第6話 信じる ①
宿に戻ったアキラがシズカの店で購入したAAH突撃銃を見て笑っている。ハンター用の装備をようやく手に入れたこともあって上機嫌だ。
モンスターとの交戦を前提に設計製造された銃は想像より重かった。その重みに、今後のハンター稼業で幾度となく繰り返すモンスターとの戦闘をわずかだが実感し、自分の命を預ける銃を真面目な顔で感慨深く握り締めた。
そのアキラの様子を見ていたアルファが少し真面目な顔で、相手の心情など全く考慮していないことを尋ねる。
『アキラはああいう女性が好みなの?』
「ああいう女性って?」
『その銃を買った店の店長のことよ。名前はシズカだったわね。アキラ、かなりデレデレしていたでしょう?』
アキラが少し不思議そうな顔を浮かべる。
「デレデレって……、普通に装備を買っただけだろう。確かに服とリュックをおまけしてもらって嬉しかったけどさ。でもその程度だろう?」
アルファが軽く追及するように食い下がる。
『いいえ、違ったわ。私には分かるわ』
「そう言われてもな」
アキラは別にごまかした訳ではなかった。感情としては淡く、自覚も無く、本当に分からなかったのだ。その為、わずかに困惑したような顔を浮かべただけで話を流した。
アルファにとってアキラの女性の好みは重要な情報だ。だが今は追求するだけ無駄だと判断し、話を切り上げる。
『まあ良いわ。銃も手に入れたことだし、その訓練も含めた今後の予定について話すわね。基本的に週一で遺跡探索、残りは全て訓練と勉強に割り当てるわ。もっと遺物収集の機会を増やして稼ぎたいとか思ったとしても、そこは文句を言わないでね』
「分かった」
『あら、随分素直ね』
先程の様子とは大分異なるアキラの反応に、アルファが少し意外そうな様子を見せた。するとアキラが真面目な表情で答える。
「その辺のことはアルファを信じるって決めたからな」
信じる。アキラは深く考えずにその言葉を口にした。だがそれはアルファには重要な意味を持つ言葉だった。
アルファが非常に真剣な表情を浮かべる。
『そう。それなら、これからのことで一番大切なことを早速始めるわ。アキラ。今からとても大事なことを話すから、真剣に聞いてね』
アキラも真剣な表情で頷く。過去にアルファがこの表情を浮かべた時は、自分に死の危険が迫っている場合ばかりだった。そう思うと軽い緊張を覚えて、態度も自然に真面目なものになる。
アルファもしっかりと頷き返した。その直後、その表情が急に酷く事務的なものに変わった。
アキラが少し怪訝な様子を見せる。
「アルファ?」
アルファはその呼び掛けに反応を示さず、浮かべている表情に見合った事務的な口調で話し始める。
『アキラに対するより高度なサポートを円滑に行う為に、事前の説明、承諾無しに多種多様な操作をアキラに対して実施してもよろしいですか? これにはレベル5個人情報の承諾無しでの取得及び活用が含まれます。説明内容に対する補足情報の取得は任意です』
アキラはアルファの様子と話の内容の両方に戸惑っていた。
「つまり……どういうこと?」
『口頭説明による規則内容及び個別概要の把握に要する推定時間は約120年になります。詳細内容認識までに要する時間は現状算出不可能です。優先提示項目の順位決定方法は条例認識算出手法A887による偏向回避法により規定されています。該当項目の口頭説明による規則内容及び個別概要の把握に要する推定時間は……』
「……えっと、意味がよく分からないんだけど、はい、って言っておけば良いのか?」
『概要に反しない詳細項目に対し、全て同意したものとみなされます。これには狭義の思考誘導、広義の自由意志干渉が含まれます。対象者の生命及び思想の保護は、自足自縛行動法213873条により生命及び思想の拘束と同義です。これには非該当地域での特殊協力者に対する規定の全てを含みます。同時に……』
