第6話 信じる ③

 アルファがアキラの反応に満足げに微笑む。


『私のサポートでアキラの視界に拡張機能を追加したのよ。活用して目標の小石を探しなさい』


 アキラの視界に赤い点が現れる。そこを注視すると、再び部分的に拡大表示された視界の中に、赤く縁取りされた小石を見付けた。ただしかなりぼやけていた。


『裸眼だと拡大表示にも限界があるから、今度は銃の照準器を使いなさい』


 アキラが銃の照準器越しに先程の小石を探そうとする。しかし照準器越しの視界は狭く、しかも小石はその視野の外にあるので、見付けるのは非常に困難だ。

 すると視界の右端に小石の位置を示す印が現れた。その方向に照準を少しずつ移動させると、視界に先程の小石が現れる。更に銃口から小石に向かって青い線が伸びていた。


『その青い線は私が算出した弾道予測よ。目標にその線を合わせて引き金を引けば、高確率で命中するわ』


 青い線は不規則に揺れ続けている。アキラはそれを目標の小石に何とか合わせようと努力して引き金を引いた。発砲音が響く。銃撃の反動がアキラの体勢を崩す。銃口から勢い良く撃ち出された弾丸が、大気を穿うがち引き裂きながら高速で飛んでいく。

 そして目標の小石とは見当違いの場所を通過して、荒野の向こうへ消えていった。


「……外れた」

『あくまでも予測であって、予知ではないからね。実際の弾道は計算外の事象によって大きく変化するわ。主な原因は発砲時の体勢の崩れよ。教えた銃の構えを意識して、しっかり狙って撃ちなさい』


 アキラは集中して目標を狙い続けた。だが一向に当たる気配が無い。それどころか照準器越しの景色に着弾の跡が無い。大きく外れている証拠だ。構えが崩れるたびにアルファから指摘が飛び、構えを直して撃ち続ける。


『実戦ではあんな小石ではなくモンスターを狙うのよ。目標の急所に的確に命中させて、可能な限り即死、最低でも行動不能にさせないと、反撃で殺されるわ。外せば死ぬ。それぐらい集中して撃ちなさい』


 そのまま1時間ほど続けた頃、ようやく照準器越しの景色に着弾の跡が現れ始めた。そして溜まった疲労からアキラの集中も緩み始めた。その緩みが生んだ疑問を何となく口に出す。


「なあアルファ。ちょっと思ったんだけどさ。今やってる視界の拡張とか、念話とか、もっと前から出来なかったのか?」


 アキラにとっては雑念からふと浮かんだだけの、たわいの無い疑問だった。だがアルファは返答内容によっては不要な不信を生むと判断し、変わらない微笑みの裏で言葉を選ぶ。


『簡単に説明すると、出来るならやっているし、やった方が良いならやっている、そんなところね。まずあの二人組に襲われた時のことを例に挙げれば、まだアキラから許可を得ていなかったから出来なかったわ』

「言ってくれれば許可は出したと思うぞ? あのなんか、勝手にサポートして良いかってやつだろう?」

『そもそも、その許可を得る為の許可が無かったのよ。あの時の私には、それを聞く許可すら無かったの。口答で説明すると時間が全然足りないほどに長い規則の所為でね』

「そうか。うーん。面倒なんだな」

『それに、仮に許可が有ったとしてもやらなかったわ。戦闘中に視界が急に変わったら、アキラは間違いなく混乱して真面に動けなくなっていたわ。だから、私も敢えて使用しないという選択を選んだはずよ』

「あー、確かにそうかもな」


 アキラは納得して頷いた。その反応を確認し、それをもとにアルファが話を進める。


『これからも私が一見簡単に出来そうに思えることをわざとしなかったようなことが有ったら、大体そんな理由だと思って。物理的に出来ないか、技術的に出来ないか、規約的に出来ないか、実行したら状況が悪化するか、そのいずれかよ』


 そこでアルファは印象付けるように微笑んだ。


『私だって何でも出来る訳ではないの。何でも出来るのならアキラに遺跡攻略を頼まずに自分でやっているわ。いろいろな制約が有ってそれが出来ないからアキラに依頼しているのよ?』


 良く分からないがとにかく凄い人物。そう思っていた者のどこか言い訳じみた言葉に、アキラが少し意外に思う。


「なんか、アルファもいろいろ大変なんだな。まあ、俺はそのおかげでアルファに会えたんだ。アルファには悪いけど、そのいろいろに感謝するべきなのかもな」


 アキラは考え無しにそう言った後、失言だったかと少し焦った。するとアルファがからかう理由を見付けたというように悪戯っぽく微笑みながら顔を近付けて、誘うような声を出してくる。


