第一章 首輪 ③

 慌てたように仲裁に入ったのはがいとうに身を包んだシャルである。フードを頭からすっぽりとかぶり、魔力封じの首輪も外套に組み込まれた認識阻害の魔法で見えないようにしている。

 しかも、俺と同じように街の中でもめるような平民の装いだ。偶然が聞いてあきれる。


「…………大丈夫か。その……首輪とか。苦しくないか」

「あ、はい。大丈夫です。苦しくないです。残念ながら外しては貰えなかったんですけど……」


 つまり、まだシャルロットを犯人として疑ってるってことか。


「それで、だ。マキナ。どういうことだこれは。なんでシャルロットがここにいる」

「シャルロット様が、もっとアル様のことを知りたい! というので、このマキナちゃんが先生役を引き受けたわけですよ。とゆーわけで! しばらくはアル様の華麗なる一日を共に眺めようかと。婚約者同士、理解を深めておくのは良いことですし、距離も縮めることが出来れば一石二鳥!」

「なにが一石二鳥だバカメイド!」


 ……頭が痛い。またこのメイドはバカをやりやがったな。


「シャルロット。別に婚約者になったからって、こんなことする必要ないんだぞ?」

「私はレオル様のことを、よく知らないままでした。……だから今度は、同じ過ちを繰り返さないよう、アルフレッド様のことをよく知ろうと思って」

「……そういうとこ、相変わらず真面目だよな」

「そうですね。レオル様にもよく、『つまらない女』と言われていましたし……」


 やばい。思いっきり地雷を踏み抜いた。マキナも「あちゃー」みたいな顔をしている。

 ……というか、レオにぃ! あんた自分の婚約者に対してそんなこと言ってたのか!?


「い、いやっ! 違うぞ! 別につまらないって意味じゃなくてだな……!」


 経験不足故か、女性の地雷を踏み抜いた時の対処法を知らぬ哀れな俺は、アイコンタクトでマキナに救援を求める。マキナは「仕方がないですねぇ」と言わんばかりにため息をつき、


「そうですよシャルロット様。どちらかというとアル様は、せいで清純かつお身体の発育がよろしい方がタイプなんです。ギャップが好きなんですかね。そんなアル様からすれば今のはめ言葉ですよ、褒め言葉。まさにシャルロット様はど真ん中です。自信持ってください」

「バカメイドぉおお! お前は主人を助けに来たのかトドメを刺しに来たのかどっちだぁあああ!」

「ついうっかり☆」


 うっかりでトドメを刺されてたまるか!


「…………」


 と、そんな俺とマキナのやり取りを、シャルロットはじっと見つめていた。


「昨日も思いましたが……二人は、とても仲が良いのですね」


 マキナは俺の直属の部下第一号みたいなところがあるからな。付き合いも長い分、気安く喋ることが出来る相手でもある。今はこんなバカメイドだが、いざという時は頼もしい。


「マキナとは付き合いが長いからな」

「ですねー。アル様との距離を縮めたいのであれば、いっそ呼び方を変えてみてはいかがでしょう? たとえば、そうですね……思い切って『アルくん』とか!」

「呼び方……なるほど。その手がありましたか……」


 シャルロットは少し考えこむと、


「…………あ、アルくん」

「…………………………………………………………………………」

「おぉーっと、これはクリーンヒット! この破壊力にアル様も完全敗北かー!?」

「…………負けてないが?」


 危ない。思わぬ破壊力に意識が持って行かれた。


(シャルロット様からの『アルくん』呼び。これは長年片思いをこじらせてきたアル様には大ダメージですよ。幸せ過ぎて昇天しちゃうんじゃないですか?)

(うるさい黙れ。つーか、こじらせてねーよ)


 シャルロットに聞こえない音量で話していると、不意にマキナが何かをひらめいたような顔をして。


「ではアル様も、シャルロット様のことは『シャル』とお呼びしてはいかがでしょう?」

「はぁっ!?」

「それはいいですね。私も呼ばれてみたいです」

「らしいですよ。アル様、どうぞ」

「よ、呼ぶか! 別にそこまでしなくてもいいだろ!?」

「……そうですね。すみません、つまらない女がつまらない提案をしてしまって……」

「かわいそー。アル様、今のはちょっとないわー」


 それを持ち出すのはきょうだろぉ!?


