第6話 ランダムシャッフルタイムと三人の女神たち ②

 名誉ある伯爵家の当主としてノブレス・オブリージュの精神に従い、私は特別クラスの主席なので足止め役に志願しましたが、装備はボロボロで、体中傷だらけ。

 ポーションもすでになく、魔力ポーション……なんて滅多に手に入らず、材料も作り方も知らないですし、もし見つかっても国や大企業が研究用として買い取ってしまうので、冒険者で所持している人はいません。

 これではせいの長所である、魔力を込めた一発逆転の必殺技すら放てません。

 せいとうであるホンファさんも魔力を込めた必殺技は使えず、賢者であるあやさんは大ダメージを受け続ける私たちに治癒魔法をかけるので精一杯。

 残り魔力もわずかで、もはや攻撃魔法で一発逆転を狙うことすら不可能でしょう。


「ホンファさんがここに残ってくれるとは意外でした」

「ボクも同じこと思っていたね。ジョン・ブル貴族のイザベラがさ。アヤノは、日本人だから真面目で責任感強そうだけど」

「真面目とか責任感が強いとか。民族性はあまり関係ないと思いますけど……。ところで、私の予想だとあと一分とたないと思いますが」


 アヤノさんの予想は正しいでしょう。

 世界のトップランカーたちが、いまだ三十階層を越えられるかどうかで競っていた時、すでに日本中にあるダンジョンの百階層までの様子を動画であげたダンジョン探索情報チャンネル。

 ダンジョン内にビデオカメラを持ち込んでも撮影できないはずなのに、なぜかそれを成し遂げ、冒険者たちが効率よくダンジョンを探索できる方法を指導までしてくれる。


『日本人である可能性が高い』という情報を信じ、いつかお会いすることができるであろうと日本に留学したのに、まさかその忠告を無視してこんなところで人生を終えることになろうとは……。


「ダンジョン探索情報チャンネルの配信者さん……まさに勇者のような方ですが、是非一度お会いしたかったですね」

「そうだね。ボクも彼に憧れて、日本に留学してきたからさ。彼はまさしく勇者だね」

「彼? 勇者さんは、男性と決まったわけではありませんわよ」

「よく言うよ。ダンジョン探索情報チャンネルをあげている勇者さんが、若い日本人男性だという情報と、冒険者高校の生徒であるといううわさが、世界中の上流階級の間で流れているじゃないか。アメリカの動画投稿サイトの運営会社はインセンティブを振り込んでいるから、その詳細な正体を知っていると聞くね。大国の政府関係者たちもとっくにその正体を知っているけど、ボクやイザベラ、アヤノレベルだと、詳細はわからないよね」

