で
アルファが優しく微笑んでアキラを落ち着かせる。
『いろいろ違うのよ。細かく説明しても良いけれど、その辺は後にしましょう。アキラには分からなくとも、私がちゃんと選ぶから安心しなさい』
「頼んだ」
アキラは本人ですら聞き取れるかどうか怪しい非常に小さな声で話している。それほどの小声でも、元々音では聞いていないアルファは内容を正確に認識している。そのおかげで店内で虚空と話す不審者になるのは免れていた。しかし無意識に視線をアルファに向けてしまっていた。
シズカがそのアキラの様子に気付いて首を傾げる。
(……誰もいない場所を見ている。誰かいる? 光学迷彩? でも私の店の中では無効化されているはず……。気の所為ね。目移りしているだけかしら)
店内には防犯契約を結んでいる民間警備会社から貸し出されている各種の防犯機材を設置している。熱光学迷彩の妨害装置もその一つだ。念の為にそちらの記録を確認したが、それらしい反応は記録されていなかった。それでシズカもそれ以上気にするのを止めた。
カウンターにやってきたアキラに、シズカが愛想の良い笑顔を向けて接客を始める。
「いらっしゃい。初めてのお客さんよね? カートリッジフリークへようこそ。私は店長のシズカよ。どんな御用かしら」
「AAH突撃銃と弾薬、整備ツールをセットでください。あと、買取もお願いします」
アキラはアルファに言われた通りに答えた後、カウンターに銃を置いた。遺跡でアキラを襲った二人組の装備品だ。
シズカはそれらの状態などを調べ終えると、助言を兼ねて一応確認を取る。
「買取品にAAH突撃銃も混ざっているけど、新品に買い換えるの? 確かに整備状態が随分悪いけど、わざわざ買い換えなくてもちゃんと整備し直せばまだまだ使えるわよ? それにこっちの銃はAAH突撃銃より高性能だけど本当に売って構わないの?」
黙って買い換えさせた方が店の売り上げになる。それを分かった上で助言するのはシズカの性分だ。
アルファが説明を兼ねて付け加える。
『大丈夫よ。買い換えて。銃本体の単純な性能よりも、アキラでも問題無く使用できることの方が重要だからね。AAH突撃銃の方も、これから訓練も兼ねて使い込むのだから、誰かの癖が付いているものより新品の方が良いわ』
「大丈夫です。買い換えをお願いします」
「分かったわ。それなら……、買取額と相殺して10万オーラムになります」
アキラは支払いを済ませた後、封筒内の残金を見て少し複雑な思いを抱いた。受け取った時に手が震えたほどの大金は、既に残り6万オーラムまで減ってしまった。20万オーラムは端金。その意味を実感して苦笑いを浮かべる。
シズカがカウンターに注文の品を置き、客への愛想と自分の店の商品への自信を笑顔に込めてアキラに向ける。
「こちらが御注文の品になります。良かったら商品の説明を聞いていく? 意外と中途半端な知識で使っている人も多いから、聞いておいて損は無いわよ。ちょうど暇だったし、たっぷり語ってあげるわ」
たとえそれが客向けのものであっても、自身に向けられた滅多に無い厚意を感じ取り、アキラは理由も自覚も出来ずにわずかに戸惑った。そして確かに興味のある話だからと内心で無自覚に言い訳して、その厚意に甘えることにした。
「えっと、お願いします」
「よし。AAH突撃銃は多くのハンター達に愛用されている傑作銃よ。東部で出回っている銃の中でも歴史が古くて……」
シズカは満足そうに笑って説明を始めた。大分暇だったことと、その手の話が好きだった分を合わせて、少し得意げに
AAH突撃銃は100年ほどの歴史を持つ名銃だ。発売当時に傑作と評価された設計を基本にして改修を続け、現在でも東部で広く製造販売されている。
セミオート、フルオートの切り替え機能付きで、狙撃時の命中率も高い。100年の運用を基にした改修で設計上の問題点がほぼ完全に解消されており、対モンスター用の銃としては比較的安価で、信頼性、整備性、耐久性に優れ、故障も少ない。その為、愛用者も多い。
製造企業が独自に機能拡張した製品も多く、愛用者が原形を留めないほどに改造したものも出回っている。今ではそれらの亜種も含めて、一
戦車や人型兵器、或いはそれらに比類する個人武装などでモンスターと戦うハンター達の中にも、何となく、通常の武装を全て失った場合の保険に、
シズカは満足げに説明を終えた。そこらのハンターなら普通に知っている話でも、アキラのように興味深く聞いてくれると、店主として話し甲斐があった。上機嫌で接客を続ける。
「他に何か必要な物はある? 例えば回復薬とかね。幾らあっても困る物ではないし、ちょっと荷物が増える程度のことは我慢して、過剰なぐらい持っていくのがお勧めよ。予備の弾薬を少し減らしてでもね」
アキラが少し意外そうな顔をする。
「そういうものなんですか? 弾は多過ぎるぐらいで良いと思うけど」
「回復薬を減らして弾薬の予備を増やすぐらいなら、むしろ早めに引き返す予定を立てた方が良いわ。感覚的には軽い負傷であっても、その負傷が命取りになるかもしれない。まだいける、よりは、もう危ない、って考えが大切よ」
アキラが少し考える。回復薬なら遺跡で手に入れたものが残っている。その効果から値段を推測し、手持ちでは買えないと結論付けて、自分でも買えそうで必要なものを思い浮かべる。
「それならハンター用の服とか有りますか?」
「防護服? 強化服? ごめんなさい。その手の商品は個人用のサイズ調整が必要になるものが多いから、基本的に私の店では取り扱っていないのよ。どうしても必要なら取り寄せぐらいはするけど……」
ハンター向けの店で服と言えば、基本的に戦闘服を意味する。耐刃、耐圧、防弾機能等を持つ防護服や、人工筋肉等で身体能力を上げる機能を持つ強化服などだ。少し申し訳無さそうなシズカの様子に、アキラが少し慌てて首を横に振る。
「あ、そうじゃなくて、その、丈夫で荷物を運びやすい服です。あとリュックとかも有れば……」
「ああ、そういうこと。……あれは確か子供用のサイズじゃなかったけど、調整すれば多分大丈夫か。ちょっと待っていて」
シズカが一度店の奥に行き、アキラの要望の品を持って戻ってきた。服とリュックサックだ。服は簡易装甲を貼り付ける種類の防護服だが、装甲は全く付いておらず、現状では少々頑丈な服でしかない。型落ち品で売り物にならず、リュックサックと一緒に倉庫で埃を被っていたものだった。
シズカにそれらの代金は先程の支払いに含めておく、つまり
「本当に良いんですか?」
「構わないわ。おまけみたいなものだしね。もし気が
「分かりました。いろいろありがとうございます」
愛想良く、そして優しく微笑むシズカに、アキラも少し顔をほころばせると、丁寧に頭を下げた。
帰っていくアキラを笑いながら軽く手を振って見送り、その姿が見えなくなった後で、シズカはその表情を少し心配そうに曇らせた。
「子供のハンターか。彼はいつまで生き延びられるのかしらね」
ハンター稼業はただでさえ死にやすい。子供ならば尚更だ。そして恐らくアキラには対モンスター用の銃を使った経験さえ無い。シズカは経験でそれを見抜いていた。
「出来れば常連になってもらいたいわ。本当に」
服とリュックサックは、すぐに死ぬかもしれないアキラへの、せめてもの手向けの品だった。



