第6話 信じる ②
「そう言われてもな。具体的に、どうすれば良いんだ?」
『具体的な方法を口頭で説明するのは難しいのよ。個人差も大きいしね。耳で聞き、口で話すのではなく、脳で聞き、脳で話す。その感覚を自分で摑むしか無いわ』
アキラはますます困惑していた。そこでアルファが取り敢えずの方法を提示する。
『まずは、私に心の中で話し掛けるように念じてみたらどう? 適当な話題を振っても良いわ。右を向けとか、簡単な指示を出しても良いわ。私もそれに応えるから、それで伝わっているか確認しましょう。始めて』
アキラは戸惑いながらも言われた通りに訓練を開始した。
しばらくの間は、成果無しの状態が続いた。無意識に小声を出してしまい、それでは意味が無いと注意されながら、頭の中で試行錯誤を続ける。
意識を集中して強く念じる。凝視しながら頭の中で訴えかける。目を
そして1時間ほど経過した頃、契機が生まれた。右を向けと必死に呼び掛け続けていたアキラの前で、アルファが右を向いたのだ。アキラが驚き、アルファが笑う。
『そうそう。そういう感じよ。続けましょう』
『あ、ああ』
アキラは無意識に念話で返事をしたことにも気付かずに、そのまま訓練を続けた。一度成功した後は再現も比較的容易になっていた。念話を繰り返してその精度を上げていく。
『なかなか良くなってきているわね。アキラも私の声を念話としてしっかり聞き取れるようになっているわ。これでどんな轟音の中でも、もう私の声を聞き逃すことは無くなったわよ。聴覚経由だと外の音とどうしても混ざるから、戦闘中で銃声とかが酷いと聞き取れない場合があるのだけれど、もうその心配は無くなったわ』
アキラも念話で返事を返す。
『ああ、なるほど。それは確かに便利だな』
『そうでしょう? これも戦闘訓練の一環なのよ』
『でもこれ、外でやっても良かったんじゃないか?』
アキラが少し怪訝な顔を浮かべていると、アルファが少し意味有りげに楽しげに微笑む。
『虚空に必死に呼び掛けている不審者そのものの姿を、わざわざ人目に晒す必要は無いでしょう?』
『……確かに』
今まで恐らく何度もその姿を晒していたであろう自分を想像して、アキラは苦笑いを返した。
しばらくすると、会話程度なら念話で問題無く出来るようになった。そこでアルファが念話の訓練を次の段階に進める。
『口頭レベルの言語的な通信は十分ね。次は意図や意志、イメージのようなあやふやなものであっても正しく送信できるようになってもらうわ』
再び抽象的なことを言われたアキラが少し顔を険しくしたが、アルファは構わず説明を続ける。
『百聞は一見に如かず。念話を使用して、口頭では伝達困難なイメージを素早く的確に伝えることが出来れば、戦闘中の
「分かったけど、ちゃんと伝わってるって、どうやって確認するんだ?」
『手始めに、私の服装をいろいろ想像して、それを送るような感じで試してみて。私はアキラから伝えられた内容の通りに着替えるわ。その格好がアキラの想像通りなら成功よ。やってみて』
アキラは言われた通りにアルファの服装を思い浮かべると、それを念話で送信した。するとアルファの服が変化する。だがその服は様々な布切れを適当に縫い合わせたような酷いものだった。それを見てアキラが顔をしかめた途端、その服は更に歪み始め、そのまま消えてしまった。
慌てるアキラの前で、アルファがその裸体を晒しながらからかうように笑う。
『失敗ね。服のイメージがちゃんと伝わってきていないわ。それとも、私の裸を見たかったの?』
「ち、違う! 早く何か着てくれ!」
『駄目。これも訓練よ。私に服を着てほしいのなら、ちゃんとしたイメージを送れるように頑張りなさい』
アキラが慌ててイメージの再送を試みる。アルファの裸体が再びあやふやな服らしきものに覆われる。だが慌てた分だけ精度が落ちており、すぐに全裸に戻った。
