第一章 首輪 ②

 このレイユエール王国の第三王子。呪われた子。忌み子。嫌われ者の第三王子。


(あの時と……同じですね)


 伽藍洞だった自分の中に夢を詰め込んで、理解してほしかった人に否定されて。

 一度はすぐに手放しかけた夢を拾って渡してくれた。

 それと同じ。

 婚約破棄されて、途方に暮れるしかなかった自分をつなぎとめてくれた。


「シャルロット。君はどうしたい?」


 国王から呼び出されたのは、交流パーティーの翌日だった。事件のあらましを聞いた王は使い魔ごしに謝罪し、シャルロットがそれを止めた後。王は、シャルロットに問うた。


「大勢の前で言えることではないが、今回のことは王家の失態。私に出来ることは、君の望みを可能な限り叶えてやることぐらいだ」

「いえ……レオル様の御心を繫ぎとめられなかった私の責でもありますから」


 全ての責任がレオルにあるとは思っていない。

 いくらそこに愛がなかったとはいえ、シャルロットも婚約者としてレオルの心を繫ぎとめるための努力をするべきだった。だがシャルロットはそれをしなかった。

 自分が正しく在れば、最後にはきっと信じてもらえるなど……浅はかだった。


「私は謝罪も償いも望みません。自身の浅慮が招いたことでもありますので」

「……レオルのやつもバカなことをしたものだ。これほど出来た婚約者を自ら取り逃がすとは」


 そう、使い魔ごしで語る国王に、シャルロットは『父』としての顔を見たような気がした。


「とはいえ……君の今後については、慎重に扱わねばなるまい。どうしたものか……」

「…………」


 今の自分が腫れ物であることぐらいシャルロットにも分かっていた。

 第一王子にこっぴどくフラれた婚約者。貴族の間でも取り扱いに困ることは間違いない。

 ────私は、綺麗事を実現させる王妃になります!

 ふと、子供の頃のことを思い出した。

 シャルロット・メルセンヌという少女が本当の意味で始まりを迎えた、あの日あの時のことを。


「……陛下。望みというのなら、一つございます」

「申してみよ」

「私はこの国をより良くしたいと思っております。皆が手を取り合って暮らせるような……そのような国に。出来るなら私は、その綺麗事ゆめを実現出来る場所にいたいと望みます。理想を実現できるのならば、王妃という席でなくとも構いません」

「……そうか」


 国王は考え込むそぶりを見せ、そして。


「……で、あるならば。一つ、空いている席がある」



「…………略奪愛? 誰が誰を誰から略奪したって?」

「アル様がシャルロット様をレオル様から略奪したってことになってます」

「マッタクイミガワカラナイ」

「アル様。ゴーレムみたいなしゃべり方になって現実逃避しても、事実は事実ですよー。お布団に潜って寝て起きたって、変わんないんです」


 この数日間、レオにぃと顔を合わせるのを避けるために学園をサボっておうちでごろごろしていた。そのせいで流れる噂を野放しにしてしまったことも一つの原因だろう……いや。待て。


「……もしかして、レオにぃ?」

「大正解ですねー。流石さすがはアル様、えらいえらい」


 マキナにツッコミを入れる気力もなく、俺は天を仰いだ。


「レオ様がお怒りでしてねー。『我が弟アルフレッドは、シャルロットを我が物にするためにルシルを利用したのだ!』って叫びまくってました。おかげでこっちは耳タコですよぉ。たこたこー」

「……そういうわけでな。ならばいっそ、その噂を利用してお前とシャルロットを本当に婚約関係にしてしまおうというわけだ」

「レオにぃのアクロバティックな理屈に乗ってどうする!?」

ほうが。お前の理屈にも乗っているぞ。これでお前とシャルロットが婚約者に収まれば、『シャルロットは極悪非道の第三王子に略奪された被害者』として演出しやすい。……この際、お前ら兄弟の理屈に乗せた方が事は収めやすいのだ」

「まさにとらわれのお姫様ですねぇ。周囲から同情されることはあっても、罪人として見られることはなくなるんじゃないですか」

「何のんなこと言ってんだ。婚約者だぞ? その場しのぎの誤魔化しとはワケが違う。ましてや、『忌み子』の婚約者だなんて、シャルロットの評判を落とすだろう」

「ならば、シャルロットのためにお前自身の評判を良くしていくしかないな」


 ────やられた。『首輪』ってのは、そういうことか!


