第6話 信じる ④
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アキラが今日も荒野で射撃訓練を続けている。
正しい体勢を意識して銃をしっかりと構え、真剣な表情で照準器を覗き込み、照準を標的の小石に合わせる。アルファのサポートにより視界に拡張表示されている弾道予測の青線は、今も呼吸による体のわずかな揺れの影響を受けて揺れ続けている。
アキラは息を大きく吸って呼吸を止め、集中し、ほんの一時、青い線の揺れを止めた。そして引き金を引いた。
撃ち出された弾丸が一直線に宙を駆けて標的に命中する。着弾の衝撃で小石が割れながら弾き飛ばされた。
「おっ! 良い感じじゃないか?」
三回連続での命中に、アキラは自身の腕前の上達を実感して嬉しそうに笑った。まだまだアルファのサポートに頼り切りであり、自力での狙撃成功にはほど遠いと分かっている。しかし以前の素人同然の腕前と比較すれば劇的な成長だ。
アルファも嬉しそうに笑う。
『もう素人は卒業できたようね。良い調子よ。大したものだわ』
ひたすら駄目出しされ続けてきた相手からその上達ぶりを褒められれば、幾ら捻くれたアキラでも流石に嬉しく思う。わずかだが得意げにも見える笑顔をアルファに向けた。
するとアルファがアキラに向けていた笑顔を、どこか楽しげな様子で少し意味深なものに変えた。
『その調子で次も頑張って。そこそこ当たるようになったから訓練の内容を少し進めるわ。次から標的を少し変えるけれど、今まで通りに、前にも話したように、外したら殺される、その覚悟で狙いなさい』
アルファが次の標的を指差す。アキラも少し嫌な予感を覚えながらそちらに視線を向ける。そして標的を視認した途端、顔を恐怖で大きく
大きく歪んだ顔。巨体の背中から生える大砲。それを支える非対称の8本脚。恐怖の記憶として刻まれた忘れられない姿だ。アキラにはそれが近くにいれば絶対に気付ける自信が有った。そもそもこの巨体では、いつの間にか忍び寄るような真似は絶対に出来ないはずだった。だが全く気付けなかった。
驚きの余り動きを止めていたアキラが、我に返って逃げ出そうとする。だがその前に、アルファに笑って種明かしをされる。
『安心して。私と同じ映像だけの存在よ』
アキラが思わずアルファを見る。そして危険は無いと示すアルファの笑顔で少し落ち着きを取り戻した。そして心臓の激しい鼓動を感じながら怪訝な顔でウェポンドッグを見る。どう見ても本物にしか見えない。
だがその巨体が微動だにせず、視線の方向から考えれば間違いなく自分を認識しているにもかかわらずに、全く反応を示さないことに気付くと、その不自然さからようやく実在していないと理解して、安堵の息を吐いた。
「脅かさないでくれ」
不満げな表情で非難の視線を送るアキラに、アルファは悪びれた様子も無く笑顔を返した。
『これから先、こういうモンスターと山ほど戦うことになるのだから、突然の遭遇時の対応、反応、心構えを兼ねて、今の内に慣れておかないと駄目よ。あの狼狽えようでは、実戦なら死んでいたわよ?』
アルファが手でアキラに訓練の再開を促す。アキラは釈然としないものを覚えながらも銃を構え直した。
『弱点は相手の眉間。一発で決めなさい』
アキラが照準器越しにウェポンドッグを見る。標的は赤く縁取りされた状態で、眉間に弱点を示す印が表示されていた。落ち着いて標的の眉間に弾道予測の青線を合わせようとする。だが上手くいかない。両腕の震えが銃に伝わり、青い線を揺らし続けていた。
(……落ち着け。あれは映像だ。ただの的で、小石を狙うのと同じなんだ……)
そう分かっていても、怖いものは怖い。一度は殺されかけた相手であり、動かないことを除けば本物にしか思えない。しかも狙っている以上、どうしてもその姿を直視しなければならない。平静を保つのは困難だ。
