第三章 黄昏の約束 ⑩

「きっと。生きていく上で、誰もが何かを演じてるんです。アルくんが『悪役』を演じていたように。私が『物分かりのいい婚約者』を演じていたように。だけど、私たちはみんな演じるだけの人形じゃない。仮面の下には心があって、想いがある。向き合うことを諦め、目を背け、傷つけるような演じ方をしても…………本当になりたい自分には、なれないんだと思います」


 シャルが、俺を見ている。その瞳は、アルフレッドという人間を映している。

 ────子供がいる。

 心を護る殻の奥底。いつかのあの日。レオにぃから貰った絵本を読んでいた、子供がいる。

 呪われた魔力を持って生まれ、陰では忌み子と囁かれている。そんな子供が。


「アルくんが本当になりたかったものは、なんですか?」


 子供の背後には、女の子が立っていた。俺と同じ絵本を持った、長い金色の髪の女の子。


「俺は…………俺が、なりたかったのは、『悪役』じゃない……」


 同じ絵本を持った女の子の問いに、子供は振り向いて。

 あの頃の自分は、心からの夢を女の子に語る。


「この絵本の中に出てくる勇者ヒーローみたいに。レオルにいさまみたいに。強くて、かっこよくて、みんなから慕われるような────そんな、王様になりたい」


 本来、いつかのあの日に絵本を読んでいた子供は、全てを諦めていた。諦めたから、『悪役』を演じることにした。でもあの日からずっと、絵本を手放せないままでいた子供が、俺の中にいたんだ。


「ああ、結構恥ずかしいな、これ……ははっ。夢を言葉にするのって、こんなにも勇気がいるのか」


 不思議と、涙が溢れてきた。あの頃、言えなかったこと。本当は言いたかったことを、今になって言えたからなのだろうか。


「俺みたいな人間が。呪われた魔力を持った子供が、王様になるなんてさ。そんなことを言っても、周りの奴らからは笑われるだろうな。『悪役』じゃない。演じている役じゃない。俺の、俺自身の夢を否定されるのは、やっぱり…………怖いな」

『悪役』という名の殻を脱いだ剝き出しの心。押し寄せる周囲の心から護る術はなく、刻まれる傷を防ぐ術はない。この生身を晒し、嵐のように吹きすさぶ現実を進んでいくなんて。

 微かに震える身体を、温もりが抱きしめた。


「怖くても、一人じゃないですよ」


 シャルは優しく抱きしめてくれた。長い金色の髪が風に揺られ、華のような香りが包み込む。


「私が一緒に歩きます。護ってあげることは出来なくても、一緒に傷ついて、一緒に立ち上がることは出来ますから」


 怖いのはきっと、シャルも同じだ。だって、震えてる。微かに、こうして抱きしめていなければ分からないぐらいにだけど。シャルも怖くて震えてる。それでも一緒に歩こうと言っている。


「だから今度は、向き合いましょう。この世界に満ちた心と。……怖くても、辛くても。役割じゃない。私たち自身の足で歩いていくんです」

「…………ありがとう、シャル」


 自然と、俺もまた彼女を抱きしめていた。


「────影に徹するのは、もうやめる」


 黄昏の光は濃くなり、夜を告げようとしている。


「傷ついて、傷つける覚悟を抱きしめて。一緒に歩こう。俺たちの、なりたいものになるために」


 その眩いこんじきは、共に表舞台を歩く決意を固めた俺たちを祝福してくれているような気がした。

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