「ふざけんな! 誰がそんなことを頼んだ。俺は俺に与えられた役割を演じているだけだろうが!」

「そのような役割、与えた覚えはない」

「……クソ親父」

「言いたいことはそれだけか? バカ息子」

「…………シャルロット。お前はいいのか」

「王家との関わりを残すことは、私自身が望んだことです」

「あんな場所で、いきなり婚約破棄を突き付けられて、さらものにされたようなもんだぞ。……男に対して、抵抗感とかないのか」

「……正直言って、これが他の男性だったら、抵抗感があったかもしれません」

「だったら」

「でも……アルフレッド様なら、大丈夫です」


 そう言ってくれたシャルロットの顔は……俺のことを信頼してくれていることが伝わってきた。

 これを無視して、ほどくことなんて────ああ、くそっ。


「アル様。これで逃げたら、それこそシャルロット様に恥をかかせることになりますよん」

「うっせぇな。分かってるよ……」


 完全に、詰まされている。


「元々、あの方法で切り抜けた俺にも責任はある。……分かった。婚約者の件、引き受ける」


 完全に親父の手のひらの上で踊らされた感じだ。


「けど勘違いするなよ。俺は俺の『役割』を変えるつもりはないからな。婚約者なんて関係ない。今まで通りやるだけだ」


 まるで台詞ゼリフのようになってしまった宣言に、親父は余裕の笑みを浮かべていて。

 それが無性に腹が立った。



「……私は、アルフレッド様に嫌われているのでしょうか?」


 婚約者の了承をした後、アルフレッドはすぐさま部屋を出て行ってしまった。

 どことなく避けられているような気がして、つい弱気な本音を零してしまう。自分が婚約者になることに対してあそこまで抵抗されていれば尚更。

 しかし、そんなシャルロットの不安も無用とばかりに彼のメイドであるマキナが笑う。


「気にしないでください。アル様は、あんまり素直じゃないだけですから。……わたしの見立てでは、気遣い三割。戸惑い三割。残り四割は喜び寄りです」

「……マキナさんは、アルフレッド様のことをよく知ってるんですね」

「これでもアル様の部下の中では一番の古株ですからね。えっへん」


 思えばこれまで、アルフレッドと顔を合わせ、言葉を交わしてきたといっても、マキナのようにここまで彼について深く知っているわけではない。

 ましてや元婚約者レオルのことでさえ、本当の意味で知ることはついぞ出来なかった。


「あの……マキナさん。アルフレッド様のことを、教えてくれませんか?」


 シャルロットは彼に救われた。絶望から悪役ヒーローが救ってくれた。

 だけどこのまま、救われたままではいられない。


「私は彼のことを、ちゃんと知りたいんです」


 同じ過ちを、繰り返したくはない。


「ほほう……わたしをご指名とは、シャルロット様もお目が高い。アル様のことなら、ご主人様には健気に尽くすタイプのメイド、マキナちゃんに何でもお任せですよ」


 きらり、と目を光らせ、得意げな笑みを浮かべるマキナ。

 その顔は飼い主にいたずらをしようとしている猫に似ていた。



「…………おい」

「おやおや。どうしましたアル様。眉間にシワなんか寄せちゃって」

「うるせぇ。なんでお前らがここにいるんだ」

「何をおっしゃいますかアル様。偶然ですよー。ぐ・う・ぜ・ん☆」

「偶然で王宮の外にある街の路地裏で会うことがあるか!」

「いひゃいー、いひゃいれふー」


 けろっとした顔に少しばかりいらついたので、マキナのもちもちなっぺたを軽く引っ張ってやる。


「あ、あのっ。マキナさんを責めないであげてください。お願いしたのは私ですので」

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