それでも深く大きい呼吸を繰り返し、心身を少しずつ整えていく。震える腕に力を込めて弾道予測の青線のぶれを抑え、可能な限り平静を保ち、息を止め、集中する。そして険しい顔で引き金を引いた。
アキラは出来る限りのことをした。だが撃ち出された弾丸はウェポンドッグの眉間どころか体にも当たらず、その近くの地面に着弾した。
その途端、ウェポンドッグが突如動き出す。巨大な咆哮を上げて巨体を素早く動かし、背中の大砲をアキラの方へ向ける。そして大砲の口径に見合う巨大な砲弾を撃ち出した。砲弾がアキラの近くに着弾し、爆発して派手な爆炎をあげた。
アキラは驚き固まっていた。その視線の先で、ウェポンドッグが再び咆哮を上げ、大砲を撃つような動きを見せる。だが砲弾は発射されなかった。すると再度の咆哮の後、アキラを目指して勢い良く走り出した。
迫り来る巨体を見てアキラがようやく反応を見せた。銃をウェポンドッグに向けて乱射する。だが恐怖と混乱の所為で構えも照準も
その隙にウェポンドッグが非対称の8本脚からは考えられない速度で急激に距離を詰めてくる。相手との距離が縮まれば、流石に銃弾も数発は当たり始める。だがモンスターの異常な生命力の前には、たかが数発の銃弾など何の意味も無かった。被弾を無視して突き進む。そのままアキラを食い殺そうと大口を開けた。
アキラは絶対の死を感じ取り、固まってしまった。死の直前に見るゆっくりと時間の流れる世界の中で、ウェポンドッグの大口から生えた歪で強靭な無数の歯が迫ってくる。瓦礫を嚙み砕き、金属を食い千切る牙にとって、それらより遥かに柔らかな肉を食らうなど余りにも容易い。
大口から飛び散る
ウェポンドッグはアキラに飛び掛かったその勢いのまま、アキラを通り抜けていった。
「…………えっ?」
しばらくの硬直を置いてから、ようやく我に返ったアキラが気の抜けた声を出した。そして振り返る。ウェポンドッグの姿など、どこにも無かった。
そこでアルファが笑って告げる。
『映像だけの存在だって、ちゃんと言ったでしょう?』
これが訓練でなければ、この光景のように反撃されて殺される。それを教える為に狙撃失敗時の光景を映し出していた。アキラもそうようやく理解が追い付いた。
砲弾の爆発も映像であり、着弾点にその跡など全く無い。爆発の風も感じなかったと思い出す。恐怖と緊張から解放されてへたり込もうとする体を何とか支えると、非難の意思を視線に込める気力も弱々しい状態で、アルファの方に顔を向けた。
「先に言っておいてくれよ……」
アルファは笑って地面を指差していた。そこを見たアキラの顔が歪む。そこには生首が転がっていた。映像のウェポンドッグに喰われた映像のアキラのなれの果てだ。
『標的の弱点をしっかり狙って、即死させるか最低でも戦闘能力を喪失させる負傷を与えないと、反撃でこうなるわ。外したら殺される、その覚悟で狙いなさいって言ったでしょう? 実戦でこうならないように、しっかり訓練しなさい』
生首は恨みがましい視線をアキラに向けていた。引きつった顔でそれを見ていたアキラが、ふと以前に見た悪夢を思い出す。そして表情を引き締める。
「……そうだな。分かったよ。やれば良いんだろう、やれば。了解だ。アルファ! 次だ!」
アルファが少し意外そうな顔を浮かべた後、楽しげに笑う。
『やる気十分ね。続けましょう』
アルファが指を差した先に、再び映像のウェポンドッグが表れる。アキラは鬼気迫る顔で銃を構えた。
先程のアキラの言葉は、アルファに言ったというよりは、生首のアキラと、悪夢の中のアキラに向けて言ったものだった。それらが自分に向ける非難の視線への返答だ。
標的を狙い、引き金を引く。外れる。標的が動き出し、咆哮を上げて襲い掛かってくる。そこまでは前回と同じだった。



