05:未来の正直

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 じゃあ話の途中だけど、昔の話をしようか。

 その方がわかりやすい。


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 高校の美術部がそういうのをやっているとは知らなかった。

 漫画だ。

 うちの学校には漫研みたいな、解りやすいものがないと思っていた。

 ハイソサエ……、違うか。逆だ。いや逆って言っちゃ悪いか。仕事でそれやってる私に。

 私ゴメン。でもハイソという勇気はねーわ。

 話戻す。というか既にズレてるんだけど、まあいいや。

 美術部。


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 美術部というと、中学の時の美術部は何となく絵を描く集団という感じで、雑談だけはしないこと、というルールが顧問によって作られていた。

 顧問は何だ。アレだ。何か展示会だか何だか用の作品を作るとかで美術準備室に放課後籠もって何かやってた。私がいた三年間。目立ったところはなかったそうだけど、聞いた話だと卒業してから二年後の夏、何かいきなり、


「馬鹿にするなあああ! 別れるだとおおお!!」


 と自作のせっこう像にペインティングナイフで切りつけまくったあと、その頭に右から左へと2B鉛筆を貫通させたとかで、筆圧低いアンタはよく頑張ったよ。でもその像が賞をとったらしいから嫉妬は芸術の起爆剤だ。

 違うか。

 まあでも、雑談禁止って訳で、大半の時間、大半の部員は一階の美術室の外に面した出入り口から中庭に出て、喫煙所のオッサンたちのようにダベっていたのだ。

 私はといえば、外に出ないで、中でずっとペン画で背景や効果の練習をしていた。


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 漫画を描くとさ、見に来るんだよ。

 一回やった。

 こういうときの同級生って狩猟民族みたいなもんで、描いてる最中でも「ウワー!」とか言って原稿用紙取り上げてダッシュで逃げてかで騒ぎ出す。


「ウワー」じゃねえよ。

 そうなるとどうなるか。

 大体は、るしげられるように話題のネタにされ「私の〝範囲〟には変なヤツがいる」「私はそれを広めることが出来る」「私はそういうのとは違うからフツーなんだ」「だけどアンタたちのフツーじゃなくて、話題の中心になれるフツーだからね」的な〝素材〟にされる訳だ。


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 逃がすか馬鹿野郎。


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 インドア部活やってるヤツには解らんだろうが、漫画家になりたいと言って、漫画家のTwitterやFacebook見てれば、確実に一つの真理に行き着く。

 体力をつけねばならない。

 これはもう、ホントだ。

 なので親からスマホもらって、監視の上でKENZENな漫画家のフォローなど許可得て、隠れて裏アカでSHOUJIKIな漫画家のフォローやってな。

 いいんだよ別に。うちの父親とか、この前実家行ってチョイとPC借りたときに検索履歴見たら「AV」って出てきて御盛んですなあうちの親! 当分介護無しの人生設計でいいな。母親だけ心配しとこう。でも今ストリーミングじゃねえの?

 話ズレたな。


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 ともあれ向こうが狩猟民族ならこっちはケダモノだ。

 廊下出て五メートルくらいで捕まえたら問答無用で、仰向けに押し倒してマウントとって、手で相手の口を塞ぐ。しゃべらせない。そして、


「まあいいか」


 空いた手と口で、取り返した原稿を引き裂いた。

 別に構わない。原稿を大事にしないとうんぬんってモラルはあるが、他人に自分をくれてやる気は無い。

 二度、三度くらい重ねて裂いて見せると、相手がぼうぜんとした顔をする。

 自分が〝何かになれる〟と思った素材が、実はたいしたことがないと気付いた顔だ。

 残念。勘違い。呆然。

 いい顔だ。

 こっちはそんなの、毎晩毎晩やってて「くなりてえなあ」って言ってんだ。

 残念と勘違いと呆然の年季が違うんだよ。


「この程度で騒ぐなよ。あたしがメジャーになってから来いよ。そうしたらくれてやっから」


 言って解放。そいつがそれからどうなったかとか、いろいろおぼえてないが、私は以後、部活では誰にも話しかけられず、距離もとられてサイコーだった。

 放課後。

 学校という空間の中で好きに好きなことを練習できて、ついでに妄想も運ぶ。

 そして夜に作画の真剣な練習ってか実践やって、うめく訳だ。

刊行シリーズ

川上稔 短編集 パワーワードの尊い話が、ハッピーエンドで五本入り(1)の書影
川上稔 短編集 パワーワードの尊い話が、ハッピーエンドで五本入り(2)の書影
川上稔 短編集 パワーワードのラブコメが、ハッピーエンドで五本入り(1)の書影
川上稔 短編集 パワーワードのラブコメが、ハッピーエンドで五本入り(2)の書影