「うちは、本家から分離独立した分家ですから」

「うちも同じような立場ですし、近代のは華族制度廃止の余波で、情報収集能力が大きく落ちてしまっているのですよ。できればお会いしてみたかったです」


 そこまで話したところで、巨大なドラゴンがトドメのブレスを吐こうと口を大きく開けました。

 このブレスを回避したり防ぐ実力は最初から持ち合わせておらず、間違いなく私たち三人は死体すら残らず消滅するでしょう。

 こうなってしまうと、本当に天国があればいいなと思うだけです。

 パパ、ママ。

 すぐに二人を追う親不孝な娘をお許しください。


「イザベラ!」

「ええっ!」

「ドラゴンのブレスがこない……人? 冒険者ですか?」


 ベビードラゴンのブレスにより、髪の毛一本残さず消滅することを覚悟して目をつぶった瞬間、ホンファさんの叫び声が私を現実に引き戻しました。



 一向にブレスが飛んでこないこともありベビードラゴンを見ると、神速の速さで飛び上がって、その脳天部分に大剣を突き刺している人物が……。

 どうやらその一撃が致命傷だったようで、ベビードラゴンはブレスを吐く前に崩れ落ちるように倒れてしまいました。

 一撃でベビードラゴンを倒した人物は、大剣を引き抜くと私たちの方に歩いてきます。


「生きているか? ひどいな『エクストラヒール』!」


 失礼だと思いますが、アヤノさんが使う治癒魔法とは比べ物にならないほど高威力の治癒魔法の光が私たちを包み、それが晴れたと同時に私たちは完全に回復していました。


「私たちはボロボロだったのに、傷一つ残らずに回復するなんて……」


 アヤノさんが放心していますが、その気持ちはよくわかります。


「白銀の全身よろいと、顔を隠したフルフェイスのかぶと。まさかあなたは、ダンジョン探索情報チャンネル!」

「だから俺は、チャンネルじゃないって!」


 確かに、ホンファさんの発言にツッコミを入れる声は若いですね。

 ただ、思わずカントンを話すホンファさんと会話が成立しているところから、もしかしたら日本人ではない?

 そういえば、優秀な冒険者は天才的な頭脳を有することになるので、外国の言葉の習得は容易なはず。

 やはり、ダンジョン探索情報チャンネルの勇者さんが日本人でも特におかしなことはありませんね。


「三人とも、運がよかったな。クビになった校長と教頭の誘い文句にプライドをくすぐられ、周囲のみんなが賛成したので一緒にダンジョンに潜って死にそうになる。冒険者とは個で成立するものなので、自分の意思を貫けなかったのはいただけない。もし君たちが死んでいたら、世間から未熟者、愚か者という評価を受けていたであろう。これに懲りて、二度とこういうことをしないように」

「「「……」」」


 ダンジョン探索情報チャンネルの勇者さんの言うことは正論すぎて、私たちはなにも言い返せませんでした。


「ランダムシャッフルタイムは実入りも多いが、相応の実力を必要とする。今はまだダンジョンに入らない方がいい」

「あの……勇者さんは?」

「俺は稼ぎ時なんだ! 動画も撮影しなければいけないからな。ようし、ドローンゴーレムよ。ちゃんと撮影していたな」


 今のこの戦闘を、ドローンで撮影?

 ですが、ダンジョン内では電力で動くドローンは動かせないはず。

 もしかして、魔力で動かしている?

 どこの国も結局魔石のエネルギーを電力に変換するくらいの技術しかまだ開発されてないはずなのに……。

 それも驚きですが、防御力などないに等しいドローンは、モンスターによって簡単にたたとされてしまうはず。

 撮影中のドローンを守りながら、ランダムシャッフルタイムで出現した強力なモンスターたちを、解説しながら、さらに動画の撮れ高まで気にして倒してしまうなんて……。


「イザベラさん、私たちはお邪魔なようですね」

「ええ、アヤノさん」

「ダンジョン探索情報チャンネル、すごすぎる!」

「いやだから、俺はチャンネルじゃないって!」


 ものすごい方なのですが、そこはこだわるのですね。

 ホンファさんに対し、必ずツッコミを入れるのですから。


「というわけで、俺はこれからとても忙しいので、みんなはすぐに地上に帰還するように『エスケープ』!」

「「「えっ?」」」


 一瞬視界が暗くなったと思ったら、次の瞬間には一階層の入り口に三人で立っていました。

 しかも一階層にはランダムシャッフルタイムで出現したと思われるモンスターが一匹も探知できず、きっと勇者さんがすべて倒してしまったのでしょう。


「迷惑をかけないように、学校で自習しているしかないね」

「そうですね」

「今日はもう終わりにしましょう」


 結局、ランダムシャッフルタイムが終了するまでの三日間。

 私たちは一日もダンジョンに入らず、校内で自主練習をして時間をすごしました。

 ダンジョン探索情報チャンネルの勇者さんおかげでランダムシャッフルタイムによる犠牲者は最小限となりましたが、やはり欲があってダンジョンに潜り、強いモンスターに殺されてしまう冒険者たちも一定数いて、私たち冒険者に苦い教訓を残すことになったのでした。




「ダンジョン探索情報チャンネル、何者なのかな? イザベラはどう思う?」

「冒険者高校の生徒である可能性は高いと思います」

「ですが、特別クラスにあそこまでの実力者は……私たち三人がトップ3なのですから」

「アヤノさん、他の冒険者高校という可能性もありますわ。日本はすべての都道府県に冒険者高校が設立されていますから」

刊行シリーズ

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