「……………………し、シャル……」

「はい。アルくん」


 くすっと笑うシャルロット……いや、シャル。その悪戯いたずらっ子のような笑みにめられたという感想を拭えない。マキナから悪い影響を受けているんじゃないか……?


「ところでアルくんは、どうして街に?」

「…………いや。別に。特に何かあるってわけじゃ」

「ダメですよシャルロット様。男の子が人目を忍んでこそこそお買い物してるんですよ? そりゃあもう、アレに決まってます」

「『アレ』……?」

「『アレ』というのはですねー……ごにょごにょ」

「ふぇっ!? そ、そんなえっちなもの……あっ……で、でも、アルくんも男の子ですし……」

「ちっげーよ! 勝手にデタラメを吹き込んでんじゃねー! 街に来たのはただの情報収集だよ!」


 ふぅ……危うくマキナが作り上げた真っ赤な噓がシャルに吹き込まれるところだったぜ。


「なーんて言っちゃってますけどね。アル様の部屋にはこのような興味深い書物が厳重に保管されちゃってるわけですよ」

「ひゃあああああああああああっ!」

「ぎゃぁああああああああああっ!」


 このメイド! 昼間の街中で、外套の内からなんてものを取り出してやがるんだ!


「ちなみにこの書物トレジャーの数々は、アル様の部屋にある本棚の、一番上の段の右から三番目の書物の奥にある蓋を外して引き抜くと現れる引き出しの中に収められてました。いやー、聖女モノやシスターモノは予想通りとして、メイドモノもあったのは驚きでしたね。他に比べるといささか数が少ないのが気になりましたが。メイドアピール、増やした方がいいですか?」


 ぐっ……! ま、まずい……ただ見つかるだけならまだしも、よりにもよってシャルの前で……!

 ここでお宝たちの持ち主が俺だと認めてしまえば、恐らくシャルからの軽蔑は免れない……!


「な、なんのことだ? 俺の部屋にそんな不健全なものがあるわけないだろ?」

「ほうほう。これはアル様のものではないと。そう仰るわけですか」

「ははは。当たり前だろ。俺は清く正しく健全な第三王子だぜ?」

「あはは。じゃあこのよこしまで邪悪で不健全な書物は燃やしちゃいますね」

「俺が悪かった」


 圧倒的な力を前にして、男という生き物はあまりにも無力だ。


「ちくしょう……! あんだけ厳重に隠してたのになんでバレるんだよ……!」

「メイドですから☆」

「今日ほどお前を解雇したいと思ったことはない!」

「大丈夫ですよ。他の部下やメイドたちには隠し通してます。わたし、空気の読めるメイドなので!」

「婚約者にも隠し通せや!」


 そもそも婚約者に対してこれを見せるとかなんのプレイだよ……! くそっ。これからは隠し場所も変えないと……今度はマキナに見つからないよう細心の注意を払って……。


「…………………………………………(じー……)」

「……シャル?」

「…………………………………………(ごくり)」

「おーい、シャル?」

「……ひゃっ!? な、なななななんですか!?」

「いや、さっきから黙りっぱなしだから何をしてるのかと……って、うぉおおおおおおおおおお!?」


 シャルが一人でじっと読みふけっていたのは、マキナが持ち出してきた秘蔵コレクション!


「ば、バカっ! 返せ! そんなもん、シャルが読むようなもんじゃない!」


 慌てて俺のお宝を救出……ではなく、不健全な書物をシャルから没収する。


「私はレオル様のことを、よく知らないままでした! ……だから今度は、同じ過ちを繰り返さないよう、アルくんの趣味ことをよく知ろうと思って……!」

「知らなくていい! これだけは絶対に知らなくていい!」


 なぜだろう。さっき聞いたのと同じセリフだというのに、最悪の形に改変されてる気がする。


「もう気は済んだか。さっさと帰れ。あと本のことは忘れてくれ」

刊行シリーズ

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