アキラは説明の内容を全く理解できなかった。それでも何とか理解しようと、軽く混乱しながら途中で口を挟んで質問を繰り返す。だがアルファは事務的な態度を変えずに、より長く難解な説明を返してくる。その結果、アキラは説明の理解を諦めてしまった。
内容は分からないが、アルファは自分に何らかの許可を求めている。アルファの指示に逆らうと、死ぬ危険性が飛躍的に増す。アルファを信じて信頼を積み重ねると決めている。それらの判断、経験、決意から、アキラは悩んだ末に結論を出すと、真面目な表情を浮かべた。
「最初の質問に対する答えは、はい、だ」
『再確認します。アキラに対するより高度なサポートを円滑に行う為に、事前の説明、承諾無しに多種多様な操作をアキラに対して実施してもよろしいですか?』
「はい」
アキラがそう言い切ると、アルファの態度から事務的な雰囲気が消える。そして嬉しそうな笑顔を向けてくる。
『ありがとう。大丈夫。悪いようにはしないから安心して』
アキラはアルファの様子が戻ったことに安堵した。その後に少しだけ不満そうな様子を見せる。
「初めからそう言えば良かったんじゃないか?」
『いろいろ面倒なことがあって、そう話す為にさっきの話が必要だったのよ。面倒なことを避ける為に面倒な手順がいる。世の中そんなものよ。ところでアキラ、昨日お風呂に入っていた時の話だけれど、私の胸についてどう思う?』
意味深に微笑みながらの唐突な質問に、アキラが若干慌て出す。
「な、何で急にそんなことを聞くんだ?」
『昨日アキラに私の裸の感想を尋ねたら、胸が大きいって答えたからよ』
「……そんなこと、言ったっけ?」
『言ったわ。聞かれたことを答えただけ。そんな感じだったけれどね。でもあれだけ
アルファは楽しげに少し挑発的に微笑んでいた。そのどこかからかっているような態度に、アキラは少し
「……いや、無理なんだろ?」
『今はね。ただアキラが望むなら、私の指定する遺跡の攻略後なら可能よ。どう? 興味が湧いた? 触ってみたい?』
「遺跡を攻略すると何で触れるようになるんだ?」
『その辺の説明はややこしいのよ。それでどう? 触ってみたい?』
アルファの少ししつこい態度に、アキラも怪訝な様子を見せる。
「……さっきから一体何が言いたいんだ?」
アルファが楽しげに微笑む。
『分かりやすい成果報酬を提示して、アキラのやる気を長期的に向上させようとしているの』
「つまり、色仕掛けか」
『そういうことよ。どうもアキラの場合視覚に訴えるのは効果が薄いようだから、触覚に訴えてみようかと思って。私の裸を間近で見たのにちょっと照れるだけって、相当な鈍さよ?』
湧いた疑問に対する少し馬鹿馬鹿しい答えに、アキラは盛大に溜め息を吐いた。
「そういうのは、俺がもっと大人になってからやってくれ。大人になったら、たっぷり見るしたっぷり触るよ。それで良いか?」
『そうね。アキラとは長い付き合いになる予定だから、その時はたっぷり楽しんでちょうだいね』
アルファは自信満々な態度で答えた。それで話題に区切りが付き、アキラもそれ以上深くは気にしなかったので、話はそのまま流された。
これにより、この場でアキラが先程の事務的な遣り取りの内容に疑念を抱く契機は、アルファの意図通りに流された。
アルファが気を切り替えるように真面目な顔を浮かべる。
『それでは、面倒な話も終わったことだし、訓練を始めましょう。準備は良い?』
アキラもすぐに気を切り替えると、真面目な態度で頷く。
「大丈夫だ」
アルファも満足そうに頷く。
『まず、アキラには念話を覚えてもらうわ』
「念話?」
『取り敢えずは、声を出さずに会話する、とでも考えて。そこから順に進めていきましょう。高速で正確な情報伝達は戦闘でも重要よ。それに、アキラがこれ以上虚空と会話する不審者になることも無くなるしね。早めに覚えてしまいましょう』
アキラはどんな訓練でも文句を言わずにしっかり受けるつもりだった。だが予想外の内容に流石に困惑していた。