アキラの試行錯誤は続く。アルファは得体の知れない何かを身に纏う姿と、一糸纏わぬ姿を繰り返していた。まずは簡素な下着だけでもイメージすれば全裸は防げるのだが、慌てているアキラはそれに気付かず、アルファは分かった上で黙っていた。
その後もアキラは失敗を続けた。ようやくアルファに真っ白で一切飾り気の無い単調な服を着せるのに成功したのは、遅めの夕食をとった後だった。
『今日はこんなところね。初日にしては良い成績だと思うわ』
「何か、凄く疲れた……」
『それなら、お風呂に入ってゆっくり休みなさい』
「そうする……」
精神的に疲れているとはいえ、昨日のような疲労は無い。アキラはゆっくり風呂に入って十分に休息を取った。そして風呂から出るとそのままベッドに入り、睡魔に身を任せてそのまま眠りに就いた。
今日、アルファは許可を求め、アキラはその内容も分からずに、アルファを信じてその許可を出した。
アルファは嘘は吐いていない。訓練はアキラの実力を、許可はアキラの生存確率を大幅に向上させる。自身が指定する遺跡を攻略してもらう為の、より高度なサポートを実現する手段となる。だが、それだけではない。
自分は何を許可したのか。疲れて眠ってしまったアキラに、その疑問が浮かぶことは無かった。
◆
翌日、宿に籠もっての念話等の訓練が終わり、遂に荒野に出ての訓練が始まった。
アキラはシズカの店で購入した装備を身に着けている。一応は防護服である服を着用し、対モンスター用の銃であるAAH突撃銃を持つ姿は、拳銃片手に荒野に出ていた時とは雲泥の差があり、自然に気も引き締まった。
アルファがアキラの前に立ち、笑って訓練の開始を告げる。
『では、射撃訓練を始めましょう。アキラ。早速銃を構えて』
アキラが銃を構える。至極真面目に構えたのだが、銃の訓練など受けていないので正しい構え方など分からない。その所為であやふやな記憶に頼った
アルファが微笑みながら駄目出しする。
『うん。まるで駄目ね。ちゃんと銃を体に固定すること。こうよ』
アルファが手に映像だけのAAH突撃銃を表示すると、それを構えて手本を見せた。
服以外も表示できるのかと、アキラは少し驚いた。だが姿を自在に変えられる以上、別に不思議は無いかと思い直し、手本を見て銃を構え直した。
その後、構えの細かい不備を何度も指摘される。腕や脚の位置の調整から始まり、体全体の力の入れ具合による重心の微妙な調整まで、徐々により細かく注意される。最終的には両足の親指の微妙な力加減まで指示された。
見た目からは分からない力の入れ具合を、なぜそこまで細かく正しく指摘できるのか。訓練に必死なアキラはそのことに気付けなかった。
構えの訓練だけで1時間が経過する。アキラはまだ一発も撃っていないのに既に大分疲労を覚えていた。しかし疲労の甲斐とアルファの適切な指導のおかげでアキラの構えはこの短時間で驚くほど上達した。
素人から脱したアキラの構えを見て、アルファが満足げに頷く。
『よし。そんな感じよ。今の構えを意識しておいてね。次は、今からあの小石を撃ってもらうわ』
アルファがアキラの前方を指差す。アキラはその方向を凝視して、顔をしかめた。アルファは100メートル先の小石を正確に指差しているのだが、アキラに分かる訳が無い。
「あの小石って……、どこだよ」
抗議の口調と視線を向けてきたアキラに、アルファは不敵に微笑んだ。
『すぐに分かるわ。今から私のサポートの凄さを改めて教えてあげるから、たっぷり驚きなさい。もう一度、私が指差す先を見て』
アキラは少し怪訝に思いながらも、言われた通りにそちらに視線を向ける。すると視界に長方形の枠が現れた。緑色の枠の中には同じく緑色の円形が表示されている。思わずその部分を注視すると、高機能な双眼鏡の自動拡大機能のように、視点周辺部が拡大表示された。驚きで凝視を止めると、拡大表示は元に戻った。
「アルファ!? 俺の視界が何か変になったんだけど、何かしたのか!?」



