王太后のお茶会 ⑤
「ここにいるクライド様たち騎士の方々がピカピカにしてくださったんですよ! だから安心してお祈りできます! いつでも礼拝堂にいらしてくださいね!」
「は?」
クラリアーナが虚を突かれたように目を瞬いていると、フランシスが苦笑を禁じ得ないという顔で口を挟んだ。
「クラリアーナ、セアラは汚したのではなく掃除をしたのだ。彼女が毎日掃除をしていることは、ジョハナの証言もある。まぎれもない事実だぞ」
「……そのようですわね」
「そうだ。……さてと、私はもう行く。テーブルすべてを回るようにと王太后から指示を受けているからな」
アップルケーキを口に入れて、フランシスは立ち上がった。
クライドとコンラッドもフランシスのあとを追って次のテーブルへ向かう。どういうわけか当然のような顔をして、クラリアーナも席を立ってフランシスについて行った。
イレイズと二人っきりになると、エルシーはようやくフランシスがいなくなったと胸を撫でおろす。
だが、周囲を見ると席を立って移動しているのはフランシスとクラリアーナ以外にはおらず、エルシーがほかの席に回って妃候補たちに話しかけるのは難しそうだ。
(イレイズ様は礼拝堂を汚した犯人について何か知っているかしら?)
ほかに話しかける相手もいないので、エルシーはフルーツタルトを優雅に口に運んでいるイレイズに視線を向けた。
ほかの妃候補たちはフランシスが移動した先をジーッと目で追いかけているが、イレイズはエルシー同様フランシスに興味がないのか、静かに食事を続けている。
「イレイズ様は礼拝堂には行かれないんですか?」
「え? ……礼拝堂、ですか?」
質問が直球すぎただろうか。イレイズが目をぱちくりとさせる。
「はい。クラリアーナ様が礼拝堂へ向かわれるのは見たことがありますけど、ほかのお妃様候補の方の姿は見かけないので気になって」
グランダシル神に祈ることを強制したいわけではないが、ここまで礼拝堂が不人気だと、シスターを目指す者としてはとても淋しい。
礼拝堂を大切にしてくれている様子のクラリアーナとは、今後どうにかしてお近づきになりたいものだが、ほかにもできれば仲間がほしい。題して「礼拝堂大好き仲間」だ。会員一号はおこがましいがエルシーで、二号と三号がダーナとドロレス、四号にクラリアーナを(勝手に)予定している。できることならば、十人は会員がほしい。
(トサカ団長も入れてもいいかしら? なんだかんだ言って、あの方、礼拝堂に来ることが多いし)
クライドはアップルケーキを求めてエルシーの周囲に出没することが多いので、自然とエルシーを探して礼拝堂に足を踏み入れる。そのうちエルシーとともにグランダシル神に祈ってくれるようになると、エルシーは勝手に確信していた。
「どうでしょう……。寄付をするときや、チャリティーバザーのときにしか足を運んだことがないので。セアラ様はどうして礼拝堂に?」
「グランダシル様に感謝を捧げるためですわ!」
「感謝……?」
「毎日無事に楽しく生きています。見守ってくださってありがとうございますって感謝をお伝えしています」
「……まあ、本当に礼拝堂がお好きなのね」
「大好きです!」
「そう……」
イレイズは戸惑いの表情で薄い微笑を浮かべた。
「礼拝堂が汚されたとお聞きしましたけど、それでは、さぞショックだったでしょうね」
エルシーは大きく頷いた。
「はい、すっごく悔しくて! だから絶対に犯──いえ、なんでもないです!」
犯人を捜し出して反省させると言いかけたエルシーは慌てて口を閉ざした。余計なことを言うなとダーナとドロレスから言われているからである。
「その、汚された礼拝堂ですけど、騎士団の方が掃除をしてくださって、今は元通りピカピカです。もうどこも汚れていませんからいつでもお祈りできます!」
エルシーの熱意が伝わったのか、イレイズが苦笑して頷いた。
「お祈り……そうですわね、では近いうちに。でも礼拝堂はどうして汚されたのでしょうね。わたくしは礼拝堂へ足を運びませんから知りませんでしたけど、皆さま、このことはご存じだったのでしょうか?」
「どうですかね? 礼拝堂に立ち入る方は少ないので、ご存じの方は少ないかもしれないですね」
エルシーが知っているのはクラリアーナだけだ。もちろん、エルシーが知らないところでお祈りに来ている妃候補はいるだろう。だが、エルシーは礼拝堂のすぐ近くの部屋を与えられたので、人が多く出入りしていれば気が付くはずだ。だから、あまり出入りしていないと思っている。
「そうですか」
イレイズは考え込むように顎に手を当てた。
「……妙ですわね」
エルシーは大きく頷いた。
「そうですよね! 礼拝堂でお祈りされる方がこんなに少ないなんて。きっと皆さま、一番端っこにあるから遠慮なさっているのでしょうか。真ん中にあればよかったですね」
イレイズは目を丸くしたあとで、思わずといったように小さく吹き出した。
「ふふ……、セアラ様はとても面白い方ですわね」
「え?」
面白いと言われるような発言をしただろうか。
首をひねるセアラの皿に、イレイズがチョコレートケーキを載せる。
「せっかくの機会ですから、美味しいものをたくさん食べて帰りましょう」
それには大いに同意する。
エルシーはそうですねと笑って、イレイズが皿に載せてくれたチョコレートケーキを頰張った。