『もっと遠慮無く感謝してくれて、具体的な行動で返してくれても良いのよ? 例えば、もっと命中率を上げるとか、もっと私の色仕掛けに引っかかるとかでね?』

「……前者の方で頑張るよ」


 アキラが引き金を引く。弾丸は目標を大きく外れた。

 訓練は日没近くまで続けられた。アキラの射撃の腕はそれなりに向上した。アルファのサポートを前提にして、100メートル先のそこそこ大きい石を的にしっかり狙えば、百発一中ぐらいの確率で命中するようになった。

 本日の訓練を切り上げて、闇夜に紛れて都市に戻り、前と同じ宿に泊まる。宿代の支払いを済ませ、あっという間に大きく減った所持金に端金の意味を改めて実感し、それらの思考を脇に置いて風呂に入る。溜まった疲労を湯船に捨てて、代わりに睡魔をたっぷり補給する。そして風呂場を出た後はベッドに倒れ込むように横になり、そのまま就寝した。


 次の日、アキラは宿でAAH突撃銃の整備を続けていた。これも訓練だ。銃の正しい整備方法など知らないので、アルファから事細かに指示を受けながら念入りに作業を進める。


『当面、この銃がアキラの生命線よ。この銃の整備を軽んじることは、自分の命を軽んじることでもある。そう考えて、しっかり整備しなさい』

「分かってる」


 何度も注意を受けて、悪戦苦闘しながら、真面目な顔で作業を続ける。銃を分解して全ての部品を念入りに整備する。そしてばらばらになった部品を元の銃に組み立て直す。すると部品が余った。慌てて銃を再度分解して組み立て直す。先程余った部品は正しく銃に収まったが、今度は別の部品が余った。

 余った部品を見て唸るアキラに、アルファが微笑みながら釘を刺す。


『この銃をこの状態で使用するのはお勧めしないわ』

「わ、分かってる」


 再び銃を分解して組み立て直した。今度は部品は余らなかったが、正しく動作するかどうかは別であり、当然指摘が入った。その後も悪戦苦闘を繰り返し、何とか銃の整備を終えた頃には既に半日が過ぎていた。


「この調子だと。予備の銃とか手に入れたら整備だけで一日が終わるな」

『そこは訓練で手早く効率的な整備の腕を身に付けるしかないわ。整備に出すお金も無いしね。よし。今日の訓練は終わりよ』


 アキラが少し不思議そうにする。


「終わりって、この後に射撃訓練をするんじゃないのか?」

『私と出会ってからアキラは遺跡探索と訓練しかしていないからね。息抜きも必要よ。アキラは何かしたいこととか有る?』

「したいこと、か」


 アキラが少し考える。だが何も浮かばなかった。スラム街で過ごしていた時はくずてつ集めなどをして金を稼いでいた。今の状況なら遺跡探索がそれに当たる。

 今までアキラの時間は全て生存の為に使われていた。余暇という概念が酷く希薄だった。その所為でアキラの思考は空回りを続けており、幾ら考えても唸り声が続くだけだった。

 アルファが何も聞かずにアキラの思考と、それに至った理由を把握する。


『それなら余った時間は読み書きの勉強に充てましょうか。娯楽としての情報収集にも、勉強としての情報収集にも、読み書きが出来ないと非効率よ。いろいろ楽しむ為にも早めに覚えてしまいましょう』


 宿の雑貨屋で数冊のノートと筆記用具を購入し、それらを教材にしてアルファから読み書きの授業を受ける。アルファの教え方は非常に効率が良く、アキラもしばらくすると自分の名前の読み書きぐらいはすぐに出来るようになった。

 ふとアキラは自分のハンター証に名前が間違って登録されていることを思い出した。ハンター証を取り出してそこに記されている名前をじっと見る。アジラ。そこにはそう記載されている。

 自分の名前が間違って記載されていることを、アキラはようやく自力で識別できるようになったのだ。


「……少しは賢くなった訳か」


 アキラは少し皮肉気味に、だがどこか嬉しそうに笑った。

刊行シリーズ

リビルドワールドIX〈上〉 生死の均衡の書影
リビルドワールドVIII〈下〉 偽アキラの書影
リビルドワールドVIII〈上〉 第3奥部の書影
リビルドワールドVII 超人の書影
リビルドワールドVI〈下〉 望みの果ての書影
リビルドワールドVI〈上〉 統治系管理人格の書影
リビルドワールドV 大規模抗争の書影
リビルドワールドIV 現世界と旧世界の闘争の書影
リビルドワールドIII〈下〉 賞金首討伐の誘いの書影
リビルドワールドIII〈上〉 埋もれた遺跡の書影
リビルドワールドII〈下〉 死後報復依頼プログラムの書影
リビルドワールドII〈上〉 旧領域接続者の書影
リビルドワールドI〈下〉 無理無茶無謀の書影
リビルドワールドI〈上〉 誘う亡霊の書影